矢部嵩『魔女の子供はやってこない』 感想→鳥肌たった。

今年最高の読書体験

著者・矢部嵩さんの噂はTwitter界隈でチラホラ聞いていたのですが、後回し後回しになっていました。
彼は『紗央里ちゃんの家』で第13回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞しデビューした新進気鋭?の作家さん。

「とんでもない」「サイテー」「読みにくい」「ド素人」のような誹謗を受けながらも、一方で「幻想的」「とんでもない狂気」「なんじゃこりゃ!と思ったら夢中になっていた」などとそれこそ狂気のような指示を得ているのが彼の作品。結果、Amazonのレビューが3点だったりするんです。

こういう作家が一番心に残るじゃないですか。本当に最低だと思うこともあれば、「こういうのが最高なんじゃんすか!!」ってのもある。
最高の作品は「0点か100点か評価の分かれる」作品で、Amazonで3点の作品かもしれませんね。

狂気と冷徹の間 思考

この人はどす黒く狂気的で、かつ、思わず同意するような説得力を持っています。
例えば

「雨を降らせば犯罪になるのか。普段降る雨を悪とは誰も思わない。だからって先生やお前らや、どっかの誰かが雨の真似したら、それでもやっぱり一緒で、別に何にも悪くないのか。雨の日に転ぶやつとか、川で溺れて死ぬ奴居るよね。唯の雨でも怪我はするわけだ。(中略)神様しかしちゃいけないことってあるんだと思うよ。」

と担任の教師が熱弁を振るうと、主人公は

「この間言ってたのもそういうこと。起きたらいいけれど、やっては駄目なこと」「神様とか聞くとちょっと笑っちゃうね」「偉けりゃやってもいいんだったら、私は黙ってやっちゃうけどな」

こういうことを言うんです。この人。
担任の言うことは至極教育者的で、薬にはなっても毒にはならなそうな感じじゃんすか。

で、この矢部さんは主人公に言わせるんです。
「神様なら何やっても許されんなら、俺は黙って、やる」ってね。

また、こんな文章もありました。

こうしてエピソードでまとめてみると、昔の自分がそこそこ真面目ないい子に見えた。しょうもないことをくよくよ気にかけ、精一杯カッコつけて無理して自分を美化しようとし、それがたまらず間抜けに見えた。その結果がこんな糞婆なんだから面白く、今思えばバカなりに悪いやつでもなかったのかなと思った

自分の半生を振り返る主人公の自分語りです。
最高ですね。あたくしも全く同じことを考えることがあります。

きっと作者は何人分もの人生を引き受けて想像できる人なんじゃないでしょうか。
このあたり読んでいる時、涙が止まりませんでしたもの。

狂気と冷徹の間 文章

文章もまた独特で狂気的であり説明的です。
登場する魔女に、魔女の世界の宇宙論について尋ねた女性に対して、魔女の宇宙は

「地球型惑星ではないよ。宇宙が別だけど潜水夫程度の適応が出来るの。人間が囲碁なら私は将棋の駒であなたらの住まう交点が生む人立ち入らぬ枡目を持っておのが住み家となし同一盤上に共存せしめているの。寄り立つ次元が異なるゆえに真の意味で交わることはない、私達の目的はかく争いえぬ盤面において進軍成り上がり開発した自己を以って自分の宇宙に帰ることなの。

と説明します。さっぱりだけど、何となくわかる。そして気持ち悪い。

また、反抗期の娘がママにキレるとき

「パンだけで空の何か塗ったりしないんだパン食うときお母さんはさ!」

と書きます。間に句読点入れるよりよっぽど口語的で生々しいですな。
こういうのはとても非教科書的で面白かったです。

狂気と冷徹の間 内容

クソみてぇな糞にまみれたえげつない話です。正直、まともに読むと気持ち悪い。
だけど、その糞がすげぇ洗練されているんですな。だから気持ち悪さも不快だけではない。
不快といえば不快だけど深くもあり深い、みたいな。
ソリッドな糞まみれとでも言いますか。

とりあえず1話から人が死ぬし憎みあうし、狂気的な人間に溢れているし。
こういうのが駄目な人も多々いると思います。

けれど、駄目じゃない人も一定数いる。そしてあたくしもその1人です。

最高でした

結構長い話ですが、一気に読めました。
どれもこれも好きですが、5話の『魔法少女帰れない家』が特に好きです。
物語が分かりやすくてオススメ。
あと『魔法少女粉と煙』は最もエグいと思います。あたくしにもアトピーの酷い友達がいるので、ちょっと最低な気分になりました。

最低な気分も、最高な気分も味わえる作品ってマーベラスだと思うんです。
Amazonで3点くらいで、それでいてその実は5点と1点ばかり。

そんな作品でありました。矢部嵩さん、また読みます。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』