好きなんだよね、叙述トリック。
*注意! この短編集はすべての短編に叙述トリックが含まれています。騙されないよう、気をつけてお読みください。
本格ミステリ界の旗手が仕掛ける前代未聞の読者への挑戦状!
よく「叙述トリックはアンフェアだ」と言われてしまいます。これが叙述トリックというものの泣きどころです。
では、アンフェアにならずに叙述トリックを書く方法はないのでしょうか?
答えはノーです。最初に「この短編集はすべての話に叙述トリックが入っています」と断る。そうすれば皆、注意して読みますし、後出しではなくなります。
問題は「それで本当に読者を騙せるのか?」という点です。最初に「叙述トリックが入っています」と断ってしまったら、それ自体がすでに大胆なネタバレであり、読者は簡単に真相を見抜いてしまうのではないでしょうか?
そこに挑戦したのが本書です。果たして、この挑戦は無謀なのでしょうか? そうでもないのでしょうか?その答えは、皆様が本書の事件を解き明かせるかどうか、で決まります。(「読者への挑戦状」より一部抜粋)
「これから面白い話をしますよ」と言ってから話し始める、みたいなもんで、タイトルに入っちゃうとすでに面白さが半減してしまうんですけど、それに果敢に挑戦。
ただ、「叙述トリックはアンフェアだ」というのはモノに依るのではないかしら。アクロイドのほうがよほどアンフェアだとは思います。素晴らしい叙述トリックは、読み手に「騙された快感を与えるものだ」とあたくしは思っています。
読者への挑戦状
位置: 49
一般的な読者がしないレベルの努力(地の文に書かれたこともすべて、本当だという論理的確証が得られるまでは「真偽不明」として扱いながら読み進める) を要求し、それをしない読者を騙したところで、それは後出しジャンケン、または「1+1=?」「2」「ブッブー。田んぼの田でしたー」みたいなもんなんじゃないでしょうか。
それは確かにアンフェアですけど、そんな程度の低いモノばかりが叙述トリックではありません。それは、この本が証明してくれる……はず。
ちゃんと流す神様
位置: 520
「……床を掃除する必要まではなかったんじゃないか」
若井が言うと、羽海ちゃんは「ですよね。つい……」とうなだれる。いい子だな、と思った。こんないい子が、どんな事情があって不登校になっているのだろうか。
淵さんが「気を遣わせてごめんねえ」と言って彼女の背中を撫でている。課長たちもうんうんと頷いている。スーツと事務服の大人たちに囲まれて一人、学校のセーラー服姿の羽海ちゃんは、自然と皆の中心になる。
「会社だから全員が非後期高齢者だろう」という暗黙の認識をひっかけにつかったトリック。それにしてもセーラー服というのはどうしてこう、みんな好きなんだろうね。
閉じられた三人と二人
位置: 1,856
唯一困ったことといえば、上映中に別紙さんがいろいろ 喋ることぐらいだろうか。
強盗団と主人公たちの会話が成立しているように読めるから、同じ空間にいるだろう、という暗黙の認識をひっかけに使ったトリック。これが一番おもしろかったかな。
ニッポンを背負うこけし
位置: 3,674
「……つまり、水鳥川亨がHEADHUNTER?」
しかし、逮捕された男性は明らかに別人だった。
鮮花さんも首を振る。「じゃなくて、そう思わせたい団体がHEADHUNTERとつながってたの。で、おそらく『水鳥川亨のいる場所で犯行をしてくれ』って依頼してた」
「つまり……」話が政治的になってきて、ようやく私にも 全貌 が分かった。「……スキャンダル工作、ですか。水鳥川亨を潰すための」
そんなの信じるの、陰謀論界隈だけでしょ、と思ったけど、最近、国民の一割くらいはその人口がいることに衝撃を受けた次第。
位置: 3,679
「ネットでヘイト系デマを流しまくったり、 新大久保 とか 難波 でヘイトデモをやってる『美しい国を取り戻す会』って聞いたことあるでしょ? あのヘイト団体が最近、MOTIONと水鳥川亨を攻撃し始めたんだってさ。反日とか朝鮮のスパイとかレッテル貼って」
ヘイト団体はHEADHUNTERに依頼して、水鳥川亨のいる場所で犯行をしてもらう。それから「水鳥川亨の行動とHEADHUNTERの犯行場所が一致している。水鳥川亨はHEADHUNTERではないか」と 噂 を流す。真偽はどうでもいいのだ。とにかくグレーだという印象を与え、「よくない噂もあるらしいよ」と 囁き続ければ、イメージが大事な運動家には大打撃になる。特に水鳥川亨のように「なんとなく、空気で」支持されている人間なら、「よくない空気」を作り出すだけでかなりの支持者が離れるだろう。
悲しいことに、それが効果的だったりするからね。あたくしには理解できませんが、それで世論が動くと思っていて、実際に世論が動いた例もあったりして。ホモ・サピエンスまじ理解不能。
位置: 3,704
「だからこそ、だってさ。『美しい日本を取り戻す会』は与党議員の何人かと仲良しで、だから調子に乗ってる、っていう面もある。俵田さんからすれば言語道断みたい。昔の与党を知っているからこそ、今の状態を 憂う、っていう人もいるんだね」
私とたいして歳が違わないはずの鮮花さんは、私よりずっと大人っぽく目を細める。
「昔の与党はこんなにひどくはなかった。自由 闊達 に意見をぶつけあい、汚職に対してもある程度の自浄作用が働いていた。ましてデマを流して市民団体を潰そうなんて連中を歓迎するような恥知らずはいなかった……だ、そうだよ」
与党の自浄作用に期待、か。それもまた現実では難しそうだけどね。
それにしてもトリックより背景のほうが面白いミステリってどうなのよ。
位置: 3,931
レッドヘリング
ミステリ用語。ウィキで調べたら「燻製ニシンの虚偽」というらしい。なにそれカッコいい。要するにミスリードを誘うやり方のことなんだけどね。