世間で言われているほど心が揺さぶられなかった。
もう若くないということかな。恋愛に悩んでいないからかな。
婚約者・坂庭真実が忽然と姿を消した。
その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる。
生きていく痛みと苦しさ。その先にあるはずの幸せ──。
2018年本屋大賞『かがみの孤城』の著者が贈る、圧倒的な”恋愛”小説。「人を好きになるってなんなんだろう」
「読み終わったあと、胸に迫るものがあった」
「生きていく中でのあらゆる悩みに答えてくれるような物語」「この小説で時に自分を見失い、葛藤しながら、何かを選び取ろうとする真実と架と共に私たちもまた、地続きの自由へと一歩を踏み出すのだ」
――鳥飼茜さん(漫画家)絶賛の声、続々。
絶賛、の人の気持はあんまり分からないんですよね。
あたくしはどちらかというと「きれいな顔しているけどコミュ力ゼロ」の歯科助手に同情してしまう。そっちの「弱者男性」のほうに肩入れする。結局誰にも相手にされない人間のことを考えてしまうと、「でも相手がいるじゃん」という気持ちになる。
自分より恵まれている相手に、同情はしない。
位置: 977
「じゃあさ、今、何パーセントくらい結婚したいの? 架」
「え?」
「あの子と結婚したい気持ち、今、何パーセント?」
「──七十パーセントくらいかな」
架がそう答えた瞬間だった。美奈子の顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。「ひどいなぁ」と彼女が言った。
「ひどい?」
「今私、パーセントで聞いたけど、それはそのまま、架が真実ちゃんにつけた点数そのものだよ。架にとって、あの子は七十点の彼女だって、そう言ったのと同じだよ」
鋭い指摘だな。なかなか踏ん切りをつけられない人間に「じゃあ長澤まさみ(竹内涼真)に求婚されたら?」と聞くと、結構な割合で「なら即断する」と答える、という話を聞いたことがあります。
仕方がない、真実ちゃんは70点の女性なんだもの、と思う。
位置: 1,457
「皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです。傷つきたくない、変わりたくない。──高望みするわけじゃなくて、ただ、ささやかな幸せが摑みたいだけなのに、なぜ、と。親に言われるがまま婚活したのであっても、恋愛の好みだけは従順になれない。真実さんもそうだったのではないかしら」
これも鋭いなぁ。「自己評価は低いが自己愛は高い」、これは割と多いんじゃないかしら。あたくしもそのきらいがある。
位置: 1,477
「現代の日本は、目に見える身分差別はもうないですけれど、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎていて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、〝自分がない〟ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なのだと思います」
言い換えれば「自己評価と自己愛」ということかと。本著のテーマなんじゃないかな。これはズシンと胸に来る。
位置: 1,502
「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」
吸いこんだ息を、そのまま止めた。小野里を見る。彼女が続けた。
「値段、という言い方が悪ければ、点数と言い換えてもいいかもしれません。その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、〝ピンとこない〟と言います。──私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない」
架は言葉もなく小野里を見ていた。
「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自分につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」
自己評価額、というけど、この場合は「自己愛の価格」だよね。自己評価は低いんだ。ただ、「自己愛の価格」なんて言葉はないから、そういってしまうだけで。
残酷だな、と思う一方で、それくらい「相方」というのは大事だものね。慎重になる気持ちは分かる。
位置: 1,518
「こちらでご紹介したお相手のどちらともうまくいかなかった真実さんが、ご自分に見合うと判断したお相手がどのような方なのか。──真実さんが、ご自分につけていらした値段がいかほどのものだったのか。西澤さんには、ぜひ、お会いしてみたかったの」
恐ろしい話だ。まさに値踏みする目。しかし、実際は誰もがやっているでしょう。西澤さんは一目で高価値であることが分かる。だから、鼻高々だったんでしょうね。
位置: 1,811
「昔は香和女子を出た子は、お嫁さん候補ナンバーワンだなんて言われてたんだよ。中学からそこに通ってる子は〝純金〟。高校からの子は〝 18 金〟。大学からの子は〝メッキ〟って呼ばれて」 「ええーっ!」
そういう時代があるんだろうね。県から一歩出たら何の価値もないのに。そういうことって悲しいことにある。あたくしも、昔とった杵柄を大事にしていたりする。それほど価値なんてないのにね。
位置: 1,816
希実が苦笑する。「自分の物語が強いの」と。
「人からしてみたら、そんなことどうだっていいのに、自分の物語をよく見せるためにどんどん話に尾ひれがついていくの。公立の志望校に入れなかったから選んだ学校だったはずなのに、最初から香和に行かせるつもりだった、本当は中学から通うつもりだったけど、小学校からのお友達と離すのがかわいそうだったから高校からになったんだってなっていく」
みんな、自分の物語によって自らを慰めているんだよ、言わせるな。
位置: 1,945
「お見合いするところまでは親の言う通りにできても、恋愛の好みだけは譲れなかったってことなんだろうなぁ。自分で決められないけど、趣味だけは贅沢って、世の婚活がうまくいかない根本的な原因なのかもね。
それが「自己愛の価格」だよ。趣味、というとニュアンスがちょっとブレると思う。あくまで自分への値付けの問題。
位置: 1,958
みんな、自分のパラメーターの中のいい部分でしか勝負しないんだよ。自分の方が収入が低くても、外見が悪くても、相手より勝ってる部分にしか目が向かない。傲慢だけど、人ってそういうものじゃない?」
ま、そういう面はあるよね。誰だって自分の最高到達点で評価されたがるし、だからこそ「たられば」が流行る。自己愛の強さゆえの依怙贔屓。
位置: 1,976
「まずフリーのデザイナーっていう時点でアウェイだったよ。大丈夫なのか、大丈夫なのかって何度も聞かれて本当にうんざり。親たちも、何を心配してるのかはっきりわかってなかったと思う。ただもう、自分の決めたことじゃないからっていう一点だけで闇雲に心配なんだよね。娘のことを信じてないの」
親としては気持ちはわからなくはないけどね。ただ、ここまで皮肉に書かれると言い返せない。うちの妻の実家もそんな感じだったろうなぁ。あたくしの仕事が安定した職業なので、あたくしが切られることはなかったけど。
位置: 1,982
「信じたことがないから」と。
「自分の目に見える範囲で、娘のことは全部自分たちで決めてきたから、本人にまかせたことがないの。自分たちの常識にないことをされると不安になるんでしょう。
子離れ・親離れ、だよな。やっぱりある程度の年齢になるまで、失敗させないといけないね。
位置: 2,031
「箱入り娘って言葉があるけど、真実の場合もそうだったのかもね。うちは、そんなたいそうな家じゃないけど。だけど、真面目でいい子の価値観は家で教えられても、生きてくために必要な悪意や打算の方は誰も教えてくれない」
そういうのは教える必要がないからだよ。自分で学ぶものだから。それが出来ない人が「真面目で良い子」の価値観の枠の中で生きる。でもそれでよかったじゃん。架みたいな人と結婚できたんだし。
こういう現実が、弱者男性にとって「女はいいよな、いざとなったら男に永久就職できるもんな」という価値観に容易に結びつくことに意識的でなければなりません。
位置: 2,584
抱き合う夫と子どもたちの横で、じっと架の顔を、まるで何かを確認するように見ていた。それはおそらく、五秒もなかった。けれど、見られたことが架にはわかった。
さっきと違って、会釈をすることもなく、かといって不自然にもならないタイミングで彼女がふいっと視線を背ける。一瞬。ほんの一瞬だけ、彼女の目に嘲るような表情が浮かんだように見えた。──おそらく、架の気のせいではない。
これは、割と一般的に女性が取る態度なのかしら。著者はそうしたがってるけどね。ここまで書いておいて「架の気のせいでした」という結論にはならないと思うので。
一種のマウントなのかな。品定め?
「今お前おれのこと馬鹿にしただろ?」という因縁の付け方がありますが、目で嘲るってのはそんなに分かるもんかね。あたくしもたまに言われますが、そんな気が全くないときと、今だけじゃなく最初からずっと嘲っているときと、大体2パターンありますね。
位置: 3,576
「真実ちゃん、架のことを運命の相手だと思って、百パーセントの気持ちで好きなんだろうけど、架には、前に百パーセントの相手がいて、真実ちゃんは七十点の相手なんだからねって、つい、言っちゃった」
性格最悪。どうしてこいつと友達やってるのか不思議。そこもこの話に乗れなかった点の一つ。こういうことを平気でいう人間、許せない。
位置: 3,619
「そうそう。こんな自分のことを選んでくれたって書いてる様子が、私たち、本当はちょっとなんか傲慢っていうか、身の程知らずみたいに思えて許せなかったんだよね。この子にとって架は運命の相手かもしれないけど、架にとってはそうじゃない。妥協のプロポーズだったのに、何、浮かれてるんだろうって」
本当に最悪だ。物語なのに、怒りを感じる。まんまと、だなぁ。
位置: 3,650
「どっちだと思う? 真実ちゃんが消えた理由。自分の噓にいたたまれなくなったか、それとも、架に怒ってるか」
両方だよね。というか俺はお前に喝だ!という気持ちになる。
位置: 3,801
「あなたがそうしたい、と強く思わないのだったら、人生はあなたの好きなことだけでいいの。興味が持てないことは恥ではないから」
いいセリフ。興味が持てないことは、恥ではない。子どもたちにも伝えたい。これを言ったのはジャネットで、この本の本筋とは関係ないんだけど、でもいいセリフ。
位置: 3,855
普通に恋愛、という言葉が、後から思い出して、すごく、苦しかった。この人たちにとって、架くんが「結婚するために出会った」私は、「普通に恋愛」じゃないのだ。自分がとんでもなく軽んじられて、人扱いされていないように思った。
自意識よなぁ。「産む機械」という失言があったけど、それに似てる。
「番になるためだけの生物」とでも言われている気持ちなんだろうな。
結婚=恋愛 の軛から抜け出せていない人の葛藤だよね。
とはいえ、美奈子たちの性格の悪さは異常。
位置: 4,067
県庁職員で、真面目で、いい人。この人を恋愛対象に思えたら、どんなにいいだろう。だけど、私にはそう見えない。紹介された時点から、どうしても相手を対象外に見てしまって、そこから先に進めない。この人をいいと思える人がいるとしたら、嫌味ではなく、本当に羨ましく思う。だけど、思えない。婚活や出会いの場は、いつも、そう思うことの繰り返しだった。
あたくしも、おそらく見た目でいえばそっち側で、おそらく真美さんからは対象外とされるタイプ。でも、仕方がないよね。相方選びは大切だ。人生のクオリティに大きく関わる。
ただ、それは見た目が無理なのか、属性が無理なのか、そのへんは気になるところ。なんで?まで掘り下げられていない。
位置: 5,265
「うん」
石母田が真実の手を撫でる。そして、聞いた。
「会ってきたら?」
声が、相変わらず優しかった。
「相手が、明日も待ってでけると思うのは、図々しいっちゃ。急にそれができなぐなった人だぢ、わたしもうんと、見できたがら」
石母田に言われると、胸につかえていたものがほぐれ、消えていくようだった。唇を嚙み締める。
はい、と小さな声で、頷いた。
東北弁の都合良い使い方。たまに引っかかるんだよな。そりゃ、純朴で良いように聞こえるけどさ。そして震災の体験が交わり、もはや説得力しかない。
位置: 5,362
「正確には、七十パーセントだけど。君に七十点をつけたわけじゃなくて、自分自身がこれでいいのかって、結婚に迷う気持ちがあって、当時、結婚したい気持ちがそれぐらいだった」
ちゃんとその場で言い訳しないとね。その「70%=70点」理論って、極端だから。とはいえ、響きが強烈すぎて、説得力持っちゃうよね。
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