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日本の怪談はこうじゃなくっちゃ。
妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。ここでは望むものが何でも手に入る。小学生の時に夜市に迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買った。野球部のヒーローとして成長した裕司だったが、弟を売ったことに罪悪感を抱き続けてきた。そして今夜、弟を買い戻すため、裕司は再び夜市を訪れた――。奇跡的な美しさに満ちた感動のエンディング! 魂を揺さぶる、日本ホラー小説大賞受賞作。
絶妙な味付けの怪談。あたくしの好きなやつで、大満足。恐怖と外連味と面白さの調合が絶妙でした。
夜市
位置: 205
「無理よ。どこから来たのか知らないけれど、あなたは夜市の仕組みをわかっていない。ここに迷い込んだら、買い物をするまで出ることはできないの」
「誰が決めたんです?」
「そういう仕組みなのよ。誰かが決めたのではなくて、そういう風になっているの」
村上春樹か!ってツッコむよね。
位置: 270
「野球選手の器は、とにかくぼくが野球選手の器と名づけたその形のない商品は、 人攫いが売りに出していた。なぜ、人攫いとわかるかというと、どこからどう見ても人攫いだったからだ。彼はぼくにいった。〈坊や、お金がないなら、その連れている子で代わりに支払ってもいいんだぜ。そうすればすぐにここから出られるし、問題は何もなくなる〉ぼくは本当にどうかしていた。でも、どうにもできない状況だった。品物を買わなければならない。そうしなくては出られない。
「なぜかというとどこからどうみてもそうだったからだ」という村上春樹手法。外連味だよなぁ。そして背筋が凍る提案。これこれ、このブレンド。
位置: 359
「逃げださなければプロ野球選手になれたんじゃない?」
「たぶん無理だったろう。あるいはなれたかもしれないけれど、一流の選手にはなれなかったと思う。ぼくが得た、野球選手の器は、野球が下手くそなぼくの野球に対する能力を高める、そういうものだった。誰にも負けない一流の能力を約束してくれるものではなかった。甲子園ですら、ぼくよりも能力のある選手は何人もいた。他でもない自分のことだからわかるよ。
弟を売っても、そのくらいにしかならない。残酷だよ。
位置: 378
「明るくならないの? 最悪だわ」
いずみは泣きだした。
裕司は目を伏せて、じっと黙っていた。いずみは考える。
才能が買えるなら自分なら何を買うだろうか。何を買っても同じなのかもしれない。
最悪だ、と泣きながら、次の瞬間「自分ならなにを買うか」を考える。人間ぽい。
位置: 425
歩きながら老紳士がいった。
「売るとか売られるとかの話だが、売られる方がそれを受け入れなければありえん話だよ。犬や猫ではないのだから」
と、いうことは、かつて弟はそれを受け入れた、ということだ。面白い設定。
位置: 491
「はい。残念ながら。夜市では詐欺もありえるのですか?」
「うん。詐欺は夜市においては罪だからめったにはないと思う。だが、ありえるな」
夜市自体に意思がある、というのも面白いよね。
位置: 557
「理解してくれ。それに……気がついてた? このままなら君はここからは出られないんだ。お金をたいして持ってきていない君が夜市から出るには、ぼくを売るしか、この方法しかないんだよ。君がぼくの弟を買えば、君は取引をしたことになる」
「私は、嫌よ」
いずみは答えながらひどく動揺した。
震えるね。自らの命と引換えに弟を生き返らせるつもりだったんだ。他人を巻き込んでの捨て身の特攻。いずみにとっちゃ災難すぎる。
位置: 566
「もちろんさ。ぼくはひどい男なんだよ。君がどれほど善人ぶろうとも、ぼくを変えることはできない。二つに一つだ。ぼくを売ってあの子を買い、ここから出るか、一人ここに残るかだ。君がいいというのなら、代わりに君を売ったっていい。それでも弟は戻ってくるだろう。変な良心を出すのはやめてくれ」
「ずるい、嫌よ、あなたを売ってわけのわからない子供なんか買いたくない!」
いずみの両目に涙が 滲んだ。たぶん、彼は最初からこのつもりだったのだ。アパートで、お金はある? ときいたときから。
絶望するなー。たまんない。「お金ある?」がこんな形で生きてくるとは。
位置: 893
男が出口を通り抜けようとしたその瞬間、男の右手を握っていた感触がするりと消えた。
入れ代わりに手に何かを握らされ、背中を押された。果てしなく遠い最後の声は、
(あなたの幸運を祈る)
キレイなラストではあるが、何とも言えぬ読後感である。
風の古道
位置: 995
カズキは私のクラスメートで親友だった。球技をやらせると手に負えないぐらい下手という点で、彼は私と共通していた。休み時間にサッカーや野球をする話が出ると、私とカズキはクラスメートの輪から外れ、自然に二人で遊ぶようになった。
後ろ向きな友情。
位置: 1,189
話をしている間に、夜を旅する異形のものたちがテーブルの前を通り過ぎた。やたらに頭が大きい真っ赤な顔色の男が、 下顎 から 牙 の生えた毛長牛をひいている。
「あんまり見るんじゃないぞ」青年が声を潜めて注意した。「からまれたらどうするんだ」
提灯 をぶら下げた 骸骨 の一団も通った。骸骨の一団はぼろぼろの着物を身につけて、茶店には目もくれずに通り過ぎた。彼らには彼らの旅路があり、どこから来てどこにいくのかは青年も知らなかった。
百鬼夜行感。ちょっと楽しくなっちゃうよね。
位置: 1,574
さあ、どうするか。
地名を調べて、電車に乗って家に帰ればいい。レンも、口にだす機会は逸したようだが、そのつもりで私を送りだしたのだ。これは確信できる。ハンバーガーを買ってこさせるためじゃない。
私が一緒にいても足手まといになるだけだし、私などおまけのようなもの。 カズキだってここで私が帰ったからといって責めはしないだろう。彼はもう死んでいるのだ。私がファストフードの袋、新しい運動靴その他の紙袋を抱えて、ビルの隙間の十字路に戻ってきた時、レンは驚いて目を丸くしていた。
そりゃそうだ。主人公もよほどカズキに責任を感じていたのか。それとも、ちょっと楽しかったのか。
位置: 1,772
「子供だからだよ。〈 綻び〉の微妙な空気の流れと外界の匂いを、本能的に 嗅ぎ取ったんだろう」
「つのつくうちは神の子」という言葉もありますからね。
位置: 1,973
翌朝、まだ暗いうちに出発した。土にも草にも、全てに夏が染み込んでいるような八月の朝の気配があたりに満ちていた。
道は深い森に入った。植物でできたとても長いトンネルだった。枝や 蔦 が幾重にもなってアーチ状の 天蓋 を作っている。
夏の強い日差しもそこでは遮られ、 斑 の影を落としている。薄暗くも心地よい道だった。
道はところどころで分岐していた。入ることはなかったが、なかには地面に開いた暗い穴に下りていくような道もあった。 苔むした大樹の根に開いた穴からは、冷気が漂っていた。
死者の国へ続く道かもしれない。
植物のトンネルの道は 二股 に分かれ、交差点になり、登っていくかと思えば下っていった。レンは分岐が現れる度に足を止めて、慎重な顔つきでノートを眺めた。
なにげに、シンプルな描写がリズミカルなんですよね。描写しすぎない気持ちよさがある。「全てに夏が染み込んでいるような8月の朝の気配」なんて、読んでいて香ってくるようだ。
位置: 2,012
「金ならあるんだ。だが……」
「だが?」僧侶はため息をついた。「他の二つがない。そうですね。気付いておられるとは思うが、方法は一つ。この子がカズキ君の身代わりになり、レン、あなたが育てればいい」
レンが何かいおうと口を開いた。が、彼の口から言葉はでてこなかった。
僧侶の表情が厳しくなった。
「それはできませんか」
長い沈黙がおりた。
僧侶が静かにいった。
「いかなる奇跡を用いようとも、生を得るとはそういうことではないのですか? そのはじまりから終りまで、覚悟と犠牲を必要とする。さあ、お引き取り願おう」
私はぼんやりと畳に手をついた。
僧侶は腰をあげた。
簡単にはいかない。
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