『河童』 芥川……ちょっと後半、衒学的じゃない?

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マツオさんが「天才だ」というから読んでみた。
天才かもしれないけど、ちょっと軽い印象。

大正期に活躍した「」の作家、芥川竜之介の代表的な小説。初出は「改造」[1927(昭和2)年]。生前は単行本未収録であり、没後「」第4巻、「大導寺信輔の半生」[岩波書店、1930(昭和5)年]などに収録。「新小説」[春陽堂書店、1922(大正11)年]掲載の「河童」とは別物。ある精神病患者が河童に会った話をする。

風刺とか批判とか、その通りなんでしょうけど、ただ単純に風刺を人外のものに演らせるという点では『吾輩は猫』の方が上である気がします。
確かに冒頭の精神病患者に話させる所とか、河童の国に入ってしまった下りとか、面白い。読ませる。
けど、その後にゲーテだとかキルケゴール(だったっけ?)がどうの、こうの、言うのは衒学的でしょう。河童が人間界の権威を引き合いにだして臭す、というのは風刺のレベルとしては一段劣る、ストレートなやり方のように思います。
その点、『猫』はあくまで非学術的な立場で、大変によろしい。ような気がする。

位置: 67
そのうちにやっと気がついてみると、僕は仰向けに倒れたまま、大勢の河童にとり囲まれていました。のみならず太い嘴の上に鼻目金をかけた河童が一匹、僕のそばへひざまずきながら、僕の胸へ聴診器を当てていました。

位置: 90
僕は一週間ばかりたった後、この国の法律の定めるところにより、「特別保護住民」としてチャックの隣に住むことになりました。僕の家は小さい割にいかにも瀟洒とできあがっていました。もちろんこの国の文明は我々人間の国の文明――少なくとも日本の文明などとあまり大差はありません。

位置: 140
その中でも一番不思議だったのは河童は我々人間の真面目に思うことをおかしがる、同時に我々人間のおかしがることを真面目に思う――こういうとんちんかんな習慣です。

このへんの河童の習性、河童の価値観の設定は絶妙。
現代の写し鏡のようになってる、っていうね。常識を疑え、ってか。

位置: 143
つまり彼らの滑稽という観念は我々の滑稽という観念と全然標準を異にしているのでしょう。

後半の衒学的なところが、どうにも、すきになれない。

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