人の承認欲求を狙って満たせる女、久美子。
恐ろしい女です。
位置: 2,327
「そら北宇治におったら全員そうなるやろ、久美子だけじゃなく。やっぱ、上手いやつは一目置かれるべきやと思うし」
口を挟んだ葉月に、「確かにー」と梨々花は素直に同意した。
「下手な子が優遇されるよりは健全ですしね」
「やろ? 久美子は部長やから、とくにそういう傾向になるんはしゃあないとうちは思うで。そういうとこ含めて、久美子はいい部長やなって思ってるし」
そう言って、葉月は久美子の肩に腕を回した。引き寄せられ、彼女の体温を肌越しに感じる。「な?」と歯を見せて笑う葉月に、久美子はただ曖昧に口角を上げた。
外から見えている自分と、自分が認識していた自分。そこにあるズレが、気持ち悪くて仕方なかった。
「人格等より演奏力を評価する人物」という評価が受け入れがたいのはよく分かります。冷徹漢みたいだもんね。ただ、周りはそう思っていたってこと。これ気持ち悪い。
この違和感みたいなものを伏線に、なにかしてくれたらよかったんだけど、この辺の起爆剤が爆発せずに終わるのよね、本書。ちょっと残念。
位置: 2,410
「アタシの演奏を判断するのは、滝先生であってほしい。絶対的に信用できる耳を持ってる人やないと、落とされても納得できひんから」
麗奈らしい意見だ。彼女はいつも、大事な判断は人数を絞って行うべきだと主張している。大勢の人間の意見に合わせて作ったものは欠点が少なくなるのは確かだが、飛び抜けたものになりえない。
感心するくらい正しい。責任を分散させたものが最高にはなりえないってこと。ま、最高のものを作り上げる必要があるのかって問題もあるけどね、会社員になるとさ。
位置: 3,520
「申し訳なく思う必要なんてないよ。また何か気になることがあったら、私にどんどん言ってほしい。みっちゃんの意見って、参考になるから」
私でよければ、と美玲が満更でもない声音でつぶやく。本当に、彼女は素直で可愛い後輩だ。
悪・久美子ですよ。「ニヤリ」という音が聞こえてきそうな。
「扱いやすくて」いい子って評価を下す。冷徹さが可愛い。そこに違和感とか居心地の悪さを感じているあたりも。
位置: 3,732
「ね、久美子ちゃん」
「ん?」
「さっきの曲、なんて曲なの? すっごく素敵だなって思ったんだけど」
ごくん、と自分が唾を飲み込む音がやけにはっきりと聞こえた。こちらを振り返る真由の表情からは、一切の悪意を感じない。自分の心に忠実な、素直な言葉だった。
言い渋る理由はない。それなのに、久美子は本能的な不快感を覚えた。視界の端で、銀色のユーフォニアムが影へと溶け込んでいる。
「教えるほどの曲じゃないっていうか……うーん、ただの気まぐれで吹いてただけで」
「もしかして、久美子ちゃん作曲?」
「まさか。人から教えてもらった曲だよ」
「そうなんだ。先輩?」
「まあね」
真由のことは好きだ。いい子だと思う。だが、踏み込まれると抵抗がある。距離を縮めることに、困惑する自分がいる。
またこの真由ちゃんよ。どんなにどす黒い腹ん中をしているんだとワクワクしていました。いい子なんだけどかなり空気読めてないというか。読めてないことに無自覚な感じ。単なるナチュラル痛い子なだけじゃないことを期待しまくっていました。
ところが……そのへんは最終巻で明らかになります。
位置: 3,883
「部長、いつものやつ」と隣にいる久美子に秀一が耳打ちする。それを見た麗奈の顔が、一瞬だけ 般若 みたいに引きつった。「ほんまそういうとこ、ないわ」と麗奈は部員に聞こえない程度の声量で毒づく。多分、秀一には聞こえていた。
この三角?関係にもちゃんとした結末を用意して欲しい。欲しかった。
いや、ちゃんとしているんだけどさ。ある程度雨降って、そんで地固まって欲しかった。
位置: 3,902
与えられた時間は刹那で、逡巡する隙すら与えず真由の心の扉は閉まってしまった。彼女は多分、意図的に何かを隠そうとしているのではない。あすかのように本心を大人の仮面で塗り固めているわけでも、奏のように大人びた自分を演出しているわけでもない。ただ、いい子というひと言で表すには、何かが異質なのだ。
真由ちゃん、気味悪くっていい感じなんですよね。
これを活かせるかどうかは、次巻にかかっています。
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