人間は「ちょっと前」に憧れを抱く生き物なんだろうか。
江戸の「シャーロック」半七親分から逃れる術なし。彼は江戸時代における隠れたシャアロック・ホームズであった──。雪達磨の中から発見された死体。通行人を無差別に殺し続ける“槍突き”。江戸の難事件に立ち向かうは、神田三河町に居を構える岡っ引・半七。殺人、怪異、怪談。彼の推理はすべての不可思議に真実の光を当てる。今なお古びない捕物帳の嚆矢にして、和製探偵小説の幕開け。全六十九編の中から宮部みゆきが選んだ傑作集。
岡本綺堂氏自身が明治5年の生まれなので、江戸時代はすでに終わっていたわけです。おそらく「江戸は良かった」的な話を聞かされていたんじゃないかな。どことなく江戸への望郷というか、喪失感というか、そういうものを感じるんですよね。
江戸のシャーロック、というのはいいフレーズじゃないですか。それを岡っ引きにやらせる、というのがなんとも日本的。
お文の魂
位置: 505
売卜 者
ばいぼくしゃ、占い師ですね。落語『井戸の茶碗』に「ばいぼく」を「梅毒」と聞き違うクスグリがありますが、あれって字で書くとこうなるのね。
位置: 529
また一面から見れば、頗る悲惨な境遇に置かれていた。
こういう余儀ない事情はかれらを駆って 放縦 懶惰 の高等遊民たらしめるよりほかはなかった。かれ
ほうしょうらんだ、と読むそうな。しらなんだなー。
たらしめるよりほかはなかった、という表現もまた、なんとも言えず古風で味わい良し。
筆屋の娘
位置: 1,444
妹娘はその後に 洋妾 になった
らしゃめん、と読む。綿羊のことで、日本においてもっぱら外国人を相手に取っていた遊女、あるいは外国人の妾となった女性のことを指す蔑称、だそうです。
位置: 1,445
舐め筆ではやり出した店が舐め筆でつぶれたのも、なにかの因縁でしょう」
老人の予言通り、帰る頃には雨となった。
終わり方の後味よ。とても含みの多い、いい味わい。
解説 末國善己
位置: 3,435
博文館発行の雑誌「 文 藝 俱 楽部」の一九一七年一月号に、 歌舞伎 の作者として有名だった岡本綺堂 が、「お文の魂」を発表しました。この「お文の魂」こそ、一九三七年まで計六十九編(半七の養父・吉五郎が活躍する「白蝶怪」を番外編ととらえ、六十八編とする解釈もあります) が書き継がれた『半七捕物帳』の第一話であり、探偵小説と時代小説を融合した捕物帳というジャンルの発端となった記念すべき作品なのです。
捕物帳の伝統は、野村胡堂『銭形平次捕物控』、横溝正史『人形佐七捕物帳』、池波正太郎『鬼平犯科帳』、平岩弓枝『御宿かわせみ』などによって受け継がれ、誕生から百年以上が経った現在も高い人気を誇っています。その中でも『半七捕物帳』は、捕物帳の原点にして最高傑作とされ多くの作家の目標になっています。
探偵小説と時代小説、という組み合わせ。なんとも親しみやすいと思っていたけど、シャーロック・ホームズやクリスティの作品なんかも、すべて今読めば時代小説だものね。
当時は当世風に書かれたとしても、時が進めば時代小説風になるの、面白い現象だね。『なんとなくクリスタル』なんかも、今読むと当時の世俗で「古っ」ってなるもんね。当時は最先端だったんだろうけど。
位置: 3,453
宮部みゆきも、北村薫との共編著『読んで、「半七」!』の「解説対談」で、「私は時代ものを書くときは、仕事にかかる前に必ず『半七』を読むんです」と発言しています。
こういう宮部さんの性格、とても好感持ってる。種明かしをしたうえで、平然とそれを上回るものを提供するの、控えめに言っても超かっこいい。