『たがや』 文字起こし 小朝師匠のも足してみた

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花火と申しますってぇと江戸の年中行事、両国の川開き。
それまでは川で遊ぶということが禁じられていたそうですな。
旧暦の5月28日だったそうですが。その日を境に川が開放される。
江戸の夏の始まりでございます。
江戸っ子が待ちに待っております。
その当日に領国で派手にポンポンと花火を上げていたそうで。

で、この花火を受け持っておりましたが「たまや」と「かぎや」という二軒の花火屋さん。
どういうわけですか、鍵屋という褒め言葉はかからなかったそうですな。
大概が「たまや」。ねぇ。

橋の上 たまやたまやの声ばかり 何故にかぎやと 言わぬ錠なし

なあんて歌がありますが、不思議なもんで元は鍵屋に居たお職人が店を持ってたまやになった。
あとになるてぇと自火を出してお取り潰しになって、鍵屋さん一軒になってやっていて、それでもたまやという声がかかったと言うんですからね。
大変に人気があったんでしょうな。
かけいいんでしょうかね。不思議なもんです。

当日は一番人が集まるところはってぇと、両国橋の橋の上。日の暮れになるってぇと
人で埋まっちゃっている。とてもじゃないけど通れるなんてもんじゃなかったそうでございます。
その人の一杯のところへ本所のところからやってまいりましたお旗本。馬に乗っておりまして供侍を3人つれて、中元に槍を持たせまして、これから橋を渡ろうってんです。

これからこの端を渡ろうってぇんですが、随分と乱暴なことが許されていたものです。
なにせ、一番えばっているのがお侍ですから。
士農工商の一番上。天下の往来の7割の面積の部分を侍があるいて、残りの3割と農工商が使っていたそうで。
だから噺家の歩くところなんざなかった。ドブの中を歩いたそうで。
大変な騒ぎ。

人払いをする侍が一人、先頭に立ちまして
「これこれこれ、よれぃよれぃ」
「おっとっとっとっと、チキショウ、何しやがんでぇ!」
「何だってじゃねぇんだよ。俺も押されてきたんだからしょうがねぇんだよ。この混雑してるなかに、馬で乗り込んできた奴がいるんだい」
「何を!馬で!?冗談じゃねぇよ、構わねぇから引きずり下ろして川に落としちまえ」
「ダメなんだよ、リャンコなんだよ、侍なんだよ。」
「なにおぅ!侍だって!どけ、コンチキショウ!侍か!!じゃあしょうがねぇや」
ってだらしない奴が居たもんで。

馬で通れるだけの隙間を供侍が作って、橋を渡ろうとしているちょうどその時、反対の両国は広小路の方から渡ろうとしております一人のお職人。
たがやさんと申しまして。今じゃあもう見られませんで、昔のタライですとか桶のたがを作ったり直したりする、たが専門のお職人。
今は商いが終わったと見えて、どっかでちょいと引っ掛けて帰ってきたらしく、ちょいと目の縁がほんのりと赤い。
道具箱を肩にして橋の袂に立って
「おっとっとっと、こりゃいけねぇや。そうだそうだ。今朝出掛けにそう思っていたんだ。今夜花火だから脇に回らなきゃならねぇんだがすっかり忘れて、毎日の癖でこっちに来ちゃったい。悔しいなぁ、こっから脇を渡るんじゃ、なぁ。うちはここを渡ればすぐなんだが、なぁ。大変な人だけど、ちょっと、わたってみようか。脇に回るよりゃはええだろ。そうしよう。おう、ちょっと、ごめんよ。」
「ありゃ、おー痛てぇ。こんちきしょう。ダメだよ。そんなもの。どっかにあずけて来なよ」
「おれはな、見に来たわけじゃないんだよ。ちょいとウチに帰るためにここを通るだけなんだから。悪いけど、ちょいと、渡らせてもらうよ」
「おう、いてぇなコンチキショウ。向こういきやがれ。」
なんてんで。
向こうの人の頭にゴツン、こっちの人の頭にゴツン。向こうに押され、こっちに押され。
押されたり揉まれたりしながら、だんだんだんだん、橋の真ん中へ。
侍たちも「寄れい寄れい」の掛け声とともに、ちょうど橋の真ん中のあたりでたーんと出くわしちゃった。

間の悪い時というのはしょうがないもんですな。
今までたがやはぐいぐい押されていたから、ゆっくり来ていた。そこんところに邪魔になっている人がちょうど侍に払われたもんですから、侍の前にぽーんと飛び出しちゃった。
昔は侍の目の前に飛び出すなんてぇのは大変なことだったそうですな。
「何だ貴様!無礼者!」
どーんと突かれたもんですから、そこに尻もちをつく。途端に、持っていた道具箱をそこに落っこどしちゃう。道具箱の蓋が衝撃で開いてしまい、箱の端に巻きつけておいた「たが」、青竹の張りのきついやつですね、これは無理に丸く留めてありますから、衝撃で外にでるってぇと、ツ…ツ…ツツツツと伸びて、不運にも馬上のお殿様の鼻をかすめるってぇと、陣笠をポーンとはねのけちゃった。
傘が弧を描くってぇとそのままポーンと川に飛び込んじゃう。あとには、傘の台の土瓶敷のようなものだけになっちゃった。
殿様、鼻から血を出して馬に乗ってる。
これはあまり格好良くない。
お殿様はみるみるうちに顔を真赤にしちゃう。
これは人払いをしている侍の責任ですから、あわてて
「********!!!」
何言ってんのか分からないけども、とにかく慌ててたがやに詰め寄ります。

「無礼者、無礼者!!」
「あ、どうも、すいません。あいすいません。どうかひとつご勘弁願います。あっしはね、わざとやったんじゃねぇんです。人にね、押されながら、やっとのことでここにたどり着いて。で、もひとつ後ろからどーんと突かれたもんですから、ここに入って来ちゃって、そんであなたに突かれたもんだから、道具箱おっこどしてね、こうなっちゃったんです。どうか一つご勘弁を。」
「いや、勘弁はあいならん。さあ立て、屋敷へまいれ」
「屋敷へ?冗談言っちゃいけねぇや。屋敷いきゃこの首はこの身体についちゃいませんよ。どうかお願いします。本当はこんな道具をもってここに入ってきちゃいけねぇんですがね、本当のことを申しますってぇと、うちには年老いた親父とお袋が、あっしの帰りを待っているんですよ。あっしが帰って飯の支度してやらねぇと、いつまでも腹をすかせて待っているもんですから、無理と承知でここに入ってきちまったんです。どうかひとつ、ご勘弁願います。このとおりでございますから」
「いや、勘弁はあいならん。立て!屋敷へ来い!」
「それじゃ、こうしましょう。これからね、あっしは家に帰って、親父とお袋に飯を食わせます。飯を食ってるのを確認したら、あっしの方から名乗りでます。逃げも隠れもいたしませんので、それまでどうか、命、あっしに預けちゃあいただけませんでしょうか。
「くどいやつだな。勘弁まかりならん。屋敷へ来い。」

「おい、見ろよ、可哀想だね、うちには年を取ったおやじとおふくろが居るんだってよ。お前、どっちが悪いと思う?」
「そりゃあお前ぇ、侍に決まってんじゃねぇか。なぁ。こんなところに馬で来る方が悪いよ。たがやは悪くないよ。おうおう!!たがや悪くないよ!!侍が悪いんだよ!!侍がなんだ!!ばか!!」
「おいおいおいおい、侍の悪口を言っちゃあ俺の後ろに隠れるんじゃないよ。さっきからあの侍、俺のこと睨んでいるじゃねぇか。お前が隠れてっと、後ろで笑ているのは俺だよ。俺と侍の目がビタっと会おうもんなら誤解をされ……へぇ、どうも。ご苦労様でございます」

一人が口火を切ったもんですから、ホウボウから町人のやじが飛んでまいります。
終いには橋中がたがやの味方をいたします。これにはお侍も参りました。

「んー、町人が騒いで敵わん。ほら、立て、屋敷へ、屋敷へ参れ」
「お願いを申し上げます。どうか、よろしくお願いします。どうか一つ、お助けください。」
「ここでは話しにならん。これ、立て。立って屋敷へ参れ。屋敷へ参れ!!」
「……それじゃなんですか、どうしてもご勘弁いただけねぇんですか」
「勘弁ならん。勘弁ならんと言ったら勘弁ならん。屋敷へ参れ。」
「……そうすか、へい、わかりやした。おう!ありがとうありがとう、もういいよ。何か言いなさんな。どうしても勘弁してくれねぇってんだい。斬られるのは俺一人でたくさんだ。なにか言ってかかわり合いになっちゃあつまらネェぞ。黙ってろ黙ってろ。じゃあ、どうしても勘弁していただけないんですね。」
「くどい奴だな。勘弁など、なるものか。いいから屋敷へまいれ」
「へえ、屋敷に、あっしは何しに行くんで?えぇ!おめぇたちに屋敷に来いって言われて、さいでござんすかってんでそのままノコノコついていくような弱い尻は俺にはねぇよ。斬るんだったらここで斬ったらいいじゃねぇか。ええ!?なんだって人の観ている前で斬れねぇんでぇ!下から出れば付け上がりやがって。斬ってみやがれ、この丸太ん棒め!」
「丸太ん棒!武士を捕まえて丸太ん棒とはなんだ」
「丸太ん棒ったら丸太ん棒じゃねぇか。てめぇなんざ、血も涙もねえ、義理も人情も欠いた、目も鼻も口もねえのっぺらぼうな奴だから丸太ん棒てんだ。このしのくの裏!」
「なんだその、しのくの裏と申すのは?」
「てめぇなんざサイコロの裏がお似合いだってんだよ。四の裏は六の裏はイチ、ピンだ。しめてサンピンでぃ!」
「こやつ言わせておけば。二本差しているのが怖くはないか」
「へっ!怖くねぇな、そんなもの。何を抜かしやがんでぇ。侍も弔いもあるか。二本ざしがこわくって、でんがくが食えるかよ。気のきいたうなぎをみろ四本も五本もさしてらあ、そんな鰻をてめえは食ったことあるめえ...おれもひさしく食わねえが...斬るってんなら、どっからでも威勢よくやってくれ。斬って赤くなけりゃあ赤けぇのと取り替えてやるスイカ野郎てんだ。さあ斬りゃあがれ。斬れやコンチキショウ!!かー!!」

なんてんでもぅ、たがやの方はヤケですからひっくり返っちゃう。
にわとりも 追い詰められリャ 五尺飛び
と言います。鶏だって5尺は飛ぶ。
窮鼠猫を噛む、とも申します。
これは貧困に苦しんだ旧ソビエト連邦の人間が猫を食べて上を凌いだという生活の知恵から出た諺らしいですが。
嘘ですけれども。窮鼠猫を噛む、ね。

侮っていた職人に逆に脅かされちゃった侍。
こんな事を言われたことはないもんですから、びっくりしてポーッとしちゃって、目もうつろ。
もちろんお殿様は我慢なりませんから
「構わん!斬り捨てい!」
「はっ」
ってぇと侍がすっと抜く。

すると周りでももって
「ほら、抜いたぞ!喧嘩だ!!」
わーっと声が上がったもんですから、やっこさんまたポーッと騰がっちゃった。よく騰がるやつがいるもんで。

騰がりながらにも考えた。
早いところこいつを斬っちまわないと収集がつかない。焦って斬りかかりますが、焦った仕事でうまくいくはずがない。
方っぽは命を捨ててかかってきます。職人ですから喧嘩慣れしております。
ぎゅっと振られた刀をひらりとかわすってぇと、目の前をぱっとよぎった腕を捕まえて、そのままがぶりと噛み付いた。
このたがやの歯がむやみに丈夫ときてますから、悔し紛れにガブっとやられた侍はたまらない。
「あっ、痛い、はなせ、離さんか!!」
「************!!!」
何言ってるか分からない。
けれども、あんまり痛いものですから、持っていた刀をその場におっこどしちまうってぇと、たがやは刀を拾ってエイヤと腕の力に任せて振る。腕に覚えなんてありませんが、そこは職人。斬るなんてもんじゃない、刀で殴るというやつです。しかしこれが一刀のもと。
侍は血しぶきをあげてドタッと倒れた。
「おお、やった、おう、たがや、強いね!」
「あぁ、ありゃぁ、おれの親類なんだ」
嘘つけ!と思うんですが。

「おのれ同役の敵!!」
という声がするかしないかのうちに、今度はたがやの背後からもう一人の侍が斬りかかってくる。
とっさに振り向くので精一杯だったたがや。
「あぁ、俺ももうこれまでだ」
と思うから、その場にぺたーんしゃがみ込む。
すると、一瞬ではありますが、侍もぎょっとします。
日頃の剣術の鍛錬で、相手がしゃがむということはまずない。
急に的が無くなっちゃった。勢い余ってたがやに覆いかぶさるようになるってぇと刀の切っ先がたがやの頭の上に刺さる前に、橋の欄干にぶすりと刺さっちゃった。
もはやこれまで!と思っていたたがやが、痛くないってんで、恐る恐る目を開けますと、侍は目の前で欄干にギイコギイコやっている。恐る恐るさっき使った刀の切っ先をブスブスと入れてくと、これで二人やっちゃった。

残った侍の一人は考えます。
「やるね、あいつは。強いよ、ありゃぁ。あぁ強いとは思わなかった。手遅れだねぇ。殿様には給料もらっているしねぇ。手遅れかなぁ。逃げようたって大勢人がいるからなぁ。仕方がない、やるか」
こんな心構えじゃ命がけの職人に叶うわけありません。
「らあらあらあらあ!」
犬でもそうでもそうです。吠える犬に強いのは居ないんですな。表で喧嘩している人も、大声出すような人は本当に強いわけじゃない。本当に強い人はひとことも言わないうちに有無を言わずに殴る。これです。

無闇矢鱈にラアラア言っているだけですから強くも何ともない。わたしが語るまでもなく、いつの間にかやられちゃった。

これを観て青ざめた馬上のお殿様。ひらりと身を馬から降りまして、お供に持たせておいた槍を受け取るってぇと、鞘を払って流々と槍をしごきまして、
「下郎!参れ!」
ピタッとつけた。
これは明らかに、今までのお侍とは格が違う。
槍一筋、馬一匹のお旗本ですから。こういうことは周りで観ていてもすぐ分かる。
「おうおうおう、こりゃあいけないよ、たがやがやられちゃうよ。たがやを守れ!援護しろ!」

ってんで、ほうぼうから草履が飛んでくる下駄が飛んでくる石ころが飛んでくる小判が飛んでくる。
今度は殿様がイジメられているような格好になります。

さすがの殿様もこうなると冷静では居られない。
むやみにえいやっと槍で突いても、槍の切っ先はたがやの横を通りぬける。どこを突いてやがるんだこのすっとこどっこいってんで、たがやはスパンと槍の先端を切り落としちゃう。すると槍は単なる棒に早変わり。

さぁ、困ったのは殿様。
やりくりがつかないというのはこれからきた。
持っててもしょうがないからおっぽり出して、やりっぱなし。というのもここから来たんだとか。

慌てて刀の柄に手をかけるけれども、それより一瞬早くたがやが殿様の懐に飛び込んだ。
「えいっ」
横に払った一文字。
殿様の首がスポンと中天高くたち登る。
観ていた見物人が声をそろえて、「たがや~~!」

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都内在住のおじさん。 2児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』
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