夏紀先輩最高です『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 後編』2

みぞれ大反撃。希美たじたじ。

位置: 2,199
先ほどまで力なく伸びていた彼女の足は、すでにしっかりと地面を捉えていた。たくましい二本の足が、自身の最善と信じる道を切り開く。傘木希美とは、初めからそういう人間だった。その道を築くまでに踏みつけた存在を、彼女は意識すらしていないのだ。
みぞれの顔が見たい。そう、無性に思った。サンタクロースの存在を信じる 無垢 な子供にその正体を告げるみたいに、みぞれの抱え込んだもろい崇拝心を粉々に打ち砕いてしまいたい。いつか誰かによって不用意に地雷が踏み抜かれるぐらいなら、いま、久美子自身の手ですべてをリセットしたい。壊れてしまう瞬間の到来を恐れ続けるぐらいなら、強硬手段を取るのもみぞれのためなのではないか。

なんだか希美が悪いやつみたいになってますけどね。
いや、人間大体そんなもんでしょ。みぞれもみぞれだし。いじめっこが悪いかいじめられっこも悪いかみたいな話になっています。あたくしはいじめは早めに芽を摘み取らなかった周りが一番悪いって価値観で生きてるんで、久美子頑張れって感じになりますけどね。

しかし久美子の「脆い崇拝心を粉々に打ち砕いてしまいたい」っていいフレーズ。力強い。きっと武田さんは「崇拝する」側の気持ちに寄り添ってるんじゃないかしら。

位置: 2,461
「そう。でも、青い鳥はリズの言葉を受け入れる。別れたくないはずなのに、それでも彼女は二人で暮らした家から飛び立っていく。どうして青い鳥はリズの言葉を受け入れたのかしら? 鎧塚さんは、どう思う?」
「それは……」
考え込むように、みぞれが眉間に軽く皺を寄せた。唇を引き結び、彼女はじっと足元を凝視する。静止したみぞれを、新山は決して急かさなかった。ただ辛抱強く、彼女の答えを待っている。
きょろりと、みぞれの黒目が左右に動いた。その視線が、一瞬だけ久美子を捉える。薄い唇が、一音一音を確かめるように声を発した。
「多分、青い鳥がリズのことを好きだったから。リズが望むなら、それを受け入れた。リズの選択を、青い鳥は止められない。だって、好きな人が望むことだから。だから、いくら悲しくても青い鳥は飛び立つしかない」

位置:2,469
「わからない。でも、リズに幸せになってほしいって思ってる。それだけは、きっと本当。だから、青い鳥はリズの選択を受け入れる。それが、青い鳥の愛のあり方」
ところどころ言葉を詰まらせながら、それでもみぞれは自身の考えをはっきりと口にした。そうね、と新山が満足そうにうなずく。
「いまのイメージで、一度ソロを吹いてみましょう。鎧塚さんなら、きっと自分なりの音楽を作れるはずよ。あなたにそれだけの力があるって、私は知ってる」
「でも、希美と息が合うか、わからない」
吐露された不安は、これまでみぞれが秘め続けていた本音だった。大丈夫、と新山が力強く言い切る。信頼を全面に打ち出した、目がくらむようなまばゆい笑顔。
「あのソロは、オーボエがメインよ。ほかの音は一切気にしなくていい。ただ、あなたが思うように吹きなさい。そうすれば、きっと周りがついてくる。遠慮なんてしなくていいから、あなたの音を出してみて。いまの鎧塚さんに必要なのは、自分の全力を知ることよ。調整なんて、そのあとですればいいんだから

あくまで「そういう解釈もあるよね」的な話ですけどね。みぞれにとってはそう。んで、希美にとっては?
希美にとっての「リズ」解釈は中途半端なところで止まっている気がします。最後まで明かされない。自分とみぞれの関係が逆転している、ところまでは気づくんですが、そのあと、「なんで青い鳥はリズの言葉を受け入れたのか」まで明かされない。

語らぬ美学もあるとは思いますが、希美はどう思ったのか、あたくしは気になりますけどね。

位置: 2,521
少女の正体を知ってしまったリズの、その苦悩の日々。第二楽章から流れた静寂を貫く、たった一人のオーボエソロ。その一音目を耳にした瞬間、皆が息を呑んだのがわかった。
複雑な指使いを物ともしない、まるで歌声のようなメロディー。放たれた音は繊細で、そのうえ力強かった。濃縮された感情が、ホール内の空気を一瞬にして制圧する。頭を強くぶたれたような、ひどい衝撃が久美子を襲った。圧倒的な音の響きに、いくら意識を逸らそうとしても本能で 惹きつけられる。

みぞれが力を開放したときのソロ。「頭を強く打たれたような」ソロなんですって。打ちのめされる、ってやつですね。あんまりそういう体験ないなー。惹き込まれるってのはあっても、打ちのめされるってことは経験したことない。

位置: 2,571
「希美のとこ、行ってやってくれん」
「それは……夏紀先輩が行くべきじゃないですか」
「うちはあかん」
「どうして」
「うちはあの子を甘やかしてまうから」
そう言って、夏紀は首を横に振った。噛み締められた唇に、 紅 のように血が張りついている。
「優子はみぞれに甘いし、うちは希美に甘い。そのどっちも、希美はいま求めてない」

一斉退部事件のときのしこり、みたいなもんですか。名残、かな。
このあたりの引き際をわきまえてる感じが、夏紀先輩最高ですよ。正しいかは置いておいてね。人間臭い。

位置: 2,611
「うちはさ、そういう理由で泣いたんちゃうねん」
そう言って、希美は自嘲げに笑った。ケラケラと喉を転がす音は、ひどく空虚な響きをしている。
「ショックやった。そう言ったら、伝わるかな」
「ショックっていうのは、みぞれ先輩の演奏がですか」
「そう。もう、本当にグサッてきた。心臓に突き刺さるというか、ね。こんなに差があったんかーって、まざまざと見せつけられた感じ。ずるいよね、みぞれは。ほんとずるい」
平静を装う声が、ところどころかすれている。

位置: 2,624
「ほんまは、最初から知っててん。みぞれに才能があるって。だってあの子、息するみたいに練習するんやもん。中学のころからずっと、あの子は上手かった。でも、それを認めたくなかってん。うちは……うちは、心のどこかで、みぞれより自分のほうが上手いって、思ってたかった。だって、みぞれよりうちのほうが絶対に音楽好きやんか。苦労してる。つらい思いもしてる。それやのに、みぞれのほうが上なんて」

あたくしは割と希美に同情的なんですよね。
圧倒的にみぞれ側の人間でしたが。逆転することのないみぞれですけどね。

こういうときに「ずるい」って言葉を使うあたりが希美の甘さです。そこがいいじゃないですか。みぞれに逆転されるなんて思ってもなかった、っていう。すでに心のどこかでみぞれを「下」にみてきたことを認めてる。

位置: 2,640
音大に行くって言ってれば、同じ立場に立てるんじゃないかと思って。ほんま醜い。音大を志望することが、演奏の腕前を示すわけでもないのに。久美子ちゃんの言うとおり、うちは軽蔑されるべき人間やねん」
そういうことだったのか、と久美子はそこで夏紀が自分を希美のもとに送り込んだ理由を悟った。希美は、己を罰したいのだ。自分の行動がいかに愚かなことだったか、彼女は嫌というほど自覚している。その愚かさを、彼女は断罪されたいのだ。真綿で包むように、優しく慰めてほしいわけではない。だからこそ、夏紀はここに来なかった。どんな理由があろうとも、夏紀は希美を責められないから。

また希美も人間くさいんだよ。
どこまでも真っ直ぐに人間臭い。このあたりが10代って感じですよね。
大人はだいたい、そのへんの感情に見切りをつけてるから。みんな同じような経験、してるからね。

位置: 2,664
久美子の脳裏に、去年のみぞれの顔がちらついた。二人のあいだに存在した、圧倒的な隔たり。互いに対する感情の、交わらない熱量。永遠に埋まらないと思っていた二人の溝は、気づけばその形ごと変化していた。みぞれとはまったく違う形で、希美もまたみぞれに対して強い執着心を抱いている。嫉妬、羨望、屈辱、罪悪感。希美のなかで渦巻く感情は決して好意的なものであるとは言えなかったが、それでも久美子からすれば事態は好転しているように見えた。みぞれにとって、これはきっと前進なのだ。無関心の、単なる友達Aとして扱われるより、よっぽど。

この章のクライマックスですね。
そして妙に引いた場所からみている久美子。貫禄ですね。

位置: 2,672
先へと進もうとする背中に、久美子は思わず声をかける。
「私、やっぱり希美先輩のやったこと、ひどいなって思います。どんな理由があっても、みぞれ先輩に嘘をついたことには変わりないし」
「ふふ、やろうな」
「でも、それでも希美先輩のこと、嫌いにはなれないです」
うめくように言った久美子に、希美はそっと破顔した。伸ばされた手が、久美子の頭をくしゃりとなでる。その手つきが夏紀のそれを思わせて、なんだかたまらない気持ちになった。
「ごめんな。損な役回りさせて」
「謝る相手は、私じゃないです」
「まあ、それもそうやけどさあ。あーあ、久美子ちゃんにやったら、こんなに本音でしゃべれるのになぁ」
それはきっと、希美が久美子のことを脅威と見なしていないからだ。

武田さんは希美が嫌いなんじゃないかな。苦手というか。
梓との決定的な違いは実力。実力の伴わないカリスマが嫌いなのでは。

位置: 3,131
去年、 田中 先輩が部活辞めるかもってなったときに、小笠原部長がうちらについてきてくださいって頭下げたことあったやん。あのとき、吉川部長はさ、『馬鹿にせんといてください』みたいなこと言うたやん。俺、すげー感心してんな。こういうの、さらっと言える人って強いなって」

あんときの優子は本当に格好良かった。
あれが言えるタイプの人間は少ないよ。優子にはそれが出来る。カリスマです。

位置: 3,223
「希美は、いつも勝手」
淡々と、しかしはっきりとした口調でみぞれが言う。その足が、なかと外を区切る敷居を踏み越えた。希美が後ずさりしたのは、無意識の行動だったのだろうか。とっぷりと西日に浸かった世界では、すべてが赤く燃えている。
「一昨年だって、勝手に辞めた。私に黙って、勝手に」
「なんでいきなりそんな昔のこと言うん?」
「昔じゃない。私にとっては、ずっといま」
吐き出された言葉は、間違いなくみぞれの本音だった。とっさに立ち上がろうとした久美子を、夏紀が素早く手で制する。まだあかん。

やれ!やったれ!みぞれ!ってね。
いじめられっこの反撃を見るような。快哉を叫びたくなる。

位置: 3,230
「私は、ずっと希美を追いかけてきた。希美に見放されたくなくて、それで、楽器だって続けてた。私にとって、ずっと、いちばんは希美だった。希美と一緒にいたかったから! だから、オーボエも頑張った!」
勢いに 気圧されたように、希美はじりじりと後退する。頬を伝う汗が、地面に黒い染みを作った。
「そんな大げさな言い方はやめてや」
「大げさじゃない。全部ほんと」
「ずるいやん、そういうの。みぞれはずるい」
希美の声が震える。引きつるようにかすれた吐息が、夕闇のなかに沈んでいく。
「みぞれは、うちより才能あるやんか。それやのに、そんなこと言うん? うちのために楽器をやってたとか、そんなしょうもない言葉で自分のこれまでの努力を片づけるん? みぞれにとって、オーボエってそんな軽いもんなわけ」
「違う」
「違うって、何が」
「オーボエが軽いんじゃない。希美が、重すぎるの。

愛を叫んでます。間違いなく。
それに対して「ずるい」しか言えない希美。すでに完敗の雰囲気。

良いところですが、次回にします。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする