『1984年』 そんなサゲかい……それもまた良いけど。

最後に愛が負けた、みたいなサゲ。テーマはそこだったのかしら。

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〈ビッグ・ブラザー〉率いる党が支配する超全体主義的近未来。ウィンストン・スミスは、真理省記録局で歴史の改竄に従事していた。彼は奔放な美女ジュリアとの出会いを契機に、伝説的な裏切り者による反政府地下活動に惹かれるようになる。

超有名なディストピアSF小説。恥ずかしながら未読であったため、取り返すように読んでみました。流石に描写が細かく、SFとしてのクオリティは文句のつけようがありません。

文章も古臭くなく、かといってホーガンほど煩くもなく、いい按配。むしろ適度にいい加減で、壮大で、好みでした。大きなSFというよりは小さなSF。あくまで個人の話が書きたかったんじゃないかしら。

いい具合

位置: 402
〈二分間憎悪〉の恐ろしいところは、それぞれが役を演じなければならないことではなく、皆と一体にならずにはいられないことだった。三十秒もすると、どんなみせかけも必ず不用になった。醜悪なまでに高揚した恐怖と復讐心が、敵を殺し、拷問にかけ、鍛冶屋の使う大槌で顔を粉々にしたいという欲望が、スクリーンに見入るもの全員のあいだを電流のように駆け抜け、本人の意志に反して、顔を歪めて絶叫する狂人へと変えてしまうのだ。

洗脳、搾取、戦争。当たり前に行われるその行為に、現代的価値観をもった主人公がどのように振る舞っていくのか。これが共感を起こし、読者みんながウィンストンを応援しちゃう構造になっています。

位置: 1,182
ここのはるか彼方で、上で、下で、他の無数の職員グループが想像できないほど多種多様な仕事に従事していた。巨大な印刷工場があって、独自の編集補助者や印刷技術者を抱え、写真偽造用の精巧な機器を備えたスタジオも設置されていた。テレスクリーン番組制作部門では放送技術者やプロデューサーや声帯模写の優れた技術によって特別に選ばれた役者チームが働いていた。照合係員は夥しい数に上るが、その仕事は回収すべき書籍や定期刊行物のリストをひたすら作ることだった。訂正された文書が保管される特大の倉庫もあれば、元の版を破棄する人目に触れない焼却炉もあった。そしてどこかしらに、名前も明かされぬまま、すべての作業を統合調整する指導部が存在し、過去のこの断片は保存し、あの断片は変造し、その他は存在抹消することが必要、といった政策方針を規定していた。

このあたりの描写が煩すぎなくてちょうどいいのね。あくまでSFとしての緻密さよりも、設定の大きさを漠然と披露するにとどめている感じが好き。

位置: 1,460
「分かるだろう、ニュースピークの目的は挙げて思考の範囲を狭めることにあるんだ。最終的には〈思考犯罪〉が文字通り不可能になるはずだ。何しろ思考を表現することばがなくなるわけだから。

米原万里さんが著作の中で「言語は思考の具」というようなことをおっしゃっているのを読んだ記憶がありますが、まさにそれ。言語を限定することで思考を限定する。なんて恐ろしい。

あたくしの駄文も、言語であり思考の末端を担っているのかと思うと少し誇らしいような。

位置: 3,609
彼は胸が躍った。彼女は何十回とやったのだ。何百回と、いや何千回とやってくれたらよかったと思う。何であれ堕落を匂わすものによって、彼の心は無謀な希望で満たされるのだ。誰が知っているだろう。党は表面下で腐っていて、奮闘努力や自己犠牲を崇拝するのも、不正を隠蔽するごまかしに過ぎないのではないか。もし連中全員をハンセン病か梅毒に感染させることができるなら、どれほど喜んでそうすることか。連中を腐敗させ、その力を弱め、基盤を削ぐためだったら何でもやってやるぞ! 彼は彼女の膝を折らせ、二人は跪いたまま向き合った。 「いいかい、君が相手にした男の数が多ければ多いほど、君への愛が深まるんだ。分かるかい?」 「ええ、とってもよく」 「純潔なぞ大嫌いだ。善良さなどまっぴら御免だ。どんな美徳もどこにも存在してほしくない。一人残らず骨の髄まで腐っててほしいんだ」 「それじゃ、わたしはあなたにぴったりね。骨の髄まで腐ってるもの」 「こうしたことをするのが好きなのか? 僕を相手に、というだけじゃない。その行為自体が?」 「好きで好きでたまらないわ」  それは何にもまして彼の聞きたかったことばだった。一人の人間への愛情だけではなく動物的な本能、単純な相手構わぬ欲望、それこそが党を粉砕する力なのだ。

堕落=反抗なわけですね。そうなんです。不良とは堕落であり、それこそが反抗なわけですな。ヤリマンが魅力的なのは、反抗だからです。清純派にはそれがない。

なるほど、何だか分かるような分からないような。

位置: 4,541
党の教義から生まれた様々の具体的問題にも、彼女は少しも関心を示さなかった。彼が〈イングソック〉の原理とか〈二重思考〉とか過去の可変性とか客観的現実の否定とかについて話し始め、ニュースピークを使い始めると、彼女は退屈し、当惑して、そうしたことにはまったく注意を向けたことがないと言うのだった。すべてはくだらない戯言だと分かっているのに、どうしてわざわざ頭を悩ますことがある? いつ喝采し、いつ野次ったらいいかは弁えているし、それさえ分かっていれば十分じゃないの、というわけだ。

またこのヒロインの存在感が格別でね。いいんですよ。ある意味で「ゆとり」的というか。あたくしら昭和生まれのおじさんが、上から「最近の若いもん」扱いされ、下には「ゆとりは」的な扱いをしている感じ。

ウィンストンに呆れられるほど反抗には興味のないジュリアの、リアルで力強い存在感。これが面白い。

位置: 4,559
理解力を欠いていることによって、かれらは正気でいられる。かれらはただひたすらすべてを鵜呑みにするが、鵜呑みにされたものはかれらに害を及ぼさない。なぜなら鵜呑みにされたものは体内に有害なものを何も残さないからで、それは小麦の一粒が消化されないまま小鳥の身体を素通りするのと同じなのだ。

ジュリアは存在が反抗なだけで、反抗的ではない。現実に抗おうとはしない。このあたりの物語のさじ加減がね、絶妙。

位置: 7,527
昔の専制君主は『汝、なすべからず』と命じた。全体主義の命令は『汝、なすべし』だった。われわれの命令は『汝、これなり』なのだ。

オーウェルはこれが言いたかったんじゃないかしら。パンチラインとして格好良すぎる。我々はこれである、ということ。これがディストピア的な未来のあるべき思考ですよ。すごい。

まとめ

サゲは微妙な感じでしたが、それもまたよし。
確かに傑作。20年後くらいにまた読みたい。

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