エッセイ。著者はあたくしの10個上だそうな。大変な世代だ。
偉そうにするなよ。疲れるから
位置: 375
「いつも頭下げてばっかじゃん」
僕はその時に祖父に向かってそう言ってしまったことを、今でも後悔している。祖父はそれでもニコニコ笑いながら、「鼻を上にあげてみろ」と僕に言った。僕は祖父に言われるがまま、鼻の穴が丸見えになるくらい頭をあげた。これが何? という顔で祖父を見ると、祖父は「その体勢、疲れるだろ?」と言って僕に向かって深々と頭を下げてみせた。
「この体勢のほうが楽なんだよ」
予想外のその言葉に、僕は思わず吹き出してしまった。でも次の瞬間、頭を下げる祖父の姿がいつか見たいくつもの光景と重なって、わけの分からない涙が溢れてきた。
「いいか、偉そうにするなよ。疲れるからな」
「分かったよ」
それが、祖父と交わした最後の会話だった。
エモい話だけど、出来過ぎている気もする。別にいいんだけどさ。実るほど頭を垂れる稲穂かな、の精神が大好きなこの国。
男と女は、世界でふたりぼっちだったんじゃないだろうか
位置: 1,208
男はしばらくの間、女の亡き骸と一緒に暮らした。そしてアパートの取り壊しのため、部屋を退去することになった時、女の遺体を置いて行方をくらましてしまう。
無職だったこの男の行いは、死体遺棄事件として、2018年の年末に報道された。その際、女に戸籍がなかったことが注目を集める。事件そのものよりも、男が素性も知らない女を内縁の妻としていたことに世間は驚いた。
興味ありまして、この事件を探しました。
なるほど、確かにロマンチック。行間がすごい。
位置: 1,229
逮捕された無職の男と、遺体を放置された戸籍のない女。傍から見れば、〝不幸な人生〟とレッテルを貼られてしまうかもしれない。でも、ふたりは不幸だったのだろうか。 フルーツジュースを一口飲んで「おいしい」と最期に言った彼女の表情が、穏やかなものだったはずだと思うのは、僕の浅はかな妄想と、身勝手な祈りだ。
実際、どうだったんだろう。でも、あたくしも祈りたい。
今夜は、悪口かエロ話だけにしましょう
位置: 1,282
「だってこの世界は飲み放題と一緒っすよ」
「飲み放題?」
「そうです。時間制の飲み放題。僕も先輩も必ず死にます。死ぬまで好き勝手やりましょうよ! この世界は、いつかは終わる飲み放題なんですから!」
満面の笑みでそう答えると、彼はまた僕の両肩をガシッとつかんで言った。
「今夜は、悪口かエロ話だけにしましょう」
悪口もエロ話も、どちらもどこにも着かないし何も解決しないからね。悪口って大事だなーとつくづく最近思うよ。言われる側にとっちゃ堪らないけど。