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村上春樹の最新刊。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のパラレルワールドなのか?
村上春樹、6年ぶりの最新長編1200枚、待望の刊行!
その街に行かなくてはならない。なにがあろうと――〈古い夢〉が奥まった書庫でひもとかれ、呼び覚まされるように、封印された“物語”が深く静かに動きだす。魂を揺さぶる純度100パーセントの村上ワールド。
やはり気になるのは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』とのつながり。あの物語の後日談?書き直し?気になりながら読んでみると……
上
第一部
位置: 203
父親は地方公務員だったが、きみが十一歳のときに何か 不手際 があって辞職を余儀なくされ、今は予備校の事務員をしているということだ。どんな「不手際」だったかは知らない。でもどうやら、きみがその内容を口にしたくないような 類 いの出来事であったようだ。実の母親は、きみが三歳の時に内臓の 癌 で 亡くなった。記憶はほとんどない。顔も思い出せない。きみが五歳のときに父親は再婚し、翌年妹が生まれた。だから今の母親はきみにとって継母にあたるわけだが、父親に対してよりはその母親の方に「まだ少しは親しみが持てるかもしれない」という意味のことを、きみは一度だけ口にしたことがある。
「きみ」の複雑な家庭環境。父親を毛嫌いしていることだけは分かる。やはり内田樹氏がいうところの父の不在ということなんだろうか。
位置: 1,556
ときおりそのような暗黒の川筋から迷い出てきたらしい不気味な姿の魚が、川岸に打ち上げられた。そんな魚たちの多くは目を持たなかった(あるいは小さな退化した目しか持たなかった)。そして太陽の下で不快きわまりない異臭を放った。とはいえ、実際に私がそのような魚を目撃したわけではない。ただそういう話を聞いただけだ。
これはおそらくやみくろたちが崇拝していた神の姿かと思われる。本作では匂わせただけで全く関係なかったけどね。
位置: 1,782
亡くなった母親と、現在も生きている父親は、わたしのことを本当の娘だと思っていますが(思っていましたが)、それはもちろんまちがった幻想です。わたしは遠くの街から風に吹き寄せられてきた、誰かのただの影に過ぎないのです。
正直、統合失調症かパーソナリティ障害を疑う発言。
ただ、彼にとっては唯一無二の存在である「きみ」。このへんの歪んだ愛情というか、思い込みの激しさというのは若いときの特権でもあり、危なっかしさだよね。そして彼はこれをありのままに受け入れているようにみえます。大した包容力だ。
位置: 1,784
彼らはそのことを知りません(知りませんでした)。そしてわたしのことを本当の自分の子供だと信じていました。そのように 誰かに 信じ込まされていたのです。つまり、記憶をそっくり作りかえられていたのです。だからわたしがそのことで(自分が誰かのただの影に過ぎないことで)どれくらいつらい思いをしてきたか、彼らには想像もつかないのです。
うーん、この発言も別の意味でキツい。あたくしも父親ですからね。娘にそう思われていたらと考えると頭抱えたくなりますね。
位置: 2,001
でも実際には逆なんじゃないか。壁の外に追いやられたのは本体の方で、ここに残っている連中こそが影なんじゃないか──それがおれの推測です」
その問は実に面白い。ただ、最初から最後まで感覚的なんだよなー。それがね、「結局何いってんだこいつら」を最後まで破れないんですよね。偽りの記憶をすり込まれた、とか言うけど、何から何まで想像でしかなく、無根拠に無根拠を重ねた九龍城を見せられている気持ちになる。
位置: 2,317
「いいですか、この街は完全じゃありません。
影の狂人具合が、前著に比べて本著では強調されている気がします。どういうことなんだろ。壁も喋りだすしね。
第二部
位置: 2,843
私は小さなコンビニエンス・ストアで熱いコーヒーを買って、その紙コップを手に、駅の近くにある小さな公園で時間を潰すことにした。
村上春樹にしてはとても現代的な描写。コンビニで紙コップのコーヒーを買えるのはここ10年くらいじゃないかな。同時代性を感じるのは彼の著作の中では初めてかもしれない。あたくしの経験不足なだけかもしれませんが。
位置: 3,171
私は顔を上げ、川の流れの音が聞こえないものかと、もう一度注意深く耳を澄ませた。しかしどんな音も聞こえなかった。風さえ吹いていない。雲は空のひとつの場所にじっといつまでも留まっていた。私は静かに目を閉じ、そして温かい涙が 溢れ、流れるのを待った。しかしその目に見えない悲しみは私に、涙さえ与えてはくれなかった。
涙にならない悲しみ。これをどう表現するのか。
村上春樹は巧みだと思いますね。深い悲しみをそのまま、あまり調理せず描写している。同じような言葉を同じように、あるがままに紡ぐ。芸というのではない慎重さを感じます。
位置: 3,252
「でもいずれにせよ、彼女はよほど素敵な人だったのね?」
「どうだろう? 恋愛というのは医療保険のきかない精神の病のことだ、と言ったのは誰だっけ?」
調べたら、『ダンス・ダンス・ダンス』にそんな描写があるらしい。添田さんのセリフ。
位置: 3,321
図書館にはWi-Fi設備などは設置されていなかったから、私が自分のコンピュータを使えるのは自宅に限られていた。
村上春樹作品にWi-Fiが出てくるとはね、、、、、
位置: 3,333
慶賀すべきものなのか、慨嘆すべきものなのか
こんな難しい、やや衒学的な言い回しが出てくるとはね、、、、、
下
位置: 519
いったん混じりけのない純粋な愛を味わったものは、言うなれば、心の一部が熱く照射されてしまうのです。ある意味焼け切れてしまうのです。とりわけその愛が何らかの理由によって、途中できっぱり断ち切られてしまったような場合には。そのような愛は当人にとって無上の至福であると同時に、ある意味厄介な 呪いでもあります。
これは、親から子への愛は純粋ではない、ということかしら。割と多くの人が、焼け切れた状態になるはずだけど。
そうじゃないとしたら、とても的はずれな推量に思えますね。いささか悲劇のヒロイン気質にすぎるというか。
位置: 3,238
「『コレラの時代の愛』」と彼女は言った。 「ガルシア゠マルケスが好きなの?」
出てきました。ガルシア・マルケス。苦手だぜ。
後半は、前著とは全く別の展開なんだが、「何か起こりそうだけど何も起こらないだろうな」もしくは「何か起こってもきっと大した理由もなく起こるんだろうな」という予感はあり、そしてそれがほぼ当たっています。因果関係の不明確な物語、苦手。
結局、ペンフレンドの彼女も、消えたイエローサブマリンの少年も、世界の終りの謎も、何もかも分からないまま、終わる。もう諦めてはいたけど、それでもやっぱり読後感に物足りないものを感じます。
そもそも、この手のパラレルワールドものが苦手でね。
詳しくはpodcastを聞いてくださいませ。