まだ著作権や肖像権などの権利ビジネスについて緩かった頃の本なんですかね。今だった相当根回しというか交渉が大変でしょうね。
ここに、ある人物が、三十人を超す屈強な若者の集団である巨人軍を誘拐することを考えた。果して、そんなことが可能かどうかを書いてみたのが本書であり、誘拐と捜査と、犯人追及のサスペンスを存分に味わって頂きたい(著者)。東京から大阪へ移動中の[ひかり号]から、選手全員が忽然と消えた!犯人の要求は五億円。私立探偵・左文字進が犯人の奸智に立ち向かう、日本誘拐ミステリー史に輝く不朽の名作。左文字進探偵事務所シリーズ第一弾。
黒い霧事件だの、誘拐だの、新幹線で食堂車に行くだの、タバコをそこらじゅうで吸うだの、昭和トラベルものとしても優秀な本著。なにげにあたくし、西村京太郎は初めてかもしれません。
当時の空気感が本の合間から漂ってきそうな、素晴らしい小説でしたね。探偵のダンディズムや、助手のええ女感も、また昭和的で良い。作品自体がレトロ感丸出し。また登場する選手がいいじゃないの。新人の定岡投手、王選手、長嶋さんは監督になりたての様子。当時の熱狂が行間から漂ってきます。
第四章 九月の海
位置: 785
「犯人のことに決まってるじゃないの。名探偵なら、灰色の脳細胞とやらを働かせて、犯人を推理するんじゃなかったかしら?」
「残念ながら、僕はハードボイルド派でね」
「じゃあ、その青い眼はビー玉なわけ?」
ポアロと比べる皮肉に、「ハードボイルド派」という理由で返す左文字。この場合のハードボイルド派というのはマーロウとかがそうなのかな。左文字はハードボイルド派の割には、本作ではバイオレンスなんかはかなり少ないイメージあるけどね。
第五章 大阪へ
位置: 1,200
「左文字君からの報告はどうだね?」
「今、岐阜羽島駅にいます。彼の考えでは、誘拐は、あの駅で行われたのに間違いないということでした」
あたくしもそう思った。自分の推理と同じ路線で進むと、推理小説は面白い。たぶん、西村京太郎氏は狙ってるんじゃないかな。ある程度読者の思い通りにさせ、興味深く読ませるように。
第八章 奇妙な団体旅行
位置: 2,495
「それが妙な具合でしてね。大阪に着いたら、梅田駅前にある『栄屋』という食堂に入って食事をし、 美味いといってくれればいいというだけなんだそうですわ。新手の宣伝でっかなあ。口コミという」
「それだけ?」
「それだけらしいんですわ。ああ、もう一つ、行きは、最終の〈ひかり 99 号〉にすること、という条件があったそうですわ。そんなことぐらいでええんなら、わたしも応募したですわ。大阪にも、そんな奇特なスポンサーはいてへんかいなと思いますわ」
運転手が、笑ったとき、ふいに、左文字が、ぱっと眼を開けて、 「その話をくわしく聞かせてくれないか」
と、運転手にいった。
このいかにもな手がかりの出し方、今だったら随分手垢にまみれた下手な演出だと思うけど、当時はどうだったんだろうな。
それにしても、読者であるあたくしに、大阪の土地勘がまるでないのは、結構なアドバンテージの可能性がありますね。人生を損している気がする。大阪、ほとんど行ったことないのよね。都会は別に珍しくないから、行きそびれているんだよな。
第九章 関西弁の男
位置: 2,777
「優秀な部下たちですから、上手くやってくれるでしょう。ところで、あなた方は、黒い霧事件で追放された選手の中に、誘拐事件の犯人の一味か、リーダーがいるとお考えなんですか?」
「十中、八九ね」
と、左文字がいった。
それほど黒い霧事件ってのは生々しく興味深い事件だったのかね。あたくしは過去の記事や野球ブログなどでしか知らないけど、当時の人間の反応が知りたいな。
いちばん有名な池永選手のスタッツをみると、とてもすごい選手だったのは分かりますけどね。
実名で巨人の選手を使い、また黒い霧事件を使う、となるとどれくらい世間は注目したのかな。
第十一章 危険な部屋
位置: 3,230
「侍従です。入江という有名な侍従がいたじゃありませんか。それで、生田は、入江のことを、侍従と呼んでいたんだと思いますね。
急にインテリな話題。岩崎弥太郎の養子だよね。
なんだかプロ野球と全然違う路線だから、唐突な感じがしますけど。「入江侍従」は当時巷でも有名だったのかな。
位置: 3,305
犯人は、多分、あるタイムリミットを作って行動している。少なくとも、左文字は、そう信じている。だが、それが何時なのか、わからないだけなのだ。
この左文字という探偵、あんまりロジカルに動かない。終盤は勘で動いている。実際の捜査、しかもこういう期限が決まったものは、勘に頼るところが多いのかもしれない。ただ、これは推理小説のはずです。だから、「勘」とか「信じている」とか言われても、ピンと来ない。これが本作の最大の欠点だと、あたくしは思いますね。
スリルはあるけど、「騙された」感じがしないし、ミステリとしての質は低いと言わざるを得ないと思います。
位置: 3,317
「それも悪くないね。だが、今、僕が欲しいのは、三十七人の人間を入れられる物件だよ。誘拐した選手たちは、大阪近辺に監禁されていると、僕は信じている。
大阪付近である証拠なんかは、特に示されないんだよね。あくまで左文字の「信じる」ベース。ちょっとミステリとしてはがっかりだな。
