『火喰鳥――羽州ぼろ鳶組』はエモい

とにかくエモい。
それでいて飽きない。なんででしょ。

かつて、江戸随一と呼ばれた武家火消がいた。その名は、松永源吾。別名、「火喰鳥」――。しかし、五年前の火事が原因で、今は妻の深雪と貧乏浪人暮らし。そんな彼の元に出羽新庄藩から突然仕官の誘いが。壊滅した藩の火消組織を再建してほしいという。「ぼろ鳶」と揶揄される火消たちを率い、源吾は昔の輝きを取り戻すことができるのか。興奮必至、迫力の時代小説。

落語に親しんでいると時代小説にも抵抗なく入っていけます。これは知られざる良いところ。

めちゃ面白かったです、この本。続きも読みたい
けど、なんででしょ、こんなにエモいのにくどさをあまり感じなかった。
時代だからかな。携帯がないからかな。昔はあったとされる道義のようなものを感じて涙できるのかな。

位置: 145
定火消は若年寄の配下に属し、江戸市中の防火、消火を 司った。旗本、御家人が指揮を執り、 鳶 または 臥煙 と呼ばれる荒くれ者の火消人足を使い、消火活動に奔走する。だが源吾は指揮を執るだけでなく、時には 自ら屋根に上って鳶たちを鼓舞し、また時には燃え盛る家の中に飛び込んで人を救った。瞬く間に火を消し止める手並みの鮮やかさと、鳶が鳥類であることから「火喰鳥」の異名を冠したのである。

落語「家事息子」などにもこの火消しの描写は入ってましてね。良いんだ。だから物語にもスッと入っていける。

位置: 554
「まだあります」
「まだあるのですか――」
ここまでくると松太郎のほうが 可哀想 になってくる。
「口止め料に二両、ここまで来た私の御足代として一両、ここで頂いて帰ります」
「御足代、高っ!」
思わず叫んでしまった新之助をじろりと睨みつけると、深雪は微笑して付け加えた。
「ではお手配のほどよろしくお願い申し上げます」
深雪は三両を 強奪 し、笑顔で帰って行った。
「凄まじい奥方ですね」
新之助は上目遣いで恐る恐る言った。茫然自失の松太郎、数晩は眠れぬ夜を過ごすことになるであろう。

このあたりとかコメディ風でテンポよく、しかし無駄がない。うっとりしますね。読み返してもうっとり。「高っ!」なんてツッコみは現代風なのに、あまりそれが気にならない。

位置: 740
「あんたは今のまんまで十分優しくて、強い男だと思う。だが一つ許せねえことは、母上のためって言い訳して相撲を取り続けていることだ。己が夢を諦めきれねえって、何故言わねえ。堂々と言い切ってみやがれ」
源吾が感情を昂らせたのには訳がある。自身もそうなのである。現場に立たないとはいえ、火消に戻ることに、暮らしのため、妻のためと言い訳しても、どこか己の心が躍っているのを感じている。図星だったのか、寅次郎も顔を 茹蛸 のように赤く染めて反論してきた。
「そうだ! 儂は相撲が好きだ。大関の夢を諦められねえ。でもおっ母の言っていたことを叶えたいって想いも噓じゃねえ。躰ばっかり大きくて他に取柄の無い儂にはこれしかないのだ。腕力は 衰えてない。でも怪我をしてから素早く動けなくなって、組み合うまでに 躱されちまう。好きなことが思うように出来ない気持ちが、あんたに解るのか!」
「解る!」

相撲取りを仲間にするシーン。
誰もが大好きな「もう一度はばたく」やつですね。長いセリフも様になっていてカッコいい。

位置: 2,247
未だ鼻を啜る者、頷いて同調する者様々であるが、皆が注視して見守る。
「我らは江戸を守っているのではなく、江戸に生きる方々をお守り致します。そのために恰好なんて構ってられねえ。みすぼらしくとも、汚らしくとも人を守ってこそ火消……」
いよいよ締めにかかるつもりであろう。間を空けていた彦弥が再び口を開いた。
「皆々様、覚えやすいならばいっそ何と呼んで下すっても構いやせん。襤褸を纏えど心は錦。心意気なら誰にも負けやせん! 御頭、大音声で名乗りをお願い致します!」
屋根の彦弥の目は笑っておらず、敢えてあの名を名乗れと訴えてきている。源吾は白い歯を見せ、凜とした声で言い放った。
「我ら、羽州のぼろ鳶組でござる!」
津波のような歓声が沸き起こり、熱気は天を貫かんばかりである。

名乗りというのはここまで盛り上がるもんか。
現場の熱狂が瞼の裏に浮かぶようです。筆に力があるなぁと素直に感服。

しかし時代小説には独特のエモさというか気持ちよさがありますね。浪花節なのかな。現代を舞台にされるとちょっと照れちゃうようなあらすじでも、スッと入ってくる。いいもんだ。

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