古典落語『死ぬなら今』 再考3

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今度の寄席で、再び演ることに。
話としては好きですからねぇ。また演れるのは嬉しい限り。

何度も何度も実践を経て、すっぽり腹に入れてしまいましょ。

 今日は『死ぬなら今』という一席を申し上げます。なかなか変わった題名ですが、なぜこの題名なのかは終いまで聴いてはじめてわかるという仕組みになっております。ぜひ最後までお付き合いをいただきたいと思います。

世の中にケチな人というのが、おりますな。
我々はこのような人のことを、「六日知らず」と呼んでおります。どうして「六日知らず」かてぇますと、一、二、三、四、五と指を折って参りまして、六になりますと、この折った指を広げていかなきゃならない。それが嫌だ、握ったものは自分の指だって離したくねぇって、まぁそういう性分の人のことでございます。
こういう人の噺には、落語の方じゃ事欠きませんで。

たいそうケチな人が鰻屋の隣に引っ越した。こういう人はケチですから、ご飯のお菜を買いません。食事どきになると、隣で焼く鰻の匂いをお菜にご飯を食べるという徹底したケチでして、すると、ある日、隣の鰻屋がやって来た。
「ええ、ごめんください」
「だれだい?」
「ええ、隣の鰻屋で……」
「隣の鰻屋? なんの用だい?」
「ええ、お勘定をいただきにまいりました」
「なに? 鰻の勘定? おい、おかしなことを言うなよ。おれんとこじゃあ鰻なんか食ったおぼえはねえぞ」
「いいえ、めしあがった代金ではございません。鰻の匂いのかぎ賃をいただきに……」
「ええっ? かぎ賃ッ……うーん、やりゃあがったな。……うん、よし、よし。いま払ってやるから待ってろよ」
と、懐中から金を出して、ちゃぶ台の上へチャリン
「さあ、かぎ賃だから、音だけ聞いて帰れ」

こんな話がいくつもあります。
江戸の時分に、赤螺屋(あかにしや)ケチ兵衛という筋金入りのケチがおりました。どらくらいケチかってぇと、指にトゲが刺さってもぬかないくらい。自分の身に入ったものはトゲだってもったいない、ってことなんだそうで。下手すりゃ家計簿に「何月何日、トゲ一本」なんて付けたりなんかします。さらにこのトゲが、抜かないで放っておくものですから、膿んで来たりします。するってぇと、「肉が増えた」といって逆に喜んだそうです。そんなくらいですから、何が何でも、絶対に出すのは嫌だってんで、あんまりはばかりなんぞへも行きません。たまに行ってもしみったれた出し方しか出しませんから、のべつ痔になってるってくらいでして。
こんなありさまでございますから、一日三食のおまんまも一食に済ませたりしておりますので、どうしても病気が多い。とうとう病んで床につきます。
「おとっつあん……おとっつあん」
「う……あぁ……せがれか……どうしたぃ」
「おとっつあん、今たいそううなされてましたけど、どうです? いちどお医者様に見せた方がよろしいんじゃないですか?」
「お前は……どうしてそうものの分からないことを言うんだい? 医者はいけませんよ。医者てぇものはねぇ、ちょいとこちらが弱みを見せると、あそこがいけない、ここが悪いとね、薬代を取ろうってんだよ。お前だってそれくらいのことは分かっているんじゃないか」
「ええ、そりゃまぁ、世辞で言ってみただけなんですがね……でも命には代えられませんから。命なんてものは、なんですよ、大事に使えば生涯もつと言いますから。」
「そりゃあそうだろうがねぇ。そんなことよりね、あたしゃ気になってならないことがあるんだよ。おとっつぁんにもしもの事があったら、おまえさん、葬式はどうするつもりだい? まさか、パーッとやるつもりじゃないだろうね」
「いえっ、とんでもございません、そんな親不孝をするつもりは毛頭ありません!あたしゃ、どうしたらこれほど地味に出来るだろうってくらい、誰も気づかないくらい地味にやるつもりでいます」
「ああ、そう……そりゃ頼もしいや。ただね、人様に気付かれない葬式じゃお悔やみが集まりません。お悔やみ、お香典というものはそれはそれで大切な実入りだからね、そこのところはうまくやっとくれ……それから、棺桶はどうするつもりだい?」
「棺桶なんて、そんな埋めるだけのものにむだな銭をつかうつもりはありません。八百屋の六さんとこからダンボールを貰い受けまして、これに入れようと思ってますので、多少窮屈かもしれませんがご成仏を」
「ああ、それでこそ成仏できるってもんだ、おとっつぁんの願うところだよ。で、ちょいとここでお願いがあるんだ。いや、なに、他でもない。普通、人が死んだ時には、三途の川の渡し賃として六文銭を頭陀袋に入れることになっているのは知っているな。しかし、もし、あたしが弔らわれるなんてことになったとしたら。その時、お前には、六文ではなく、三百両を一緒に埋めて欲しいんだ。」
「いやだなぁ、おとっつぁん、縁起でもありませんよ。お互いに、たった一人の親子じゃありませんか。ですから……なんとか、負かりませんか?」
「いや、おい、そんな眼を血走らせるんじゃないよ、最後まで話をお聞き。実はな、知っての通り、おとっつぁんは一代でこの身代をつくった。それにはずいぶんとアコギなこともやってきてるんだ。人の足を引っ張るというが、足を引っ張るどころじゃあない。人の首根っこ捕まえてなぎ倒し、その上を歩くってぇくらいのことも何度もやった。それじゃあどうしたって死んだら地獄に行くことになるだろう。しかし、そこで、だ。地獄の沙汰も金次第って言うじゃないか。ことによると、その三百両で極楽に……とは行くまいが、せめて地獄の出口近くのいい席が取れるかも知れないじゃないか。頼むから、ね、三百両、入れておくれ」
「……そうですか……分かりましたよ!ええ、分かりました。じゃ親孝行だと思って、三百両、入れましょう」
「ああ、ありがとうよ……お前さんがしっかりしてるから、あたしゃ安心だ……じゃ後の事は頼んだよ……」
人間安心すると気が抜けるというんでしょうか、暫くするとこのケチ兵衛さんが亡くなりまして、親類縁者が集まりまして、ひっそりと野辺の送り、という段になります。息子がおとっつぁんとの約束どおり、しぶしぶダンボールに三百両入れようといたしますと、これを見つけた親戚が黙っちゃいません。
「おいおい、おまえねぇ、いったいなんてことをしてるんですよ、えぇ?おとっつぁんと話をして、三百両入れるって約束をした?お前ねぇ、それでもケチ兵衛さんのせがれかい?あの世なんてものはどうせありゃしないんだ。そんなもの全部無駄になりますよ。患って死にかけてるひとのうわ言を本気にして、そんなバチ当たりなことしてちゃいけませんよ。どうしても入れようってんなら、芝居で使うニセの小判を入れたらいい。あたしが手回してあげるから、まあ、ちょっとお待ちなさい。」
せがれの方でも、別に入れたくて入れようってんじゃありませんから、大喜びでございます。この親戚の人が三百両のニセ小判をさっと集めて参りますと、これをケチ兵衛さんといっしょにダンボールに収めまして、無事お弔いが済んでしまいます。
さて、こんなこととは知らないケチ兵衛さん、ニセ小判を持ちまして、十万億土目指してとぼとぼと歩いております。

「ああ、どうでもいいけど、ずいぶんと遠いものだねぇ。いったい、いつになったら着くんだろう。おや、あんなところで腰を下ろしてる人がいる。ちょいとあの人に聞いてみよう...もし、ちょいとものを尋ねますが……」
「へい、何でしょう。」
「三途の川の渡しというのはどの辺でございましょうな。」
「三途の川……ああ、それならこの道を真っ直ぐ行きますとね、そこんところが土手になってます、その向こうっ手がそうですよ。」
「ああ、どうもありがとうございます。」
「で、お前さん、今から地獄へ行くのかい? てぇへんだねぇ……いやね、おれもさ、地獄でもって300年間罪の報いを受けて、昨日やっと放免になってね、今こうやってぶらぶらしてるところなんだけどね。」
「ああ、そうですか……あれですが、やっぱり地獄ってところは恐いところなんですかねぇ。」
「いや、なに、そう心配するこたぁねぇよ。俺みたいなすかんぴんの銭無し亡者にとっちゃあ怖いところだ。気の遠くなるような時間報いを受けることもある。けどね、あんたは見たところ身なりがいいや、ちゃんとしたナリをしているし、金もしっかりあるんだろ?心配するこたぁねぇよ。今や、地獄の沙汰こそ金次第だ。なにせ地獄は今、信じられないほどの借金があってな。火の車ってぇやつよ。ついちゃあ外貨が喉から手が出るほど欲しいんだそうだ。あんた、金に余裕があるんなら、それを武器にして交渉してみなよ。」
「はぁ……娑婆で聞いて来たのとは大違いですな。実はあたくし、三百両持って来たんですが、こんなもので足りますか?」
「さ、三百両! そりゃいいや、それを閻魔様に見せてご覧よ、ことによると極楽にご優待ってことになるかもしんねぇよ。」
「あぁ、そうですか。どうもありがとうございました……へっへっへ、ありがてぇですな。目の前がパァッと明るくなってきたような気持ちがしますよ。おや、こんなところに立て札が立ってる。三途の川の渡しだよ……おや、あんなところでオニが居眠りしてるよ……ち、ちょいとものを尋ねます……ちょぃと、そこのオニさん、オニぃさん!」
「な……なんでぇ……どうでもいいけどよぉ、「オニぃさん」と真ん中を伸ばして呼ぶのやめてくれ、締まりが無くっていけねぇ……何か用か?」
「地獄行きの船はいつ頃出ますかな?」
「ああ、それならそこの「地獄(じこく)表」に書いてある。」
なんて、バカな洒落などいいながら、ぼちぼちと地獄へやってまいります。ケチ兵衛さんが恐るおそる閻魔の館の門をくぐってまいりますと、いきなり正面に閻魔大王、左右に馬頭牛頭(ごずめず)、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、赤鬼、青鬼なんてぇ強面の面々が控えてございます。いきなり正面の閻魔大王が口を開き
「赤螺屋ケチ兵衛というのはその方じゃな。」
「は、はい。」
「間違いは無いな……よろしい……おい、ケチ兵衛が来たから、みんなこっちへ集まりなさい。」
と、なにやらごちゃごちゃと作戦会議てぇやつをはじめます。しばらくすると再び口を開き、
「おい、ケチ兵衛。お前は何だな、娑婆でずいぶんと悪いことをしてきたな。お前の悪事の数々はすべてこっちはお見通しだ。お前なんざ、本来は無限の地獄に突き落としても構わないってくらいの悪党だ。……で、ここがお前とわしとの相談だ。ワシに土産というか、その……お前、いくらか持ってるだろ?それによっちゃワシはいろいろと相談に乗るぞ。」
「あの、わたくし、三百両持ってきました。」
「三百両!さんびゃくりょう!お前、持ってるのか?今!おいおい、赤鬼、青鬼、ケチ兵衛さんに座布団お出ししなさい、それからお茶とお菓子だ、グズグズするなよ」
えらい騒ぎでございます。ころっと態度が変わりまして、ケチ兵衛さん。この三百両でもって閻魔様に取り入りまして、口利きで一気に極楽へご優待ということになります。
そんでもって地獄の方ですが、臨時収入が入ったってんで大変な景気、大賑わいでございます。毎晩毎晩、飲めや歌えやの大騒ぎ。もともと、そういう自堕落なことが大好きな人間が集まるところでございますから、もぅ、そりゃあどっちが極楽か分からないようなはしゃぎっぷり。
しかし、当然ではありますが、空前の好景気は極楽の方へも伝わりまして、極楽のお偉い方は「あの自転車操業の地獄がそんなに景気が良くなるはずが無い」と怪しみます。すかさず天国の検察が捜査に乗り出すことになりました。
金に物を言わせて街角でやりたい放題だった牛頭馬頭を難癖つけてとっちめて、こいつらをキリキリ締め上げますてぇと、実は彼らの持っていた小判がニセ小判であるということが発覚いたします。すかさず、通貨変造罪で閻魔大王を初めとして、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、赤鬼青鬼なんて連中が一網打尽で極楽の刑務所にほうり込まれてしまいました。
それから数百年たちますが、いまだ地獄の役人は投獄されたまま。しかし、近々出てくるような話もございます。
そこで、あたくしから一つ、改めて、この話の題名を申しあげてお別れと相成ります。

……死ぬなら……今。

笑いの多い、良い話ですよねぇ。

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都内在住のおじさん。 2児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』
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