前座噺から丁寧に演る、というのがあたくしの修行でございますからして、手を抜くわけにいかないのであります。 『子ほめ』『寿限無』と来たから、次は『目黒のさんま』かこの『饅頭こわい』にしようと思っていました。どっちも演りたいと思いますが、今回はこちら。
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「おぅ、みんな、よく集まってくれたな」
「なんでぇ、てめぇが来いってぇから来たんだ。要件を聞こうじゃねぇか。」
「おい、みんな、誕生日って知ってるか」
「なんでぇ、その誕生日ってぇのは」
「どうやら南蛮の方では、自分が産まれた日を毎年祝うってんだよ。カステイラをもっと甘くしたようなものとか、果物の酒だか何だかで、こう、もう、パァッと盛大にやるんだとさ。」
「何言ってやんでぇ、南蛮だか何だかしらねぇが、そんなわけあるもんかい。どう考えたって、てめぇが産まれた日は毎年は来ないだろ?ありゃあ、どう考えたって多くとも少なくとも、一生に一度だろうが。」
「そりゃ…まぁ、そうだな。でもよぉ、おらぁ、そういうのがやってみてぇんだ。いいから付き合ってくれよ。」
「まぁ、そういうことなら分かったよ。あるのは海苔巻きにお稲荷さんってぇのが南蛮たぁ程遠いけれども。子どもに帰っていいかもしれねぇな。」
「しかし、こういう時にあいつがいねぇな。哲のやろう。あいつが居ると場がパアッと明るくなるんだがな。…おおっと、来た」
「うひゃあああああ」
「ど、どうしたんだ」
「はぁ、はぁ、追ってこれぇか。助けてくれ。」
「なんだなんだ、追われてんのか?」
「追ってこねぇのかってんだよぉ!!」
「何も来てねぇぞ。」
「あぁ、良かった。あぁ、驚いた。おらぁな、こんな恐ろしい思いをしたのは久しぶりだ。近道をしようと思ってね、湯屋のところを抜けて来たんだよぉ。そしたら蛇がいるんだもの」
「蛇?近頃このへんじゃあ珍しいな。てめぇ蛇がこええのか。」
「怖いったらねぇよ。こ、こ、こ、こんな長さだぞ」
「あら、そりゃあずいぶん太いね」
「長さが」
「長さ?そりゃあメメズ(ミミズ)じゃあねぇのかい」
「おらぁダメなんだよ、細くて長いものがよぉ。蛇だけじゃねぇんだ。それこそミミズもこええ。うどんも蕎麦も正直おっかない。こええからふんどしも締めてない」
「おい、汚いね、こいつは。しかし何だねぇ。人には本当に苦手なものが一つはあるってぇが本当なんだな。よく言うじゃねぇか。てめぇのへその緒を埋めた土の上を最初に歩いたものが怖くなるってよ。だからよ、てめぇのへその緒の上をはじめに通ったのは蛇だとかメメズなんだろうな」
「へぇ、なるほど、そんなもんかねぇ。ああ、おっかなかった。」
「中々おもしれぇもんだな、おめぇみたいな腕っ節に自信のあるやつが、蛇になるとこんなのでも怖いんだからね。おい、てめぇは何か怖えものはあるかい」
「おれかい?おれは…強いて言えばナメクジかな」
「なるほどね。気味が悪いね。お前は?」
「蛙だな。」
「へぇ、お前は?」
「馬だな。」
「お前は?」
「蟻」
「蟻って、あの蟻かい?」
「そうだよぉ、怖えじゃねぇか。第一よ、あんなに小せえくせによ、踏んだって中々死なねぇんだぜ」
「そりゃまぁそうかも知れねぇな。お前は?」
「蜘蛛」
「確かに気味が悪い。お前は?」
「毛虫」
「へぇ、みんななんだかんだあるもんだねぇ。お、なんだ、あそこで煙草ふかしてやがんのは。たっつぁんか、こっちへ入んなよ。」
「ったく、どいつもこいつもくだらねぇ。さっきから黙って聞いてれば、なんだよ。良い若えモンがミミズだのナメクジだのにビビってどうするんだよ。自慢じゃねぇが、オレには怖いものがない。お前らみたいな腰抜けとは違うんだ。蛇?冗談言っちゃいけねぇよ。ありゃあ重宝するぜ。鉢巻なんざ買わなくても、蛇巻いておきゃあてめぇで締めてくれるんだぜ。蟻?馬鹿言うな。オレなんか赤飯食うときにごまが足りなかったら、表でもって蟻の7,8匹を見繕って食っちまうんだぜ。ごまが動いてちょっと食いにくいんだけどな。蜘蛛?蜘蛛も食っちまうんだ。納豆の粘りが足りねぇときなんざ、上に蜘蛛でもなんでも乗っけてグワーっよ。中々乙なもんだぜ。」
「へぇ、何でも食うんだな。お前は」
「あたぼうよ。特に四足のものは何でも食うね」
「へぇ、何でも?」
「あぁ、何でも。そいやあこの前、四足のものは何でも食うって話をしていたら、「本当だろうな」って喧嘩うって来たやつが居てよ。「当たり前だコンチキショウ」って返したら、次の日、そいつが持ってきたんだよ、こたつ」
「へぇ、考えたね、こたつは確かに四足だなぁ。さすがにオメェも謝ったか」
「謝りゃしねぇよ。言ってやったんだ。「確かに四足には違いないが、オレはこういうアタルものは食わねぇんだ」ってね。」
「うめぇこというな、チキショウ。じゃあ、お前には怖いものが無いってのかよ。」
「ああ、無いね。この世に一つ足りとも怖いもの……ううっ……いけねぇ。」
「どうした?急に様子が変だよ。」
「おめぇたちがバカみてぇな話してっから思い出しちまったじゃねぇか、怖いもの。」
「なんだい、お前ほどのやつが。怖いものがあったのかい。」
「あぁ、恥ずかしながら、あるんだ。オレはこいつがどうしても恐ろしくってならねぇ。」
「おい、本当に身体が震えてやがるよ。なんだよ。」
「オレが怖いのはなぁ……まんじゅうだよ」
「まんじゅう?まんじゅうってのはどんな生きもんだ?猛獣の仲間か?」
「まんじゅうったらまんじゅうだよ。町内でも売ってんだろ。あぁ、こええこええ。へんな汗かいてきちまった。」
「まんじゅうって、饅頭か。え?あの饅頭?」
「大きな声でいうんじゃねぇよ、恐ろしい。あぁ、恐ろしい恐ろしい。」
「しかしおめぇ、なんだってあんなものが怖いんだ」
「怖いのなんのって、理由なんて知らねぇよ。ただ子どもの時分から、あれが怖くって怖くって仕方がねぇんだよ。」
「へぇ、じゃあ蕎麦饅頭なんかも?」
「ああ!蕎麦饅頭!いけねぇ、」
「葛饅頭は?」
「うう、葛饅頭。も、もうここらで許してくんねぇか。おらぁもぅ、ちょっと目眩がしてよ」
「おお、そうかい。悪かったな。今ここに布団しくからよ。ちょっとここらで寝てってくれよ。悪かったなぁ。ゆっくりお休み。」
「おい、しかしあんな事ってあるかね。怖いもの知らずのたっつぁんの、怖いものがよりにもよって饅頭だってぇんだよ。可笑しいね。」
「なぁ、あいつは普段から偉そうにしてやがってよ。ちょいと癇に障るじゃねぇか。ちょっと今日はその饅頭を使ってよ、懲らしめてやらねぇか。」
「懲らしめる?」
「あぁそうだ。今青くなって寝込んでるだろ。後でよ、枕元にでも饅頭の山を作って置いておいてだよ、目が覚めたら目の前に大量の饅頭がある、なんてぇことになってみろよ。あいつどんな顔をするか考えただけでも……」
「よしなよぉ、死んじゃうよ。」
「いいじゃあねぇか。殺したのは俺たちじゃねぇ。お上だってまさか野郎が饅頭を見ただけで死ぬとは思いもしねぇだろ。」
「確かにそうだ。饅頭で死んだから、さしづめ、餡殺だな。」
「おめぇもウメェこというじゃねぇか。よし、じゃあみんなでありったけの銭でもってよ、町内の饅頭を買いあさって来ようじゃねぇか」
「おい、どうだい、首尾は?」
「上々だよ。みろよ、これ。」
「あぁ、蕎麦饅頭ね。怖いって言ってたものな。。お前は?」
「葛だよ、葛饅頭。」
「あぁ、いい色だ。さぞかし怖がるだろう。お前は?」
「俺はこんなのしかなくてよ。」
「月餅かぁ。……微妙だなぁ。饅頭というよりは餅か?まぁいいや、置いとけ。よし、じゃあそおっと奴の枕元において……、おい、たっつぁん、さっきは悪かったな。こっちで蕎麦とっておいたからよ、こっちに来て一緒に食わねぇか。」
「あぁ、だいぶ良くなったなぁ、いやぁ、今行くよ。あぁ、ホント、饅頭だけは行けねぇんだ。あいつを見ると俺はどうやったってこわ……あ!!ああああ!!!饅頭だぁぁぁ!!ぎゃああああ」
「へへ、あの声。胸がすぅっとするね。やった甲斐があったってもんだ。どれどれ……、あれ?」
「どうしたんだよ、俺にも見せろよ。」
「なんか変だよ、たつ公の野郎、怖い怖い言いながら食ってやがるぞ。」
「んなバカな!あっ!!本当だ、むしゃむしゃ食ってやがる。」
「葛饅頭こわい、蕎麦饅頭こわい、酒饅頭、栗饅頭、あぁ怖い怖い。」
「しまった!!あの野郎、図りやがったな!おい、たつ公、てめぇどういうことだ。」
「怖い怖い、饅頭こわい。へへ、饅頭は怖い。怖いなぁ。」
「嘘をつけコンチキショウ。てめぇ、謀りやがったな!てめぇが本当に怖いものは何なんだ!」
「ホント?ホントはここらで、熱ぅ~いお茶が怖い。」
故・立川談志師匠は冒頭の誕生日の件について、彼の師匠の柳家小さんを名指しで「古典落語とバースデーは合わないと思わないのかねぇ」と批判されていました。あたくしも、どちらかというと同意です。けれど、その妙な組み合わせも面白くて、柳家喬太郎師匠なんかはここをふくらませて爆笑を誘っておられます。 今回はあたくも「バースデー」を採用してみました。
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