『火曜クラブ』 クリスティは短編も鮮やか

ミスマープルという稀代の安楽椅子探偵を生み出したシリーズだそうで。

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安楽椅子探偵、つまり家の中から出ないのに事件の真相を暴いてしまう、いわば汗をかかない探偵ですな。ミステリ界の一代ジャンルです。

そのジャンルの代表的人物であるところの、ミス・マープルですよ。
安楽椅子界のホームズとでも言いますか。
とにかく鮮やかでした。

最小限のトリックで最大のエンタメを引き出すミステリ

あまりに鮮やかすぎまして、余韻も何もないほどなんですね。

ある一室で身の上に降りかかった謎を持ち出しあい、頭を捻らせる倶楽部のメンバー。
それらはとびきりの謎で、誰も解けない。一級品の謎ばかり。
しかし、ミス・マープルは身の回りの事件、特に村で起こったしょうもない事件、を持ちだして、それの延長線上でこの謎を解いてしまうんですな。

「たいていの人は誰がお金を盗ったのかということにばかり、興味をもつんでしょうけれど――それが結局思いもかけない人物だったんですからねえ――推理小説によくあるように! でも生き地獄にもひとしい苦しみを味わったのは、かわいそうにアーサーのおばさんでしたよ。まったくなんの罪もなかったんですからねえ。あなたはこういうことをおっしゃるおつもりだったんじゃありませんか、サー・ヘンリー?」
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「この村で昔、こんなことがあった。あの時はこういう真相があった。だから、あなたの持ち寄った謎は、こういうことなんじゃないかしら」という具合に、それらをすべて解き明かす。

ミス・マープルが静かな声で言った。 「おできになりますとも――」  ミセス・バントリーはなおも頑強に首をふりつづけた。 「わたしの毎日が、どんなに平凡か、みなさんはちっともご存じないんですわ。召使のこと、キッチンの下働きの女の子をさがす苦労、出かけるといっても、せいぜい服をあつらえに行ったり、歯医者に行ったり、それからアスコット競馬や(アーサーはきらいですけど)庭のこと――」
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謎は身の回りに潜んでいて、それらにじっと目を凝らして帰納させることで、普遍的な人間の推論を手に入れることが出来るよ、という無茶苦茶格好いい探偵さんですよ。
一を聞いて二十も三十も知ってしまうような、天才中の天才のおばあちゃんなのです。

いわば余白のない、無駄のない傑作

しかし、短篇集としては素晴らしすぎる。すぎるのです。

これを読むと、芥川じゃないけど、小説とは無駄なものだと思いますな。
問と答が近すぎると、味気がない。

占星術殺人事件でいうところの、犬山の明治村の件とか。
ああいった登場人物が「あーでもないこーでもない」と悩むこと。あぁいう過程が楽しいからこそ、読者は小説に入っていける。小説を愛せるのですな。

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その点でいえば、短篇集なので当然かもしれませんが、この『火曜クラブ』はあまりに余白が少ない。無駄がなさすぎて人間味がない。
そう感じられる部分もあります。

もちろん、クリスティはそんなこと分かってて書いてるんでしょうけど。
『春にして君を離れ』みたいな余白からじわじわと恐怖させるもののも書けるわけで。それでいて、切れ味するどい短編も書ける。クリスティはまさに天才ですな。

大きな謎から小さな謎まで手がけられる凄さ。
そしてその一級品の味。
クリスティの恐ろしさをかいつまんで食べられる、素晴らしい短編ミステリーでした。

アガサ・クリスティー

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』