うちの父も今年、倒れていますので、読み始めました。
合言葉は、「ビジネスライクに」。
80代父のケアに娘が奔走した、「介護前夜」の5年間。
ワケあって突然ひとりで暮らしを整えなければならなくなった82歳の父。幸いまだ元気だが、家事がほとんどできないため、その生活に黄信号が灯る――。唯一の家族である娘が、毎食の手配から大掃除までをサポート。それでも、「ペットボトルが開けられない」「明日の予定がわからない」など、日に日に「できないこと」が増えていく父。「老人以上、介護未満」の身に何が起きるのか? その時期に必要なケアと心構えは? 父の「介護前夜」に奔走した娘が綴る、七転八倒の5年間。
著者(ジェーン・スー)コメント:
人はいきなり「要介護」になるわけではない。その手前が意外と長く、険しい。87歳の父が身をもって教えてくれたことです。要介護未満ながら、誰かの助けがないと生きていけないお年頃の父と、如何に付き合うか。たった二人の親子です。「喧嘩しない」を最大のテーマに、遠隔サポートの試行錯誤を記しました。
実際、あたくしも仕事で要介護・要支援の方々とふれあいますが、要介護がとれるまでが大変なんだよね。「できないことが増えていく」というのはかなり絶望的な気持ちになるでしょうね。育児とはまったく別のベクトル。これはしんどいでしょう。
位置: 230
父自身は清潔で、健康体。言うなれば、老人以上、介護未満。ならば、いま父ができることはなにか、できないことはなにか、新しく覚えられることはあるのかを見極め、本格的な介護に入るまでの生活を建設的に進めていきたい。言わば、私なりのマイ・フェア・ダディ。この事態を、もっとビジネスライクに片付ける方法を見つけ出したい。問題解決の欲求を満たしながら、心に傷がつかずに済む方法は?
そうそう、マイ・フェア・レディに似ているかも。面白い切り口だ。
そして、ビジネスライクに片付ける、というのもまた、著者らしい斬新な切り口。俄然興味が湧きます。
位置: 332
父は、トランプの政策を支持していたわけではない。ファンと言うほうが近い心理状態で、「ああいう愛嬌のある男には、夢を託したくなるもんだ」とまで言っていた。我が家のラストベルトこと父は、トランプの存在に励まされていたのだ。つまり、国のトップが人種や性別であからさまな差別をしても、自分には危険が及ばないことを無自覚に知っていたってこと。失われたマチズモをトランプに投影し、取り戻した気になっていたってこと。
忸怩たる思いが伝わってきます。著者の政治信条からすると、身内にトランプファンがいるというのは喉をかきむしりたくなるような屈辱でしょう。でも、仕方がない。親と子は別の人間だからね。「そんなやつのことは面倒みたくない」と書いていないのが大人だ。
位置: 611
引っ越しでよくあるトラブルに、見積もりに来た営業担当は感じがよかったが、当日のスタッフと意思疎通が取りづらかったというのがある。私はこれを避けたかった。なぜなら、前回の実家撤収で、あとから「あれはどこいった」「あれがない」「あれがなくなったのは、あいつ、もしくはおまえのせいだ」を父が始めたから。身に覚えのないことで「あれを捨てるなんて本当におまえは物の価値がわからない」と罵られた。本人はまるで覚えていないだろうけれど。
そういうことを、父は今回もやりかねない。悪魔の証明、つまり証明が困難なことをあとから蒸し返されることほど、面倒臭いものはない。俺が見込んだ、と父が納得する座組を組むことが何よりも肝心だ。父はこの営業担当さんをひどく気に入ったので、たとえあとから「あれはどこいった」が始まっても、大きな混乱にはならないだろうと踏んだ。とにかく、始める前に不満を持たせないことが大切なのだ。
この辺の差配は見事。言語化も素晴らしい。そうそう、そういうこと、あるよね、と膝を打つ手が止まりません。
位置: 752
そこで私が「新しい場所にしまったじゃない! お父さんも見ていたでしょう?」と返せば父を傷つけ喧嘩になるが、「我が家のミック・ジャガーは記憶の更新が苦手」と取扱説明書に記しておけば、腹を立てる割合を3割くらいは減らせる。
うーん、そうなんだよね。子供の頃、「なんでこんなことが出来ないんだ!」と怒られたのを根に持っているんだよな、あたくし。だから「お前こそなんで出来ないんだ!」と嫌味の一つくらいは言いたくなる。3割減らしたとしても7割は生きる。にんげんだもの。
位置: 855
不服に対し、既定のガイドラインから外れた構文を使って反論すると、それだけでもうアウトなのだと。いままでが、間違った時代だったのだと。
百パーセント理解できたかはわからないが、父は多少の憎まれ口を叩きながらも最後まで話を聞き納得してくれた。
「いままでが間違った時代だった」ということを、老人に理解させるのは至難の業。自分の人生を「間違った背景」と言われるようなもんだからね。自分だってそう言われたら困惑するだろうに。老人というのは本当に難しい。老いは嫌だ、とシンプルに思っちゃうよ。嫌なことだけじゃないんだけどね。
位置: 878
実際に私が行うことは「管理」であり「指導」だ。であったとしても、それを感じさせるようなやり方は不適切だということ。父にはことあるごとに「これはプロジェクトであり、我々はそのメンバーである」と伝え、無理は押し付けない。互いの立ち位置を、ケアを「する側」と「される側」に固定してしまうと、する側は相手が言うことを聞かないことに腹が立ち、される側は怒られるたび卑屈になっていく。これはよろしくない。私はサポート役と思われているくらいがちょうどよいのだ。
これ、往々にしてある。あたくし、よくやる自覚あります。「これはプロジェクトであり、我々はメンバーだ」というのは大切な提案であり根本的な枠組みですね。よく考えれば「する側される側」を固定するというのは思考停止に繋がりかねないね。
位置: 1,449
改めて、老人は子どもと違い、生きているだけでできることが増えるわけではないのだと痛感する。後退するスピードを、どこまで遅らせられるかでしかない。その中で、介護される側もする側も、どれだけ機嫌よく過ごせるかが鍵なのだろう。繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせる。
いや、言うほど簡単じゃないのは容易に想像つくよね。「どれだけ機嫌よく過ごせるか」を指標にするの、かなり難しい行為です。ただただ尊敬する。
位置: 2,113
とは言え、父は実の娘以外にはそれほど疎まれず、会食に誘ってくれる人がいたり、なにかと手を貸してくれる人がいたりする。なにが原因かと考えたところ、思いつく点が二点あった。 一つ目は清潔感。
位置: 2,118
歳を重ねれば重ねるほど、身だしなみによる清潔感は他者との関係性を紡ぐうえで重要だ。
位置: 2,119
二つ目は自慢話を一切しないこと。
肝に命じておかねばならぬ。
