さらりとしている『ABC殺人事件』

飲み口フルーティ、みたいな。
逆だけど東野圭吾みたいだな、と思いました。

ポアロのもとに届いた予告状のとおり、Aで始まる地名の町で、Aの頭文字の老婆が殺された。現場には不気味にABC鉄道案内が残されていた。まもなく、第二、第三の挑戦状が届き、Bの地でBの頭文字の娘が、Cの地でCの頭文字の紳士が殺され……。新訳でおくる、著者全盛期の代表作。

ポアロシリーズ長編11作目だそうな。だいぶノッているころですね。
ページ数も少なく、非常に読みやすい。

位置: 206
エルキュール・ポアロ氏へ
あんたは頭が鈍いわれらが英国警察の手にあまる事件を解決してきたと 自惚れているのではないかね。お利口さんのポアロ氏、あんたがどこまで利口になれるかみてみようじゃないか。たぶん、この 難問 は、固すぎて割れないことがわかるだろう。今月二十一日のアンドーヴァーに注意することだ。 敬具    ABC

この予告状から物語は始まります。
予告状って手口、いいよね。古式ゆかしい。

位置: 891
わたしたちが直面しているのは、未知の人物です。彼は暗闇にひそみ、暗闇にとどまろうとしています。しかし、物事のまさにその本質のなかで、彼は自らに光をあてないわけにはいかないのです。ある意味では、わたしたちは彼について何も知りません――べつの意味では、すでにかなり知っている。わたしには、彼の姿がおぼろに見えはじめてきました――はっきりした、きれいな活字体で書く男――上質の便箋を買う男――自分の個性を表現したいという大きな欲求をもった男です。その男は子供のころはたぶん無視され、ないがしろにされていた――心のなかに劣等感をもって成長し――不公平だという感覚と闘ってきた……心のなかの衝動が見えます――自己主張したい――自分に注意を引きつけたいという欲求がますます強くなり、さまざまな出来事や状況によってそれが押しつぶされ――おそらく、屈辱感がさらにつのったのでしょう。そして彼は心のなかでマッチをすり、火薬を満載した列車に火をつけた……」

朗々と犯人像を歌い上げるポワロ。
この陶酔感がポワロたる所以ですよね。

最後まで読むと、犯人のツメの甘さが際立ちます。
どうして上質の便箋を使い、個性の表現をしたがるのか。彼をカストを犯人に仕立て上げようというのに。

位置: 956
親愛なるポアロ氏――それで、どうかね。最初のゲームは私の勝ちだと思うね。アンドーヴァーの一件はうまくいった、そうではないかね。
だが、お楽しみははじまったばかりだ。今度はベクスヒル・オン・シーに注意を向けるといいぞ。日時は来る二十五日だ。
まあ、お互い楽しめるよな! 敬具
ABC

位置: 1,624
お気の毒なポアロ氏
このささやかな犯罪では、自分で思ってるほどの冴えはなかったようだな。もう、盛りをすぎたんじゃないのかね。今回はもっとましなことができるかどうか、お手並みを拝見しようじゃないか。今度は簡単だぞ。三十日にチャーストンだ。何か手を打ってみるんだね。こっちも一方的にやるだけじゃ、ちょっとばかり退屈してしまうからな、わかるだろ! よい狩りを  早々
ABC

二枚目・三枚目の予告状。
随分な言い方。予告状はこうでなくっちゃね。

位置: 1,667
「まったく、ポアロ」わたしはどなった。「生か死かの問題なんだ。服がどうなろうと問題ないでしょう?」
「あなたには平衡感覚ってものがないんです、ヘイスティングズ。きまった時間よりも早く列車がでるわけじゃないんですよ。それに服をだめにしたって、殺人を防ぐ役には立ちません」
スーツケースを断固としてわたしの手からとりあげ、ポアロは自分でパックしはじめた。

ヘイスティングズのコメディリリーフ感好き。
ポアロは常にロマンティックで高慢でないとね。

位置: 2,722
「みなさん」とポアロは言った。「わたしたちは力を分散させてはいけません。わたしたちの思考のなかにある方法と順序にしたがって、この問題にあたらなければなりません。外部ではなく、内部に真実を求めなければならないのです。自分自身に――わたしたちのそれぞれが――こう問いかけなければなりません――自分は殺人者について何を知っているのだろうか、と。そうすることによって、わたしたちが探し求めている男の人相書をつくりあげなければならないのです」
「わたくしたち、その男のことは何も知らないんですよ」ソーラ・グレイがあきらめたようにため息をついた。
「いえ、いえ、マドモワゼル。そうではありませんぞ。それぞれが、何かしら知っているのです―― 自分 たち が 何 を 知っ て いる のかが わかり さえ すれ ば。 かならず 何 かを 知っ て いる はず です、それをつかめばいいだけなのです」

いいシーンですね。探偵が被害者たちをまとめる。

そして真犯人にたどり着く。このあたりのどんでん返しは多少無理がある気もしますが、とてもスリリング。さすがのクリスティ姉さん。

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