独り言文学というジャンルがあるのか知らないけど、そういう表現がしっくり来ます。これは日記文学ではないでしょう。
有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は砂嵐のなかへと姿を消した。ところが――。奇跡的にマークは生きていた!? 不毛の惑星に一人残された彼は限られた食料・物資、自らの技術・知識を駆使して生き延びていく。映画「オデッセイ」原作。
この邦題「オデッセイ」ってのは分かりづらくて全然駄目。
ホメロスの「オデュッセイア」と混合しやすいし、まったくセンスを感じません。誰だ、こんなのつけたの。誰も得しない。
一人火星に取り残された、という点と、そこから四苦八苦して地球に戻ろうとする試行錯誤が本作の読み応えポイント。全く化学のことが分からないなりに、楽しく読めました。ワトニーのキャラクターのおかげもありますね。良いキャラクターを作ったもんだ。
上
位置: 153
もし酸素供給器が壊れたら窒息死。水再生器が壊れたら渇きで死ぬ。ハブに穴があいたら爆死するようなもの。そういう事態にならないとしても、いつかは食料が尽きて餓死する。
ああ、まったく。最悪だ。
間違いなく最悪なんだけど、最悪っぽさをあんまり悲壮にしないのがワトニーのキャラクター。これが読んでいる側に変なおかしみを与えてくれるのよね。
位置: 622
マルティネスは敬虔なキリスト教徒だ。それは知っていた。知らなかったのは、彼が小さな木の十字架をもってきていたことだ。NASAはケチをつけたにちがいないが、マルティネスが頑固なのもまちがいのない事実だ。 彼の神聖なる宗教用具を、ぼくはペンチとドライバーで削って長めの 木っ端 をつくった。もし神さまがいるとしても、いまのぼくの状況を考えれば、これくらい気にしないと思う。
もしこのたったひとつの宗教的アイコンをだいなしにしてしまったことで火星のヴァンパイアにたいして無防備になってしまうとしても、それくらいのリスクは覚悟しないと。
火星で火を燃やすために、十字架を削って着火剤を作る。この「笑っちゃいけないけど可笑しい」感じがいいよね。火星のヴァンパイヤに対して無防備、ってのも古くっていい。
位置: 2,488
「太陽電池アレイのケーブルを張り綱に使うんです」ハーハー荒く息をついてからワトニーはつづけた。「ローバーをアンカーにすればいい。むずかしいのはケーブルを──」
なにかが飛んできてワトニーに当たり、ワトニーを風のなかへかっさらっていった。
「ワトニー!」ヨハンセンが叫んだ。
「どうしたの?」ルイスが問いかけた。
「なにかが当たったんです!」ヨハンセンは報告した。
「ワトニー、報告を」ルイスが呼びかけた。
返事はない。
「ワトニー、報告を」ルイスがくりかえす。
またしても、返ってきたのは沈黙だった。
ここね、遭難シーン。緊迫感が押し寄せるよね。短文で畳み込むことで臨場感が出ています。すばら。
位置: 2,794
水再生器をめぐるNASAとのやりとりは退屈だし、なぞめいた技術的な細かい話ばかりだ。そこでみなさんのために、わかりやすくいいかえてみます──
ぼく:「どう考えても、詰まりだ。分解して、なかのチューブを調べてみようか?」
NASA:(五時間におよぶ熟慮の末)「だめだ。マシンが壊れて、きみは死ぬ」
というわけで、分解してみた。
ああ、わかっている。NASAには超頭のいい人間が山ほどいるのだから、いわれたとおりにすべきだ。それに、かれらがぼくの命を救うために一日中働いてくれていることを考えたら、ぼくは敵対的になりすぎている。
ただ、いまは尻の拭き方を指示されるのがほとほといやになっているのだ。
こういう、理屈をぶっ飛ばすところも楽しいよね。読んでいて飽きさせない。アンディ、やるね。
位置: 2,813
NASAに報告したときの、ぼくらの(わかりやすくいいかえた)やりとり──
ぼく:「分解して、問題が見つかったので直した」
NASA:「うぬぼれるなよ」
NASAの人の心労が伺えます。主人公の性格のつくりが、難解になりうるSFに親近感をもたせています。演出、素晴らしい。
下
位置: 1,358
きょうもジャガイモでスタートした。ジャガイモは火星コーヒーで飲みくだした。火星コーヒーというのは、”お湯にカフェインの錠剤を溶かしたもの”にぼくがつけた名前だ。ほんもののコーヒーは何カ月も前に底をついている。
はは、こういうの面白い。そして何度もあるんだよね。パイレーツニンジャだっけ?最高だよな。こういう独自の用語の発展、閉じたサークルだとありがち。こういうのが登場人物に奥行きをもたせるんだろうな。
位置: 3,262
めっちゃクールだろ?
とにもかくにも、肋骨はズキズキするし、加速度病でまだものがぼやけて見えるし、腹ペコだし、地球にもどるまであと二一一日かかるし、どうやらぼくは汗がしみたソックスにスカンクがクソをひっかけたみたいな臭いがするらしいし。
きょうは人生最良の日だ。
そして爽やかなエンド。
