落語『死ぬなら今』 文字起こし5

久々に演ってみたら、ところどころ修正箇所が。落語もスクラップ・アンド・ビルドですね。

世の中にケチな人というのが、おりますな。こういうのが我々の噺のタネになるわけでして。
たいそうケチな人が鰻屋の隣に引っ越した。こういう人はケチですから、ご飯のオカズは買いません。食事どきになると、隣で焼く鰻の匂いをオカズにご飯を食べるという、徹底したケチでして。
すると、ある日、隣の鰻屋がやって来た。
「ええ、ごめんください」
「だれだい?」
「ええ、隣の鰻屋で……」
「隣の鰻屋? なんの用だい?」
「ええ、お勘定をいただきにまいりました」
「なに? 鰻の勘定? おい、おかしなことを言うなよ。おれんとこじゃあ鰻なんか食ったおぼえはねえぞ」
「いいえ、めしあがった代金ではございません。鰻の匂いのかぎ賃をいただきに……」
「ええっ? かぎ賃ッ……うーん、やりゃあがったな。……うん、よし、よし。いま払ってやるから待ってろよ」
と、懐中から金を出して、ちゃぶ台の上へチャリン。
「さぁ、鰻のかぎ賃、金の聞き賃で払うぜ」
なかなか機転が利くんですな。

また、こんな小話がありまして。
「さだや、さだ吉や」
「へーい、及びでしょうか」
「あぁ、こんなところにな、釘が出ていますよ。これでもって身体や服やなんかを引っ掻いちまうと危ないから、お隣へ行って金槌借りてきな」
「へーい」
「行ってまいりました」
「どうだった」
「駄目でした。」
「駄目ぇ?」
「はい、金槌貸してくださいってったら、何に使うんだってえまして。釘を打つんですったら、木の釘か鉄の釘かってんです。鉄の釘です、ったら、それじゃ鉄と鉄がぶつかって、金槌が減るから、貸すわけにいかないって」
「なにぃ?金槌が減るぅ?ちっ、仕方ねぇなぁ、ケチで。いいよいいよ、借りんな借りんな、そんなシミッタレから借りるこたぁねぇや。うちのを出して使いな」
なんてんで。一枚上手だったりいたしますが。

さて、今日は『死ぬなら今』という一席を申し上げます。なかなか変わった題名の噺ですが、なぜこの題名なのかは終いまで聴いてはじめてわかるという仕組みになっております。ぜひ最後までお付き合いをいただきたいと思います。

江戸の時分に、赤螺屋(あかにしや)ケチ兵衛という筋金入りのケチがおりました。
その徹底したケチぶりは評判でして
「おい、聞いたかよ」
「なあに」
「ケチ兵衛さんのこと」
「あぁ、えらいケチだってぇじゃねぇか。なんでも、針が刺さったって、針を貰ったってぇ喜ぶ人だってな。」
「そうだよ、その後で膿ができたら「肉が増えた」つって喜ぶんだとよ、筋金いりだよ。お、噂をすれば。おい、ケチ兵衛さん」
「はいはい、何が頂けますか」
「もう何か貰う気でいやがる。あいにくね、今出せるのは、大きな屁ぐらいですよ」
「はいはい、大きな屁、頂きましょう」
「ん?参ったね、屁ももらう気でいやがる。それじゃあね、今から大きなのをやりますから。手を出しておいてくださいよ」
「はい、どうぞ」
ってんで。大きなものを手のひらいっぱいに受け止めたケチ兵衛さん。急いでうちにかえって裏の畑でこれを開いて「ただの空気よりマシだろう」なんてんで。

それくらいの了見でしたから、お金は溜まりに溜まりにます。そんでもって出すのは嫌だってんですから、憚りだって行きたがらない。おまんまを一日一食に削って、んでもって出すもの出さないてんですから、それなりに合理的なんでしょうが。
若いうちはよくっても、歳をとったらそうは行きません。
「おとっつあん……おとっつあん」
「う……あぁ……せがれか……どうしたぃ」
「おとっつあん、今たいそううなされてましたけど、どうです? いちどお医者様に見せた方がよろしいんじゃないですか?」
「お前は……どうしてそうものの分からないことを言うんだい? 医者はいけませんよ。医者てぇものはねぇ、ちょいとこちらが弱みを見せると、あそこがいけない、ここが悪いとね、薬代を取ろうってんだよ。お前だってそれくらいのことは分かっているんじゃないか」
「ええ、そりゃまぁ、世辞で言ってみただけなんですがね……でも命には代えられませんから。命を粗末にするなんてもったいないことは、けっしていけません。聞くところによると、命てぇものは、大事に使えば生涯もつと言いますから。」
「そりゃあ、まぁ、そうだろうがねぇ。そんなことより、あたしゃもっと気になってならないことがあるんだよ。例えば……おとっつぁんにもしもの事があったら、おまえさん、葬式はどうするつもりだい?まさか盛大に……」
「いえっ、とんでもございません。あたしゃ、どうしたらこれほど地味に出来るだろうってくらい、誰も気づかないくらい地味にやるつもりでいます」
「ああ、そう……そりゃ頼もしいや。ただね、人様に気付かれない葬式じゃお悔やみが集まりません。お悔やみ、お香典というものはそれはそれで大切な実入りだからね、そこのところはうまくやっとくれ……それから、棺桶はどうするつもりだい?」
「棺桶なんて、そんな埋めるだけのものにむだな銭をつかうつもりもありません。蔵に眠っております菜漬けの樽、これに入れようと思ってますので、多少窮屈かもしれませんがご成仏を」
「ああ、それでこそ成仏できるってもんだ、おとっつぁんの願うところだよ。それじゃあな、あたしの最後の頼みを聞いてくれ。
実はな、普通、人が死んだ時には、三途の川の渡し賃として六文銭を頭陀袋に入れることになっているのは知っているな。しかし、もし、あたしに万が一のことがあったとしたら。その時、お前には、六文ではなく、三百両を一緒に埋めて欲しいんだ。」
「いやだなぁ、おとっつぁん、縁起でもありませんよ。お互いに、たった一人の親子じゃありませんか。ですから……二百両じゃ駄目ですか?」
「まけようとするんじゃないよ、最後まで話をお聞き。実はな、知っての通り、おとっつぁんは一代でこの身代をつくった。それにはずいぶんとアコギなこともやってきてるんだ。悪いことをした人間は、死んだら地獄というところに行くという。それじゃあどうしたって、あたしが死んだら地獄に行くことになるだろう。しかし、だ。『地獄の沙汰も金次第』って言葉もあるって言うじゃないか。金があって困るところじゃなさそうだ。そういうわけで、頼むから、な、三百両、入れておくれ」
「……そうですか……分かりました。ええ。じゃ親孝行だと思って、三百両、入れましょう」
「ああ、ありがとうよ……お前さんがしっかりしてるから、あたしゃ安心だ……じゃ後の事は頼んだよ……」
人間安心すると気が抜けるというんでしょうか、暫くするとこのケチ兵衛さんが亡くなりまして、親類縁者が集まりまして、ひっそりと野辺の送り、という段になります。息子がおとっつぁんとの約束どおり、菜漬けの樽に三百両入れようといたしますと、これを見つけた親戚が黙っちゃいません。
「おいおい、おまえねぇ、いったいなんてことをしてるんですよ、えぇ?おとっつぁんと話をして、三百両入れるって約束をした?お前ねぇ、それでもケチ兵衛さんのせがれかい?あの世なんてものはどうせありゃしないんだ。そんなもの全部無駄になりますよ。患って死にかけてるひとのうわ言を本気にして、そんなバチ当たりなことしてちゃいけませんよ。どうしても入れようってんなら、おじさんの知り合いで芝居の小道具番をやっている人がいてな。この人の芝居をこの間見たんだが、そりゃあ見事なものなんだ。石川五右衛門が屋根裏からお宝をばら撒こうという場面じゃ、あまりに綺麗だから本物の小判を使っているのかと思ったらそうじゃない、それは芝居の小道具の小判だってんだね。あとで触らせて貰ったけど、確かによくできているんだ。ちょっと見ただけじゃ、偽物だとわからないくらい精巧につくってあるんだ。
そこでな、あたしが、その人に頼んで、三百両分、似非の小判を作らせるから、それを入れたらいい。どうだ。」
せがれの方でも、よく考えたら、三百両埋めたいわけではありませんから、おじさんが早速三百両の似非小判をこしらえますと、これをケチ兵衛さんといっしょに菜漬けの樽に収めまして、無事お弔いが済んでしまいます。

そんなこととは知らないケチ兵衛さん。
「ん……あぁ、ここはどこだ?なんだこれ、道端の標識は……地獄表?こっちは茶屋か……?メイド喫茶?なんだこれは。」
「あのよー」
「はい?わ、なんです?ここに三角の頭巾をかぶって」
「あのよー」
「なんです?」
「だから、教えてやってんのよ。ここはあの世。死んだ人間が来るところよ」
「あぁ、そうですか。じゃああたしはついに……」
「落ち込んでいる場合じゃないよ。これからお前さんは、閻魔大王の裁きを受けなきゃあならない。あっちの三途の川の方へ、歩いて行きな。
「ああ、どうもありがとうございます。やっぱり……あれですが、地獄ってところは恐いところなんですかねぇ。」
「そりゃ、地獄だからな。俺らみたいなすかんぴんの銭無し亡者にとっちゃあ怖いところだ。気の遠くなるような時間報いを受けることもある。生きている間に、もっと蓄えを作っておくんだったと思うよ。」
「蓄え?蓄えがあると、違いますか?」
「違うね。全然違う。地獄の沙汰も金次第というけれど、今や、こここそ金次第だ。なにせ地獄は今、信じられないほどの借金とハイパーインフレが重なってな。自国通貨の信用がガタ落ちなんだ。ついちゃあ外貨こそが信頼に値する通貨てぇ状況よ。シャバの通貨なんぞ、一番の信用よ」
「はぁ……娑婆で聞いたのはあたっていたんですな。どうも、ありがとうございました。……へっへっへ、なるほど、あの世も金策で大変なんですな。」
ケチ兵衛さん、三途の川を渡りまして、ぼちぼちと地獄へやってまいります。恐るおそる閻魔の館の門をくぐってまいりますと、いきなり正面に閻魔大王、左右に馬頭牛頭(ごずめず)、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、赤鬼、青鬼なんてぇ強面の面々が扇状にケチ兵衛さんを取り囲みますます。正面の閻魔大王が口を開きまして
「赤螺屋ケチ兵衛というのはその方じゃな。」
「は、はい。」
「おい、ケチ兵衛。お前は何だな、娑婆でずいぶんと悪いことをしてきたな。お前の悪事の数々はすべてこっちはお見通しだ。貴様は無間地獄に落ちてしまえ」
ってぇと、ケチ兵衛さん。「ここだ」と思いますから、持てる限りの力でもって、閻魔様の袖の下に、百両をまるごと入れます。もう片方の袖にも百両をズボ。残りの百両は脇にいた役人にばら撒きます。
すると急にその、忖度が動き出しまして
「うぬ……が、しかし、だ。過程はともかく、結果として一代であの身代を築くというのは立派である。な、皆の者、そうであるな。そうである。褒めて、つかわす」
てな具合で、ころっと態度が変わりまして、ケチ兵衛さん。この三百両でもって閻魔陣営に取り入りまして、忖度で一気に極楽へご優待ということになります。

そんでもって地獄の方ですが、臨時収入が入ったってんで大変な景気、大賑わいでございます。毎晩毎晩、飲めや歌えやの大騒ぎ。もともと、そういう自堕落なことが大好きな人間が集まるところでございますから、大いにはしゃぎます。極楽の人間に、「どっちが極楽か分からない」と言わしめるほどの羽振りの良さだったんだとか。
しかし、当然ではありますが、空前の好景気は極楽の方へも伝わります。極楽の仏さまは「あの自転車操業の地獄がそんなに景気が良くなるはずが無い」と怪しみます。すかさず極楽の検察が捜査に乗り出すことになりました。
金に物を言わせて街角でやりたい放題だった牛頭馬頭を難癖つけてとっちめて、こいつらをキリキリ締め上げますてぇと、実は彼らの持っていた小判がニセ小判であるということが発覚いたします。怒ったのは仏様。
「もともと、こういうことを取り締まるのが地獄の役割。それを見逃すのみならず、自らも手を染めるとは不届き千万。ひっとらえい!」
すかさず、通貨変造罪で閻魔大王を初めとして、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、赤鬼青鬼なんて連中を一網打尽にして、極楽の刑務所にほうり込みました。
それから数百年たちますが、いまだ地獄の役人は投獄されたまま。しかし、近々出てくるような話もございます。
と、ここまでが今日のお話。最後に、あたくしから、改めて、この話の題名を申しあげてお別れと相成ります。
……死ぬなら……今。

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