この面白い発想ったら。
気づいた人も凄い。
[amazonjs asin=”4167225026″ locale=”JP” title=”新解さんの謎 (文春文庫)”]
辞書の中から立ち現れた謎の男は、魚が好きで苦労人、女に厳しく、金はない――。「新解さん」とは、はたして何者か?三省堂「新明解国語辞典」のページをめくると、あなたは濃厚な言葉の森に踏み込んでしまう。【恋愛】【合体】【火炎瓶】【浮世】【動物園】……数々の、あまりに親切な定義に抱腹絶倒しながらも、「新解魂」に魅せられていく、言葉のジャングル探検記。“紙”をめぐる高邁深遠かつ不要不急、非パソコン的世界からの考察「紙がみの消息」を併録。
今は擬人化はアニメにもなり市民権を得ているといえると思うのですが、これは1992年に書かれたもの。
あたくしは敬愛するサンキュータツオさんからこういう辞書の見方(辞書を擬人化する解釈のし方)を学びましたが、その発想が伝統的なものだったとは知りませんでした。
むっちり(副)─と ─する〔腕・乳房などの〕肉づきがよくて引きしまっていることを表わす。「イナゴは軽快で、香ばしく、肉に─したところもあって、いいオヤツになるのだった」 だったと、いきなり事実として決定されてしまった。しかしせっかくの乳房のあとに何もイナゴを出さなくても。
いえで イヘ─【家出】帰らないつもりで自分の家をそっと出て、どこかへ 行ってしまうこと。 「そっと」という心づかいがいい。何だかいたいけな、家出人の姿が目に浮かぶ。
きょうしゅうケウシウ【〈嬌羞〉】〔男性にとってそれがたまらない魅力となる〕女性のはじらい。
ただの魅力ではない。もう「たまらない」のである。やはり新明解『実感』国語辞典とするべきである。
「むっちり」という言葉に対する説明で、乳房を出し、「嬌羞」を“たまらない”と解く。
この攻めっぷりね。
新解さんの辞書の特徴は、守りではなく攻めの辞書だということ。辞書に限らず学問の世界というのは、できるだけミスを指摘されないように、守りに徹して、堅苦しく堅苦しくやっていけば間違いはない。でもそうすると正しくはなっても明解にはならない。しかしそういう不明解な正しさなんて何ぼのもんじゃ、というので新解さんは攻めに回る。
新解さんの凄いのはここのところだ。辞書の身で、よく攻めに回れるもんだ。でも攻めというのは正しさを上回るから、じっとしている者から見ると隙だらけである。だからミスを指摘するのは簡単である。
日本の野党的気分だ。自分は何もせずにじっとしていて、相手のミスだけを指摘する。ミスの指摘だけでもなんとか一生やっていける。自分の方はじっとしているから、正しさに破綻はない。SM君はそれが不快で、「そんなの新解さんには屁でもないわ」といって、ほとんど新解さんと出来ているような感じなのだ。
赤瀬川御大、ノリノリである。
解説に力が入ってるじゃないの。
ぼっ き【〈勃起】─する 急に力強く起(タ)つこと。〔狭義では、合体を思い、陰茎が伸びて堅くなることを指す〕
合体を思い。これですね。ずばり本音で迫る。ふつうはここまで踏み込まない。伸びて硬く、くらいの現象面で止まる。だけど新解さんは「思い」まで踏み込んでくる。その思いがふくらんで、そのふくらみが遂に伸びて硬くなるわけで、そこで日本語がはじめて勉学青少年の血肉となる。
しかし「狭義では」と断っているが、広義ではどうなるのだろう。国会でも、オリンピックでも、あるいは学校や美術館などでも、広義で勃起という言葉の使われるのを見たことは一度もない。でもそれは今の話で、昔はあったのかな。
勃起、についてもこれだけ語る。
赤瀬川御大もだいぶお攻めになっています。
どう ぶつ【動物】自由に運動し酸素を吸って生きる生物。他の動植物を栄養としてとる。
【──園─ヱン】生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。
熱弁。
しから ば【《然らば】(接)それならば。「─われら何をなすべきか」そうすれば。「恋の本質はけっして性欲ではない。このことだけは私は確信している。─恋の本質は何であろうか」
皆さん、しからばの用例にこれである。恋の本質が出てくる。「このことだけは私は確信している」といってはいるけど、本当だろうか。 恋の本質は性欲のみである。このことだけは私は確信している。
最後に、ちょっとした難癖を。
この本、発想は今でも面白いんですが、ちょっと文章というか感想が古臭い。
この辺りは御大も昭和のおじさんというところでしょうか。
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