『夜は短し歩けよ乙女』 何度目だろうか、読むの②

①につづいて。

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「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作!

あとね、森見さんの小物選びのセンスについても言及しないとね。
蓄音機、青磁の壺、錦絵、地球儀なんかが作中の至る所に出てきますが、これがまた森見ワールドの世界観を描写するのにもってこいなんだな。
世界観込みでの自己プロデュースが森見さんは上手い。そういう意味でおしゃれなんですよね。

達磨のように膨れる私を取り囲むのは、どこまでも続く本の海だ。彼らは言う──「俺らを読んで、ちっとは賢くなったらどうだい、大将」。しかしながら、彼らに希望を託すことにはすでに飽き飽きした。読めども万巻に至らず、書を捨てて街へ出ることも能わず……読書に生半可な色目をつかったあげく、ウワサの恋の火遊びは山の彼方の空遠く、清らかだった魂は埃と汚辱にまみれ、空費されるべき青春は定石通りに空費された。
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一方で、こういう情けない描写もきっちりこなしてくる。
世界中の非生産的文化系男子は泣くのではないだろうか。

黄金餅ばりの言い立て

おそらく読者諸賢の大半が舌を巻く、この描写ね。まるで『黄金餅』だよ。

まずベアリング・グールドによる膨大な註釈のついたシャーロック・ホームズ全集を見つけた。それからジュール・ヴェルヌの『アドリア海の復讐』があった。続いてデュマの『モンテ・クリスト伯』のひと揃いを眺め、大正時代に出た黒岩涙香の『巌窟王』が麗々しくビニールに包んで置かれているのを見てヘエと思い、山田風太郎『戦中派闇市日記』をぱらぱらめくり、横溝正史『蔵の中・鬼火』を見て「やはり表紙の絵が怖い」と思い、薔薇十字社の渡辺温『アンドロギュノスの裔』がうやうやしく祀られてあるのに驚き、新書版の『谷崎潤一郎全集』の端本を「よりどり三冊で五百円のコーナー」で見つけて立ち読みし、同じコーナーに新書版の『芥川龍之介全集』の端本を見つけてこれも立ち読みし、やがて福武書店の『新輯内田百閒全集』を見て、これはさすがに足を止めたのであるが、それでも財布を開くことはなく、三島由紀夫『作家論』を眺め、太宰治『お伽草紙』を読んだ。  太宰を読みながら、我が下宿には東北地方を旅した折に斜陽館で買ってきた色紙があるのを思い出し、そこに「惚れたが悪いか」と書いてあるのも思い出し、二度と思い出したくもない高校時代の恥にまみれた初恋までも思い出し、今ここで自分が疲労困憊しながら古本市をさまよっている根本的な理由も思い出し、想い出についてはそうとう打たれ強い私もさすがに打ちのめされた。
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そしてきわめつけのこれ。

「あんたがさっき見てた本たちだって、そうだな。つなげてみようか」 「やってみろ」 「最初にあんたはシャーロック・ホームズ全集を見つけた。著者のコナン・ドイルはSFと言うべき『失われた世界』を書いたが、それはフランスの作家ジュール・ヴェルヌの影響を受けたからだ。そのヴェルヌが『アドリア海の復讐』を書いたのは、アレクサンドル・デュマを尊敬していたからだ。そしてデュマの『モンテ・クリスト伯』を日本で翻案したのが「萬朝報」を主宰した黒岩涙香。彼は「明治バベルの塔」という小説に作中人物として登場する。その小説の作者山田風太郎が『戦中派闇市日記』の中で、ただ一言「愚作」と述べて、斬って捨てた小説が「鬼火」という小説で、それを書いたのが横溝正史。彼は若き日「新青年」という雑誌の編集長だったが、彼と腕を組んで「新青年」の編集にたずさわった編集者が、『アンドロギュノスの裔』の渡辺温。彼は仕事で訪れた先で、乗っていた自動車が列車と衝突して死を遂げる。その死を「春寒」という文章を書いて追悼したのが、渡辺から原稿を依頼されていた谷崎潤一郎。その谷崎を雑誌上で批判して、文学上の論争を展開したのが芥川龍之介だが、芥川は論争の数ヶ月後に自殺を遂げる。その自殺前後の様子を踏まえて書かれたのが、内田百閒の『山高帽子』で、そういった百閒の文章を賞賛したのが三島由紀夫。三島が二十二歳の時に会って、『僕はあなたが嫌いだ』と面と向かって言ってのけた相手が太宰治。太宰は自殺する一年前、一人の男のために追悼文を書き、『君は、よくやった』と述べた。太宰にそう言われた男は結核で死んだ織田作之助だ。そら、彼の全集の端本をあそこで読んでいる人がある」
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「下谷の山崎町を出まして……」なんてね。
これを書く森見さんも随分くたびれたでしょうね。

とりあえず半数以上も読んだことがないので、いつかこれらをじっくり読みたいですな。……人生にうるおいを感じてから。

黒岩涙香なんて、ここにきて話題になってますものね。
すごいもんだ。この業界というのは広くて深い。

尊敬しかない

これだけの文章を綴りながら、そこに嫌味を感じさせない。
これがこの森見登美彦さんの凄いところ。

彼から文芸の世界にどっぷりと浸かる人も少なくないでしょう。
文芸というのは面白い。しばらく離れてもまた必ず戻ってきてしまう。

また③を書きたいです。

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