古典落語『死ぬなら今』 再考4

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色々考えているうちに、枕が長すぎる気がしてきました。
やっぱり簡潔に話に入ったほうが良さそうですね。

  今日は『死ぬなら今』という一席を申し上げます。なかなか変わった題名の噺ですが、なぜこの題名なのかは終いまで聴いてはじめてわかるという仕組みになっております。ぜひ最後までお付き合いをいただきたいと思います。

世の中にケチな人というのが、おります。
たいそうケチな人が鰻屋の隣に引っ越した。こういう人はケチですから、ご飯のオカズは買いません。食事どきになると、隣で焼く鰻の匂いをオカズにご飯を食べるという、徹底したケチでして。
すると、ある日、隣の鰻屋がやって来た。
「ええ、ごめんください」
「だれだい?」
「ええ、隣の鰻屋で……」
「隣の鰻屋? なんの用だい?」
「ええ、お勘定をいただきにまいりました」
「なに? 鰻の勘定? おい、おかしなことを言うなよ。おれんとこじゃあ鰻なんか食ったおぼえはねえぞ」
「いいえ、めしあがった代金ではございません。鰻の匂いのかぎ賃をいただきに……」
「ええっ? かぎ賃ッ……うーん、やりゃあがったな。……うん、よし、よし。いま払ってやるから待ってろよ」
と、懐中から金を出して、ちゃぶ台の上へチャリン
「さぁ、かぎ賃はきき賃で払うぜ」
なかなか機転が利くんですな。

江戸の時分に、赤螺屋(あかにしや)ケチ兵衛という筋金入りのケチがおりました。
この人はお金持ちで、一人でもって身代を築くほどでしたが、なにせケチ。一日三食のおまんまも一食に済ませたりしておりますので、どうしても病気が多い。とうとう病んで床につきます。
「おとっつあん……おとっつあん」
「う……あぁ……せがれか……どうしたぃ」
「おとっつあん、今たいそううなされてましたけど、どうです? いちどお医者様に見せた方がよろしいんじゃないですか?」
「お前は……どうしてそうものの分からないことを言うんだい? 医者はいけませんよ。医者てぇものはねぇ、ちょいとこちらが弱みを見せると、あそこがいけない、ここが悪いとね、薬代を取ろうってんだよ。お前だってそれくらいのことは分かっているんじゃないか」
「ええ、そりゃまぁ、世辞で言ってみただけなんですがね……でも命には代えられませんから。命なんてものは、大事に使えば生涯もつと言いますから。」
「そりゃあ、まぁ、そうだろうがねぇ。そんなことより、あたしゃもっと気になってならないことがあるんだよ。
おとっつぁんにもしもの事があったら、おまえさん、葬式はどうするつもりだい?まさか盛大に……」
「いえっ、とんでもございません。あたしゃ、どうしたらこれほど地味に出来るだろうってくらい、誰も気づかないくらい地味にやるつもりでいます」
「ああ、そう……そりゃ頼もしいや。ただね、人様に気付かれない葬式じゃお悔やみが集まりません。お悔やみ、お香典というものはそれはそれで大切な実入りだからね、そこのところはうまくやっとくれ……それから、棺桶はどうするつもりだい?」
「棺桶なんて、そんな埋めるだけのものにむだな銭をつかうつもりもありません。八百屋の六さんとこからダンボールを貰い受けまして、これに入れようと思ってますので、多少窮屈かもしれませんがご成仏を」
「ああ、それでこそ成仏できるってもんだ、おとっつぁんの願うところだよ。
そこで、あたしの最後の頼みを聞いてくれ。
いや、なに、他でもない。普通、人が死んだ時には、三途の川の渡し賃として六文銭を頭陀袋に入れることになっているのは知っているな。しかし、もし、あたしに万が一のことがあったとしたら。その時、お前には、六文ではなく、三百両を一緒に埋めて欲しいんだ。」
「いやだなぁ、おとっつぁん、縁起でもありませんよ。お互いに、たった一人の親子じゃありませんか。ですから……なんとか、まかりませんか?」
「まけようとするんじゃないよ、最後まで話をお聞き。実はな、知っての通り、おとっつぁんは一代でこの身代をつくった。それにはずいぶんとアコギなこともやってきてるんだ。悪いことをした人間は、死んだら地獄というところに行くという。それじゃあどうしたって、あたしが死んだら地獄に行くことになるだろう。しかし、だ。『地獄の沙汰も金次第』って言葉もあるって言うじゃないか。金があって困るところじゃなさそうだ。そういうわけで、頼むから、な、三百両、入れておくれ」
「……そうですか……分かりました。ええ。じゃ親孝行だと思って、三百両、入れましょう」
「ああ、ありがとうよ……お前さんがしっかりしてるから、あたしゃ安心だ……じゃ後の事は頼んだよ……」

人間安心すると気が抜けるというんでしょうか、暫くするとこのケチ兵衛さんが亡くなりまして、親類縁者が集まりまして、ひっそりと野辺の送り、という段になります。息子がおとっつぁんとの約束どおり、しぶしぶダンボールに三百両入れようといたしますと、これを見つけた親戚が黙っちゃいません。
「おいおい、おまえねぇ、いったいなんてことをしてるんですよ、えぇ?おとっつぁんと話をして、三百両入れるって約束をした?お前ねぇ、それでもケチ兵衛さんのせがれかい?あの世なんてものはどうせありゃしないんだ。そんなもの全部無駄になりますよ。患って死にかけてるひとのうわ言を本気にして、そんなバチ当たりなことしてちゃいけませんよ。どうしても入れようってんなら、おじさんの知り合いで芝居の小道具番をやっている人がいる。その人に頼んで、似非の小判を作らせるから、それを入れたらいい。」
せがれの方でも、よく考えたら、別に入れたくて入れようってんじゃありませんから、大喜びでございます。この親戚の人が三百両のニセ小判をさっと集めて参りますと、これをケチ兵衛さんといっしょにダンボールに収めまして、無事お弔いが済んでしまいます。

「ん……あぁ、ここはどこだ?なんだこれ、道端の標識は……地獄表?こっちは茶屋か……?メイド喫茶?なんだこれは。」
「あのよー」
「はい?」
「あのよー」
「なんです?」
「だから、教えてやってんのよ。ここはあの世。死んだ人間が来るところよ」
「あぁ、そうですか。じゃああたしはついに……」
「落ち込んでいる場合じゃないよ。これからお前さんは、閻魔大王の裁きを受けなきゃあならない。あっちの三途の川の方へ、歩いて行きな。
「ああ、どうもありがとうございます。やっぱり……あれですが、地獄ってところは恐いところなんですかねぇ。」
「そりゃ、地獄だからな。俺らみたいなすかんぴんの銭無し亡者にとっちゃあ怖いところだ。気の遠くなるような時間報いを受けることもある。生きている間に、もっと蓄えを作っておくんだったと思うよ。」
「蓄え?蓄えがあると、違いますか?」
「違うね。全然違う。地獄の沙汰も金次第というけれど、今や、地獄の沙汰こそ金次第だ。なにせ地獄は今、信じられないほどの借金があってな。火の車ってぇやつよ。ついちゃあ外貨が喉から手が出るほど欲しいんだそうだ。」
「はぁ……娑婆で聞いたのはあたっていたんですな。どうも、ありがとうございました。……へっへっへ、なるほど、ありがたいですな。目の前がパァッと明るくなってきたような心持ちがしますよ。」

ケチ兵衛さん、三途の川を渡りまして、ぼちぼちと地獄へやってまいります。恐るおそる閻魔の館の門をくぐってまいりますと、いきなり正面に閻魔大王、左右に馬頭牛頭(ごずめず)、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、赤鬼、青鬼なんてぇ強面の面々が控えてございます。いきなり正面の閻魔大王が口を開き
「赤螺屋ケチ兵衛というのはその方じゃな。」
「は、はい。」
「おい、ケチ兵衛。お前は何だな、娑婆でずいぶんと悪いことをしてきたな。お前の悪事の数々はすべてこっちはお見通しだ。お前なんざ、本来は無限地獄に突き落としても構わないってくらいの悪党である。覚悟しろっ」
ってぇと、ケチ兵衛さん。持てる限りの力でもって、閻魔様の袖の下に、百両をまるごと入れます。
あまりのその重さで、閻魔様の身体が傾いたとかなんとか。
「うぬ……が、しかし、だ。過程はともかく、結果として一代であの身代を築くというのは立派である。褒めて、つかわす」
「おい、赤鬼。どうしたの、閻ちゃん。急に何だか迫力がねぇぜ」
「ありゃあ袖の下だな。違いない。閻ちゃん、ここんところ地獄の財政難でお小遣い減らされたらしいからよぉ」
「あのー」
「あ、はいはい」
「良かったらお連れの方も、いかがです、これ」
「え?おれも?もらっていいの?ひゃっはー!」
てな具合で、えらい騒ぎでございます。ころっと態度が変わりまして、ケチ兵衛さん。この三百両でもって閻魔様に取り入りまして、口利きで一気に極楽へご優待ということになります。

そんでもって地獄の方ですが、臨時収入が入ったってんで大変な景気、大賑わいでございます。毎晩毎晩、飲めや歌えやの大騒ぎ。もともと、そういう自堕落なことが大好きな人間が集まるところでございますから、大いにはしゃぎます。極楽の人間に、「どっちが極楽か分からない」と言わしめるほどの羽振りの良さだったんだとか。
しかし、当然ではありますが、空前の好景気は極楽の方へも伝わります。極楽の仏さまは「あの自転車操業の地獄がそんなに景気が良くなるはずが無い」と怪しみます。すかさず極楽の検察が捜査に乗り出すことになりました。
金に物を言わせて街角でやりたい放題だった牛頭馬頭を難癖つけてとっちめて、こいつらをキリキリ締め上げますてぇと、実は彼らの持っていた小判がニセ小判であるということが発覚いたします。怒ったのは仏様。
「もともと、こういうことを取り締まるのが地獄の役割。それを見逃すのみならず、自らも手を染めるとは不届き千万。ひっとらえい!」
すかさず、通貨変造罪で閻魔大王を初めとして、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、赤鬼青鬼なんて連中を一網打尽にして、極楽の刑務所にほうり込みました。
それから数百年たちますが、いまだ地獄の役人は投獄されたまま。しかし、近々出てくるような話もございます。

そこで、あたくしから一つ、改めて、この話の題名を申しあげてお別れと相成ります。

……死ぬなら……今。

そろそろ最終稿といたしたいですな。
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都内在住のおじさん。 2児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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