ターゲット層がどこなのか、よくわからなくなったりしました。途中で断念。
江戸時代の初期から、各藩で発生したさまざまな「お家騒動」。原因となったのは、金銭をめぐる対立や父子の不和、家臣による派閥争いなど、現代に通じるものばかりだった。島津、伊達、黒田、加賀、秋田、越前といった各騒動の真相を、説得力あふれる筆致で描き出す。武士の本質に迫る、海音寺史伝文学の真骨頂。
とりあえず島津の有名な「お由羅騒動」を。あらすじは講談で知っているから、読みやすいかと思ったけど、結構しんどかったですね。あんまり細かい前提を共有していないと読みづらいかも。
あと、誰が何を語った文言かが分かり辛い。オタクの熱弁という感じ。
位置: 315
斉彬は 稀世 の名君であったし、当主になってからの施政ぶりも立派であったし、彼によって薩藩は維新運動の中心勢力となるきっかけがつけられたし、それが成功して藩の名声が上ったし、藩出身者が多数栄達したしするので、最初から藩内のほとんど全部が斉彬を敬慕し、その 襲 封 を望んでいたように考えられており、伝えられてもいるが、本当はそうではなかったと考えるのが合理的であろう。
斉彬の敵対勢力は思っていたより多かった、ということだね。そりゃそうだ。弟の久光も立派な殿様だったってんだからね。あとは思想の違いかな。
親子で思想が違って、それで対立するの、仕方がないことだけどなんだか悲しいよね。血がイデオロギーで分断されるの、見ちゃいられない。
位置: 344
久光はまた賢明な生まれつきでもあった。その上、薩摩のような片田舎で育ったためか、生来の性質のためか、その趣味や思想は保守的であった。学問の好みも、旧来の儒学と国学で、洋学はきらいであった。彼の保守的な性格や思想や趣味は年をとるにつれて最も頑固となり、西郷や大久保をこまらせ、明治政府も閉口することになるのだが、若い頃の保守好みは、父の斉興や、老臣や、大多数の藩士らには着実で好もしい人がらと思われた。
その「好ましく」思われたのが久光にとって成功体験だったのかもしれない。成功体験は人間には必要だが、それが歴史にそぐうかどうかは本当に分からないよね。関係ないけどこの「そぐう」って変換で出てこないのはなんでだろ。副う、と書くと思うんだけどな。
かなり細かく書かれた、歴史小説。かなり史実に近い気はするけど、とはいえフィクションとして楽しむべき。それにしてもこのレベルの歴史小説が楽しめる人ってかなり歴史が好きな人だろうな。
