『骨は珊瑚、眼は真珠』 感想 #池澤夏樹 さん、ヤリ手やね #骨は珊瑚、眼は真珠

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なかなか味のある短編集。こういう物語も書けるんだ、という発見。

ぼくは不安な気持ちを持ったまま、幸福にやっていくよ。――「眠る人々」より

沖縄の聖地久高島でかつては十二年に一度行われていた祭り、。夢の中で、その祭りに巫女として参加している自分を見つける「眠る女」。
亡くなった夫の骨を砕き海に撒く妻。遠くからそっと見守る夫がやさしく語りかける「骨は珊瑚、眼は真珠」。
人類が死滅した地球にただ一人残された男がその死に向かって旅をする「北への旅」、絶滅寸前のシマフクロウが微かな命をつなぐ「最後の一羽」。
根源的な淋しさと淡い幸福感。静かに、美しく、詩的な言葉で綴られる9つの物語。

『スティル・ライフ』につづいて読了。
こっちのほうが好みかな。とくに『』が良い。森見登美彦さんみたい。もちろん、表題の『骨は珊瑚、目は真珠』もいい。こっちは共感というより憧れに近い。

とにかくロマンチストでヤリ手なのが分かる。文学してモテるというのはこういうことかと憧憬させる作品。ちょっとあたくしにゃ無理、真似出来ないけどね。みんなそうか。何重も歳の若い女性と結婚して「おれが死んだらお前はこういう風に落ち込むだろう、でも、ふりきって生きろ」みたいなことを手紙調の文章で表現するなんて、ちょっと恥ずかしくってあたくしにゃとてもとても。
若い奥様をもつ実体験が書かせるんでしょうか。羨ましい。

位置: 476
さて、われわれを指揮する立場にある我が教授にはちょっとした問題があった。本当は問題ではないのだが、事情を知らない他人の目には問題と見える。つまり、酒に目がないのだ。この事態を、おそらく飲酒経験において浅く、エタノールという物質の大脳生理学的影響について何も知らないに等しい諸君に正確に伝えるのは実に容易ではないと思う。この人においては酒と人格が不可分に融合していたのだ。

位置: 512
諸君が私の顔を見てにやにやしている気持ちはわかる。ことの詳細を知りたいという低俗な欲望もよく理解できる。しかし、仮にもここは大学であり、これは惑星気象学の講義だ。私としては私的な回想にひたって諸君の貴重な時間を浪費するわけにはいかない。  待ちたまえ。講義に対するブーイングは本学では禁止されていたと思う。しかしながら、妥協という言葉はいかなる状況に対しても適用可能だ。

森見登美彦っぽいよね。好きよ、こういうの。

位置: 704
そこで私は広々とした発電所の中に入り、壁に沿って右手奥へまわった。やはり周囲の人の目を意識して、物陰に隠れるように動く。しかし、誰も見ていないことはわかっていた。発電所を襲うなどと、そんなことを考える者がこの島にいるはずがない。盗むものはないし、デートの場所としてこれほど不似合いなところもない。クーデタでもなければここに人が押し入るという事態はありえない。健全な常識の持ち主ならばそう考える。彼らにとって唯一の落とし穴が、野心的かつ攻撃的な天文学者というわけだ。

位置: 798
そして、帰り際にマダリアーギ氏は小さな声で、明日はミス・ザヴィアを一人で寄越すからと言ってくれた。  翌日は静かだった。私はビールではなくワインの一壜を前にして、ミス・ザヴィアと人生のさまざまな局面についてゆっくりと話し合った。その詳細は、きみたちももう大学院生なのだから推測したまえ。うまく推測ができない者は実人生体験が不足していると考えて、今までの生きかたを改めた方がいい。今日の講義で私が伝えたいのもそこのところなのだから。社会から、人間から、遊離した科学は意味を失う。

最後なんだかんだ言って良いこと言ったふうにまとめるけど……みたいなサゲも良いですね。この手の文章を書いてくれればもっと池澤夏樹さんを好きになれるのにな。

位置: 874
緑一面の湿原の向こうでニッコウキスゲの黄色とワタスゲの白が揺れている。木道はまだ濡れていたし、道の脇の草の葉には露の玉がびっしりとついていた。

位置: 1,629
房事の時、わたしは寝床の上でおまえの胸に耳を当てて、心臓の鼓動を聞くのが好きだった。つい半年前のことだ。

一方でこういう文章。いいね、格好いい。センスいい。
教養と男女の機微についての体験がないと、こういう文章は書けない。どちらもあたくしにゃ決定的に不足している。

位置: 1,818
「お墓を作らないの?」 「作らない。死んだらもうわたしはいない。いいじゃないか。おまえはおまえでまた別の人生を生きてゆく。墓参りなんて偽善をするな」 「偽善ではないわよ」とおまえは少し気色ばんだ。「誰だって生きている時に愛があって、それを忘れたくないからお墓に行くのよ」 「そういうことになっている。だが、いないものはいないんだ。思い出の値打ちを墓参りの回数に換算してほしくない。おまえはわたしのことを忘れはしない。妙な言いかただが、わたしはその点に自信がある。だからこそ、墓はいらないと言うんだ」

そしてこれが『骨は珊瑚、目は真珠』の一文。
いいよね、ロマンティックで。こういうこと、言ってみたいわ。
……似合わないけど。

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