ロバート・A・ハインライン著『夏への扉』感想 確かに猫小説やで……

一流のSF兼猫小説、と聞いて。
看板に偽りはありませんでした。

ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から2番目に大切な発明までだましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ! そんな時、〈冷凍睡眠保険〉のネオンサインにひきよせられて……永遠の名作。

かなりご都合主義的で、好み。
ハッピーエンドですしね。ハラハラもするし。映画でいうとバック・トゥー・ザ・フューチャー的な面白さ、でしょう。もちろん、BTFが色々と影響されたんでしょうが。

なんたって発表されたのが1956年。うちの親と同じくらい。
それでいてこの新しさたるや。
1956年からみた「1970年感」や「2000年感」も楽しみの一つ。

また言い回しがいいよね。古臭くって。

位置: 201
だから、ダニイ・ボーイ、やっぱりそんなことは忘れてしまったほうがいい。おまえさんの人生が酢漬けのキュウリよろしく酸っぱくなったのには同情するが、だからといって、その 我 儘 無類の猫の面倒をみる義務がなくなったということにはならないよ。

たまんねーすな。この言い回し。

位置: 589
種を明かせばこの怪物の正体は、真空掃除器の改良型で、ぼくらはこれを、ふつうの吸引式の真空掃除器とあまりちがわない値段で市販しようと計画していたのである。   文化女中器 は(もちろん、これはのちにぼくが改良を加え完成したセミ・ロボット型でなく、市販第一号時代のである)どんな床でも、二十四時間、人間の手をわずらわせずに掃除する能力を持っていた。そしておよそ世の中には、掃除しなくてよい床など、あるはずがないのだ。   文化女中器 は、一種の記憶装置の働きで、時に応じてあるいは掃き、あるいは拭き、あるいは真空掃除器とおなじように 塵埃 を吸収し、場合によっては磨くこともする。

これ、今で言うところのルンバでありますな。ルンバの登場を予見し、ある程度の構造を予想して文字化していたところにハインラインの面白いところがあります。

位置: 3,402
チャックはぼくの問に答えずに、ウェイターを呼んで、電話帳を持ってこいと命じた。ぼくはいきりたった。 「なにをする気なんだ、チャック。ぼくを精神病院へ送ろうってのか?」 「うんにゃ、まだだね」彼はウェイターの持ってきた分厚な電話帳をしばらく繰っていたが、やがて指を止めるといった。

見逃しがちだけど、こういうのが面白い。
未来にまだ、電話帳があると思っているところ。今でもあるにはあるんだろうけど、もはやそういう時代じゃない。

ハインラインも電話帳が当たり前にある時代じゃなくなるとは、気づかなかったんだろうね。家事労働なんかは機械がやるようになる予想は出来ても。

位置: 4,329
それから、一度などは、風邪を引きこんでしまった。忘れ去って久しいこの過去の亡霊にとりつかれたのは、ぼくが、服というものは雨にあえば濡れるものだという事実を完全に失念していたことが原因だった。そのほか、料理がすぐ冷めてしまう皿、洗濯に出さなければならないシャツ、使おうとするときには必ず蒸気で曇ってしまっている浴室の鏡、舗装されていないため、靴──だけでなく肺の中まで埃だらけになる泥道、数え立てればかぎりない。とにかく、清潔で完全な二十一世紀の生活に馴れたぼくには、一九七〇年の世界は果てしない不便と面倒との連続だった。

翻訳文体の何が気持ちいいって、長文で列挙の箇所のリズミカルなところ。張り扇の音でも聞こえてきそうな気持ちよさ。いいよね。

小説が、主人公が最低最悪の状況から始まるのも面白い。読んでいくうちにどんどんダニィに同情してくる。半分くらいまで読んだら完全に贔屓。判官びいき。

位置: 4,671
「ダニイおじさん! ほんとに嬉しいわ、来てくれて」  ぼくは、リッキイにキスはしなかった。身体に手をふれもしなかった。ぼくは、子供を、やたらといじりたがるほうではなかったし、リッキイも、ふれられるのが決して好きな子供ではなかった。ぼくらの友情は、リッキイの六つのときから、こうしたおたがいの個性と尊厳とを認め合うデリカシイの上に 培われていたのである。

この妙な大人びた関係、微笑ましいね。このあたりから、なんとなく、終わりが見え始める。ハッピーエンドに向かって少しずつ動いていく。その感覚が楽しい。

位置: 4,855
「ねえ、ダニイおじさん?」 「なんだね、リッキイ?」  リッキイは顔もあげずにいった。低い声で、ほとんど聞きとれないほどだった。だがぼくには聞こえた──彼女はこういったのだ。「もしあたしがそうしたら──そうしたら、あたしをお嫁さんにしてくれる?」  耳に 轟々と耳鳴りがし、目に 煌々 と光が明滅した。ぼくは必死の思いで答えていた。彼女のそれよりは判然と、力強く、「もちろんだとも、リッキイ。それこそ、ぼくの望みなんだ。だから、ぼくはこんな苦労をしてきたんだよ」

いいよね。35にもなってプロポーズで涙するようじゃ、まだまだ青いけどさ。それでもいいシーンだ。

|位置: 5,049
だが、リッキイは、つまらぬことにいつまでもかかずらう性質の人間ではない。ぼくがうんざりした様子を見ると、彼女は優しく声をかけた。「ここへいらっしゃい、あなた」彼女はぼくの残り少ない毛髪に指を通して 梳くようにしながら、そっとキスした。「あなたは一人でたくさんよ。二人もあなたがいたんでは、あたしには愛しきれないわ。ひとつだけ、お答えして──あなた、あたしが大人になるのを待っているあいだ、楽しかった?」 「楽しかったとも、リッキイ!」  だが、よく考えてみると、ぼくのこの説明も、現実に起こったことのすべてを説明していないのだ。

エンディングとして、これ以上爽やかなものはないでしょう。
感動的。

By 写楽斎ジョニー

都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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