古典落語『湯屋番』 文字起こし

何度か口演しているうちに、直したい点が明らかに

プロじゃないから、気に入らないところはすぐに変えられるのが、あたくしら素人の身軽なところです。師匠がいるとね、なかなか、好き勝手には出来ないってぇ噺もよく聞きますからね。

本文

我々の噺のなかによく出てくるのは、大家の若旦那が道楽が過ぎておとっつぁんから勘当されまして、で、まぁ、行くところがないってんで出入りの職人の家になんか転がり込むというものがあります。俗にいう居候というやつです。

ところがこれが、「様」付きの居候というやつでして。主より威張ってたりなんかして。

若「じゃあ何かい?あたしに奉公へ出ろってぇのかい?」

亭主「出ろとは言いませんがねぇ、あなただってあれでしょ?うちの二階でただブラブラしていてもしょうがないでしょ。あなたにその気があるなら話をしますが、どうですかってぇことですよ。あっしの知り合いで日本橋の槇町っていうところで奴湯ってぇいう銭湯をやっているやつがいましてね。そこで奉公人が一人欲しいなんてそう言っているんですが、どうです?行きませんか?」

若「ほゥお、銭湯?湯ゥ屋だな……うふ、それ、お前、女湯もあるかい?」

亭主「そりゃ女湯もありますよ」

若「へへへへ、行こう~。行かせて。」

亭主「気味が悪いなァ、この人は。まぁじゃあ良かった。それじゃね、ここに手紙が書いてあるから、持ってらっしゃい。主人と話は出来ててね、手紙を持ってきゃァすぐわかるようンなってますから。」

若「ああ、そうかい、んじゃま、お世話になったね。オカミさんには随分とブツクサ言われたとはいえ、あたしは全く気にしてませんよ。そのうち、あたしが湯屋を継いだら、四五千万くらいドーンと世話になったってんで持ってきてあげますから、遠慮なくとっておいて。」

亭主「四五千万?」

若「あぁ、そうだとも。遠慮なくとっておいてくれて構わないから、もらった気になって今2千円貸して」

亭主「冗談言っちゃいけません、早くいってらっしゃい」

若「はいはい、行ってきますよ。……とうとう追い出されちゃった。まぁ、いいや。ね。ウチでただブラブラしているよりはたまには表に出たほうがいい心持ちだ。ね。しっかし、ちょっと前までは『若旦那、若旦那』とチヤホヤされていたこのあたしが、まさかお湯屋へ奉公に出されるとはね。お釈迦様でも気がつくめぇ♪あ、奴湯、ここだ。こっちが男湯、んで、こっちが女湯。と。んじゃ」

主人「あ、あ、あ、あーた、あーた、そっち女湯ですよ!!」

若「え?」

主人「女湯です」

若「ェェ……えへ、あたし女湯……好きです」

主人「好きだっていけねえや。こっちに回って。え?手紙を持ってきた?あぁ、そうですか。はい、はい。どれどれ、うん、大熊(だいくま)のところから。あぁ、ちょっとそこで待っててくださいね。返事を出すもんならいま出すからね……ああ、そうか、いやこの間ちょいと話をしたんですよね。奉公人があったら世話ァしてもらいたいってね。え?あなたが奉公してくれる?そいつぁありがたいな。……って、なになに、ほうほう、じゃあ、あなたが大熊の二階にいる、名代の道楽者かい?」

若「名代ってほどのもんじゃないですけどね。あたしゃ、ただ、女の子をたくさん侍らして、くすぐり合いっ子大会か何かで”ちょっと、そんなとこ、触っちゃいやよ”なんて言われるのが好きなだけ」

主人「へんな奴がきたよ、おい。しょうがないね。奉公する気、あるの?」

若「あります!もうね、何でもやりますんで。なんなりと。一つ、よろしくお願いします。」

主人「そうかい。そうだなァ、はじめのうちは外回りでもやってもらおうか」

若「外回り!結構ですね、外回り。外回りてえのは、何でしょ。パリっとしたスーツを着て、札束ァふんだんに懐に詰め込んで、女の子2・3も人連れて、全国各地の温泉宿を回って…湯加減の研究……」

主人「ばかなことを言っちゃァいけない。そんな外回りはないよ。車ァ引ッぱってって普請場へ行ってね、木屑や鉋ッ屑を貰ってくるんだ」

若「ああ、あれですか、外回りてえなあ。あれはよしましょうよ。汚い半纏に汚い股引、汚いツッカケを履いて、汚いホッカムリでしょ。あれは海老蔵はやらない。」

主人「なんだ、色ッぽいことを言ってんなあ。誰かがやらなきゃァ、しょうがないんだよ。それがいけなきゃ、やることはないよ。」

若「そうですか。じゃその番台どうです、番台。見えるでしょ?そこで」

主人「なに?」

若「見えましょ?」

主人「なにが」

若「なァにがなんてしらばッくれて、一と人で見ようと思って。ずるいぞォ!」

主人「なんだよ、しょうがねえなァ、この人は。あ、じゃァこうしましょう。いま、あたしが昼飯を食べてくるからねェ、その間、代りにここィ座ってておくれ」

若「あ、そうですか、それじゃ早速!!」

主人「待ちねえ待ちねえ、いきなり上がっちゃァだめだ。あたしが降りなきゃァ」

若「ああ、そうですか。じゃあ早く降りて降りて。早く!早くぅ!飛び降りて!!」

主人「なんだよぉ、冗談じゃないよったく。じゃ、よろしくお願いしますよ。」

若「へ、どうもすみません。よいしょッ。へへへ、じゃ、まァゆっくり召しあがって……あ、それからちょいとうかがっておきてえんですがねェ、お昼のおかずはなんですか」

主人「そんなことを聞かねえでも」

若「いいえ、そうでない。あとでごちそうになるかと思うと楽しみですから」

主人「お前さんはお惣菜ものは間にあわないよ。ありあわせのもので我慢してもらおう」

若「そうですか。いえ、もう何でも結構です。あ、じゃ面倒ですからねえ、天丼を一つ、そう言ってもらいましょうか」

主人「冗談じゃないよ。とにかく、間違いのないようにしっかり頼むよ」

若「へえへ、どうぞ。ごゆっくり……。……もう帰ってくんな。
ふッ、ありがたいねぇ。お湯屋へ奉公に来て、ハナから番台に座れるとは思わなかったね。ここへ上がってしみじみ見てえと思ったものがある。さて、問題の、女湯はいかがなるや……あれ、なんだ、一と人も入(へえ)ってねえ。驚いたねェ、板の間ァからッぱしゃぎになってやン。なんだよ、面白くも何ともないねぇ。おれはね、おつな年増か何かが流しのところでステーンってんで転ぶところを見たいんだけどね……。
あら!それに引き比べて、男湯のほうは入ってるねェ、こら。馬鹿じゃねぇかあいつら本当に!
昼間ッから男がみがいてどうしようってぇんだなァ……あ~あ~汚えケツ出して洗ってやがんね、おい。毛むくじゃらだよ。あぁ毛はやしてどうしようってぇんだよ。あれがフケツってんだね。こいつら上がったら今日は女湯専門にしちゃおう。
さあ夕方になると女湯も混んできますよ。そのなかで、いまにあたしを見初める女が出てくるよ。どんなのがいいかな。娘はいけないねェ、別れるときに生きるの死ぬのなんてえと、事が面倒になるからね。といってお乳母(んば)さんや子守っ子みたいなのは、こっちのほうでごめんこうむりたいし、主(ぬし)のある女は罪になっていけないし……さァ、そうなるてえとないねェ。おっ、そうだ、芸者衆なんてのはいいね。一流の姐さんになるてえと湯ィ来るんだって一と人じゃァ来ないよ。東下駄の甲の薄いのかなんかはいてねェ、女中の一と人も連れて、カラコンカラコンカラコン、ガラガラガラガラ……。
“へいッいらッしゃいまし。毎度ありがとうございます。新参の番頭で、どうぞよろしく”
なんてえと、番台をちらッと横目で見て、なんにも言わないですーっと隅ィ行っちまう。
“清、ごらん、今度きた番頭さんだよ。ちょいと乙な番頭さんだねェ”
なんて噂話をするね。
“だけどあの人、モテそうだし遊んでそうだわ”
なんて言われるといけないから、たまにゃァお世辞に石鹸の一つでも出して
“どうぞお使いを”
なんて、渡してみようかな。
“まァ、ありがとう。ぜひ私の所へお遊びに”
とくりゃァ、しめたもんだ。遊びに行くにしても、なんかいいきっかけがあればなァ。そうだ、女の家の前を知らずに通る、なあんてのはいいね。
女中さんが格子かなんか拭いてるとこだよ。
“あら、お湯屋の兄さんじゃありませんか”
“おゥ、お宅はこちらでしたか”
“お姐さん、お湯屋の兄さんが……”
奥ィ声をかけるてえと、たまらないね。ふだんから恋焦がれてる男だからものすごいね。奥のほうから泳ぐようにして出てくるよ。
“まァ、よく来てくださいました。さァどうぞお上がりあそばして”
“わざわざ来たわけじゃァございません。”
”いいじゃァありませんの、今日はお休みなんでしょ”
“いえ、そんな”
“いいじゃありませんの”
……女は行かれちゃァ困ると思うから、あたしの手をつかむと放さないね。“まあお上がり遊ばせ”
“いえそのうちに”
“まあお上がり”
“いえまた今度”
“まあお上がり~ィ!”

客「ェえ?いえ、あの番台の野郎だよ。“お上がりお上がり”ッてやんのよ。こっちだと思ったら、そうじゃァねえぜ。手前ェで手前ェの手を引っ張ってやがン。おもしれえから見てようじゃねえか」

若「無理に上げられると、酒・肴の膳が運ばれてくる。
”あなた、おひとつ”
”ありがとうございます”
はて、これ…飲んじゃうとマズイかな。
”あらまぁ、この男は飲兵衛だよ。こういう男は苦労するよ、どーん”
とくるからね。かといって、向こうが飲めてこっちが飲めないと
”まぁ、この人は男のくせに、酒も飲めないとは。野暮な人だよ、どーん”となる。
難しいねぇ、こりゃぁ……。
一口飲んで下へおいて色々話す。
あんまり話をしていると女のほうで言うよ。
”あら、おにいさん。さっきからお喋りばかりして。お酒が進んでいないじゃないの。”
なんて言われるといけないからね。一口飲んで、盃洗の水でゆすいでご返杯。向こうも飲んでゆすいでご返杯。やったり取ったりしているうちに、顔を桜色にしながら俺のことを睨むよ。またそのうち……うふふ、女のほうですごいこと言うよ。
”あら、おにいさん、いま、わたくし、返杯の時にゆすぐのを忘れてしまいましたの。おにいさんの口に、紅がついてしまいましたわ”
その目の艶っぽいこと!!あはははァ弱ったなァ!!!」

客「おい、あの野郎、弱ったッて、おでこたたいてるぜ。ほら、げんちゃん、そこでケツなんか洗ってる場合じゃないよ。面白れぇから見てようじゃねぇか。」

若「あんまり長居もいけないよ。ほどのいいところでおいとましよう。
“たいへんご馳走になりました。ではあたくしこれでおいとまさせていただきます”
……でも、ここで帰っちゃっちゃァまずいね。なにか、帰れなくなる手なァないかなァ……そうだ、雨が降ってくるなんてぇのはいいね。『やらずの雨』」
”あら、あなた、雨ですわ。もう少し遊んでいらっしゃいな。そのうちにやむでしょうから”
これがやまないというやつ。むしろどんどん降るやつでね。そうだ、雷様にもご登場願おうかしら。まずは遠くの方でもってコロコロコロ、コロコロコロなんて鳴っていたやつが、近づいてくるとゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロゴロ!!!

客「なんかまた始まったぞ!大丈夫か、あいつ。」

若「”清や、雷だよ。怖いね。蚊帳釣っておくれ”
女は怖いから蚊帳釣って、中へ入って、私を呼ぶよ。
”あなた、あたし怖いの。どうか、人助けだと思って、お入りあそばせ、お入りあそばせ。”
そしたら、いよいよ、近くに雷様に落としてもらおうかな。
あんまり近くは行けませんよ、あたしも目を回しちゃう。ほどよいところにカリッ!!ガラガラガラガラガラ、ピシーィ……女ァ目ェ回す。清を助けに呼ぼうにも、清は気を利かせて中に入ってこない。しょうがないから中に入って盃洗の水を飲ませようとしても歯を食いしばっているから飲もうとしない。またまたしょうがない、ふふ、口に水を含んで、口から口へと、その、口移しということになる。気がついた女が喜ぶねェ。“雷さまは怖けれど、あたしがためには結びの神……うれしゅうござんす番頭さん”」

客「おい、げんちゃん、げんちゃん、泣いてんのかい?」

客「ぐす……そうじゃねぇ、そうじゃねぇ。あいつの話が長ぇから、シャンプーが目には入ったんだ。」

若旦那の妄想っぷりを前面に出したいですな。
老人の出てこない噺なので、わりと等身大で演れる気がします。

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