落語『風呂敷』 文字起こし

そろそろ仕上げ。自分のやりたいようにアレンジできるのがアマチュアのいいところよね。

女房:もう兄さん、助けてくださいよ、ねぇ、だって、兄さんねぇ、大変ですよー!

兄貴:また始まりゃがった、え?何かって言いゃぁ「大変だ、大変だ」ってね、分かってるよ、お前さんの「大変」は。夫婦げんかだろ、のべつだ、三日と空けずにやってやらぁ。ったく、勘弁してもらいたいよ、本当に。たまにゃ自分たちで収めちゃどうだい?

女房:それが収まらないから、兄さんのところへ来るんじゃありませんか。もう、ね、今日のはただの夫婦げんかじゃありませんよ。

兄貴:なんだよ、穏やかじゃないねぇ、どうも。え?どうしたんだい?

女房:いえね、今日、うちの人が仲間の寄り合いがあるからって、早くに横浜に出かけたんですよ、はい。「帰りが遅くなるといけないから、お前、先に寝ちまいなよ」って言われたんで、あたしゃ言われたとおり夕方になったらゆーっくりお湯行って、帰ってきてゆーっくりお茶飲んでたら、そこへ新さんが顔見せてね。「兄貴、いるかーいッ?」って、こう言うんですよ。いないけど、そのまま帰すのもなんですから「まぁ、上がんなさいよ」って、新さんをうちへ上げて、お茶飲みながら世間話してたの。そしたらほら、さっきの夕立でしょ。せっかく掃除したのに中へ吹きこまれちゃ嫌だと思うから、急いで表の戸を閉めたんですよ。そうしたら、そこへうちの人が、へべれけに酔っ払って帰ってきたじゃないの~もぅ~あたしゃ驚いちゃって!

兄貴:どうして驚くんだよ・・・てめぇの亭主が帰ってきて驚いてたんじゃ、おまえ、生涯驚いてなきゃなんないよ。

女房:だってさ~、遅い遅いッて言いながら、あんまり早いから、驚くじゃありませんか!

兄貴:そこがお前はおかしいってんだよ。ねぇ?遅い遅いと言いながら、早く帰ってきたら、「あ、今日は早くに仕事が片付いたんだな、ありがたいな」と、こう思いなさい。ねぇ?驚くってのはな、「ちょっと湯へ行ってくるよ」っと手拭い引っ掛けて、ひょぃと出かけたまま三年けぇらないとき、初めて驚いてなくらいのもんだ。

女房:だってさ~、いけないんですよ、うちの中には新さんって人がいるでしょ~、うちの人と来た日にゃ、大変なヤキモチやきですからね。あたしが他の男の人と話をしてるだけで、カーッとのぼせちゃって大変なんですから。
だからね。もし色男の新さんと二人っきりで戸を閉めてお茶を飲んでいたなんてことがわかったらどうなるか。考えるだけでも恐ろしいので、「新さん、まことに恐れ入りますけれど」ってんで、新さんをうちの三尺の押入れン中に隠しちゃって、それからあの人を入れたんですよ。酔っ払ってるし、あの人を寝かしてから新さんを出したって遅くないだろうと思っていたら、あの人が押入れの前にあぐらかいちゃって、わーわー言ってて寝ないんですよ~ 中にいる新さんは生き物ですから、咳もすればくしゃみもするでしょ~。長くはいられないのよぉ。なんとか寝かそうと一生懸命骨ぇ折ったんですけど、どうしても寝ないんですよ。だからもぅ、仕方が無いからネ、「ちょっと待っといで、お酒を買ってくるから」ってんで、あたしゃ飛び出してここにまっすぐ来たってわけです。

兄貴:いや、ま、ま、まぁ、わかったよ……分かったってぇの! ったく。だから、普段から、オレが言ってるだろうが、な? 亭主のことを第一に考えれば、そんな誤解されかねないことなんかしないで済むんだ。どうして先のことまで考えないで行動するかね。まったく。

女房:そんなこと言わないで、お願いします、なんとか

兄貴:分かったよ、こうなりゃ関わりあいだ、なんとか収めてやるから、先に酒買って帰って、何とかつないでな……

女房:え、兄さん、そんなこと言わないで。一緒に帰ってくださいな。

兄貴:いや、ダメだよ、一緒に帰ったんじゃ、野郎にうたぐられるじゃねぇか。だから、いいから、お前が先に帰って、何か言ってな。おれがすぐに行くから。大丈夫だよ、心配すんな……ああ、わかったよ!
ったく、しょうがねぇなぁ、この長屋の連中は……みんなして、おれを宛てにしやがんだからなぁ、弱っちゃったなぁ、どうも……。(チラッ)毎度毎度、みんなここに来ては頭を下げるから、見ろ、そこの畳だけ手形の形に凹んでら。
ふん……仕方ねぇ。今日のところは、この風呂敷でもって、なんとかするしかないか。
……おや、大きな声だなぁ、四五軒前からでもはっきりわかるね。かなり酔ってるよ……まぁ、酔ってる方が、こっちは仕事がしやすいけどなぁ……どういうことになってんだろうねぇ、よいしょ、と……あっ、かみさん、張り倒しやがった、こりゃいけねぇ
おい! ちょっと待ちな!

亭主:ふぅああ~~?? あぁ、うぇ~い、だ、誰かと思ったら、うっへへっ、兄貴じゃねぇか! 上ってくれ、上ってくれぇ!

兄貴:なんだよ、えらくご機嫌だが、かみさん張り倒したりして、穏やかじゃねぇな、どうしたぃ!?

亭主:ど、どうしたじゃねぇよ、おれぁ、今まで、こんなに悔しい思いをしたこたぁねぇよ、聞いてくれぇ。
ここにいる、このカカア!えぇ? おれぁ、こいつが、こんなわけのわからねぇ女だとはツユ知らず、今日ただ今までずっと一緒ンなって来ちまった。まぁ、聞いてくんなさい! いやねぇ、おれぁ、今日、仲間の寄り合いがあって、早くにハマへ出かけたんだ

兄貴:横浜か

亭主:そうですよ、そいでもって、遅くなるといけねぇから「先に寝ちまいなよ」と、おれぁ親切な気持ちで声をかけてから出かけた。ところが、向こう行ったら、用がトントーンっと片付いちゃった。「遅くなるよ」と言った手前だけれども、逆に早く帰ったら久しぶりにカカアと飯でも食えるじゃねぇかってんでネ。付き合いの酒もほどほどにして、帰ぇって来たんだ。そしたらさ、表の戸が閉まってやがんのよ、んでもって、おれがドンドンっと戸を叩くってぇと、こいつがガラッと戸を開けて、人の面ぁ見て、親の仇きに出ッくわしたような面ぁしやがって、「お前さん、もう帰ってきたのかーぃッ!?」と、こう言うんだ。
「なんでぇ、帰ぇってきちゃいけねぇのかい!?」って聞いたら「いけないことはないけど、お前さんは、遅い遅いって言いながら、あんまり早過ぎるじゃないかぁー…あんまり早いから、もうお寝なさい!」と、こう言うんだ。「どうしてそういう分らねぇことを言うんだ、『あんまり遅いからお寝なさい』ってなぁ聞いてことがあるけど、『あんまり早いからお寝なさい』ってなぁ聞いたことがねぇ」っつったら、「いいじゃないかさぁ、お前さん、あたしが寝ようってんだから、寝ようよ」とこう言うんでさぁ。
だからね、「お前の顔は人を寝かせる顔じゃない、寝てるものが飛び起きて駆け出す顔だ」ってこう言ったんです。
でぇぃち、亭主が帰ってきて、いきなり「寝ようよ」なんてなぁ、一緒ンなって一ト月、二月の間だったらいいけども……。あ、兄貴ン前だが、うちのも、かつては、可愛かったんですよ。おれの帰ぇりを待ちかねて、長屋の路地口ン所まで迎えに出てやがって、おれの顔を見るってぇと、ニコーっと笑いやがって、「お前さん、遅かったじゃないかよ~」っていうと、人の手を取るようにして、家んなか引き入れて、戸を閉めるってぇと、「なにしてるんだよ、はやくこっちへおほひでよほうへほへほうぁはは……なんてなぁ! いろんなことがあったよ、その時分は。ところが、お互いの間に苔が生えるほど、ながいこと夫婦をしていてだよ、亭主が帰ってくるなり「早かったわね寝なさい」と、どうしてこんなことになっちまうのかねぇ。
でぇいち、寝ようってぇからには、なり、かたち、がらってぇものがあるじゃない。湯上がりでもって、洗い髪をちょぃと束ねて、薄化粧なんかしてよぉ、長襦袢のところへ伊達巻を胸高にきゅっと締めて、おれのそばへ「くの字」ンなって寄ってきて、「お前さん、もう寝ようよ~」てなこと言われれば、おれぁ「フはぃはぃはぃ~」とすぐ寝ちゃうよ。ところが、頭にアスパラベーコンみたいなもん巻きやがって、アブラムシの背中みたいな顔色で、そいでもって無駄な肉を顔いっぱいに揺らしながら「お前さん、もう寝ようよ!」ったって、こっちは恐ろしくって目ぇあけてんのがやっとだってのに……って、あぁー そういや、兄貴、どしたの!?

兄貴:おれか? おれぁ、今、ちょっと仲間にごたごたがあって、収めての帰ぇりだよ

亭主:ふーーん?どんなごたごただ?

兄貴:どんなごたごたったって、下らねぇ話だよ。

亭主:んなこたいいんですよ。下らなきゃ。それならそれで。おしえてくださいよ。

兄貴:ん……、まぁ、話さねぇほどのものじゃねぇけどな。ま、話のタネに聞いときな。おれの友達に、大変なヤキモチ野郎がいてね、そいつが、なんだか知らねぇが、今朝早くにね、仲間の寄り合いがあるってんで、ちょいと遠くに出かけたってやつだ。

亭主:あぁー、なるほど……似たような話があるもんだ

兄貴:そうなんだよ。出かけるときに、遅くなるといけねぇから、「先に寝ちまいなよ」とかみさんにいって、そいつは出かけた。言われたとおり、かみさんは、湯へ行って、くつろいでるてぇと、そこへ町内の若い衆がやってきた。「兄貴、いるかい?」いないけど、追い返すのもなんだ。「上ってお茶でもお上がんなさいよ」と、家へ入れて、世間話をしてた。そこへ、先ほどの夕立だよ。中へ吹きこまれちゃ嫌だから表の戸を閉める、と、そこへヤキモチやきの亭主野郎がなぁ、へべれけに酔っ払って帰ってきたんだってよ。

亭主:……う~ん、マズイところへ帰ぇってきたじゃねぇか

兄貴:そうなんだよ、仕方ねぇから、かみさんは野郎を三尺の押入れに入れて、亭主を寝かしつけてから出そうと思ったら、こんちくしょうが、また、押入れの前にあぐらかきゃがって、うだうだ言って、寝ねえんだってよ。

亭主:始末に悪りぃ、タチのよくねぇ野郎だねぇ。で、どうしたの?

兄貴:そんでもって、しょうがないからってんで、おかみさんがおれんところに来て、なんとか収めてくださいってぇから、今、いって収めてきた

亭主:へーぇ……そ、それは?押し入れの中に男がいて、その前に亭主が居てあぐらかいてて、それ、どうやって助けたの?だ、だって聞きてぇじゃねぇか。

兄貴:ん、まぁ、そんな難しい話じゃねぇんだ。話のネタになるほどのことじゃねぇんだよ。

亭主:い、いいから教えてよ、な、アニキ。おも、面白そうだ。

兄貴:ん、そうか。まぁ、隠すほどのことじゃねぇから教えるがな。この風呂敷一枚よ。これを、こう、ダーッと広げたと。この一枚でもって、何とかしてきたんだ。

亭主:へーぇ、その風呂敷一枚で?何とかなったの?ど、ど、どういう具合に?

兄貴:ったくしょうがねぇな。この風呂敷をな。ま、仮にお前をその家の亭主だと、しよう。な。んで、その亭主の頭の上にな。風呂敷をたーっとかぶせたんだ。それで、四隅のところを、こう、こういう具合に、結いたんだ。な。見えねぇだろ?見えねぇだろ?そうそう、そいつも見えないってそう言ってた。
で、な、見えないということを確認して、それでおれは押し入れをスーッとあけて中を確認したんだ。すると、なかで色男が中でブルブルふるえてやんのよ。
「でろよ、でろよ。はやくでろってんだ」と、まぁ、こう言ってやったんだ。オレはな。
そしたら色男は、這って何とか出ようとするんだ。
「忘れ物はねぇのか。忘れ物はねぇのかってんだよ。忘れ物が在ると大変だから言ってんじゃねぇか。な、ねぇのか。ねぇならいいよ」
とまぁ、こういう風に言ってやったんだ。そしたら、忘れ物はねぇようだからよ。
「いいよ、下駄なんぞ履いてる場合じゃねぇだろ。いいから、挨拶なんざ。お礼もいらねぇから。早く行けってんだよ。すーっと戸をあけて、そうそうそうそう。ピタッと閉めてけよ。ピタッとな。」
と、相手が扉を閉めたのを確認して、この風呂敷をすっと解いた、と。
まぁ、こういうわけなんだ。

亭主:うめぇことやりますねぇ~~、兄貴。こりゃあ驚いたな。それに兄貴、あんたの話は上手えや。おれはここに居ながらにして、あたかもその男が通っていくような気がしたもの。うーん、兄貴は話が上手だ。寝床の会のメンバーみてぇだ。いやぁ、大した知恵だ。

兄貴:そうかい。まぁ、そういうわけなんだ。

亭主:しかし、その亭主野郎も亭主野郎だ。それくらいのことで隠れてた男を逃されるような、そいつの面が見てぇや。

年内に一度は高座にかけてみたいですな。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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