落語『片棒』 文字起こし

談笑師匠の『片棒・改』なんて最高なんですが、あれは談笑師匠しか出来ないでしょうね。

 江戸の時分に、赤螺屋吝兵衛さんという、筋金入りの吝嗇、つまりケチがおりまして、御年70になったある日のことでございます
「お父っつぁん、なんかご用でございますか?」
「まあ、三人ともこっちへ来て、少し相談事があるから、そこへ坐んな。……じつは、おまえたちを呼んだのは、ほかでもない……」
「へえへえ、お父っつぁん、なんでげすな」
「金太郎、なんだい、そのなんでげすと言うのは、ほんとうに呆れるな。商人の伜は商人らしくものを言いなさい。改めていうまでもないが、おれは無一文から爪に火を点すようにして、これだけの身代を拵えた。しかしあたしももう70だ。やがては、この世とおさらばしなければならないだろう」
「ようよう、待ってました」
「なんだ、なにを待ってたんだ。ばか野郎」
「へえ」
「ところで、そうなった後の、この身代を順にいけば長男の金太郎、おまえに譲るのが当たりまえだ。しかし、おまえがたの了見がいまひとつわからないから、この際だ、三人の心持ちをいろいろ聞いて、わたしの眼鏡に叶う者に、この身代を譲ることにしようと思う。そこでまず金太郎、おまえが長男だから訊こうじゃないか。おまえの言うところが「道理だ、これだけの身上を与えても大丈夫だ」と思えば、おまえに跡を譲る。もしおまえの言うことが気に入らなければ、銀次郎にやるか、鉄三郎にやるかわからないが、それに対してけっしておまえは文句を言ってはならんぞ」
「へえ、なんでもお聞きください」
「では金太郎、おれが死んだら、その葬式はどういうぐあいに出すか。それを聞きたい」
「へえへえ、さすがはお父っつぁん、伜を呼んで葬式のご相談などは恐れ入ります。いいお覚悟でゲスなぁ。わたしはどうも世間一般の葬式が気に入りません。ばかにハイカラがかったものもいけないし、そうかと言って旧式なのも感心しません。あたしは、ひとつ模範的な葬式を出したいと思います」
「どんな?」
「そりゃあもう、派手にやりますよ。ええ、あの家からあんな弔いをだしたなんていわれて後で世間の者に後ろ指をさされるなんてえことになったら、あたくし悔しゅうございますので、ごく、あの、盛大にやりたいと思っておりますが。」
「うーん、盛大にかい?別におとっつぁんはそういうのは要らないよ。」
「いーえ、そうじゃあございません。手前どもでやるわけですから、あたくしはごく豪華にやりたいと思います。ですから、まず、お通夜でございますがな、手前どもは大勢様とおつきあいをしておりますので、とても一晩では入りきれませんので、二晩やりたいと思っております。で、あくる日が仮葬儀、おって本葬儀ということにしようと思っております。で、手前どものお寺は狭くございますので、あたくしはどっか別の大きなところを借りたいと思っています。増上寺であるとか本願寺であるとか。いえ、立派にやるためにはこれくらいは仕方がありません。それから、お坊さんも二十二・三人ぐらいは必要です。両側に10人づつ並んでいただきまして真ん中に住職、それに介添えが必要になりますので、二十二・三人という勘定になりますな。それから、あの、お弔いがずっと行列になりますので、お寺に着く頃にはお昼時分になりますので、あたくしは皆さんにお料理を出そうと思っておりますが」
「おい、ちいと待ちなさいよ、弔いですよ?お弁当がつくのかい?普通なら盛菓子で十分だろう」
「いえ、おとっつぁん、どうかそういうことは気になさらないほうがよろしゅうございます。で、ずーっとみなさんが付く前にお料理を並べておきましてね。中にはお酒を召し上がる方がいらっしゃいますが、まさか徳利で出すというわけにもいきませんので、あたくしは土瓶の中にお酒を入れまして、赤い勧進織りなんかを括り付けて、それを般若湯の目印にしたいと思っております。ただ、ああいう席ですと妙に畏まってしまいましてあまり召し上がらない方がいらっしゃいます。とりわけご婦人などは恥ずかしいとおっしゃってまるで箸をおつけにならない。それではもったいないと思いますので、あたくしはそういう方たちのために、お土産をつけようと思います。
「土産も出すのかい」
「ええ、そりゃあもぅ、おとっつぁんの弔いに行って、行ったは良いけれども腹が空いてしょうがなかったなんてぇことを言われたのをあとで聞いた日には悔しくてしょうがありませんから。そのお土産なんですが、よくある折のお料理なんてのはいけません。あたくしはやはり、お重にしたいと思います。黒の本塗りにいたしまして、そこにこの手前どもの紋を金で散りばめたいと思いますな。黒に金というのは映りがよろしゅうございますから。一番下がご飯物、二段目が煮染め、一番上はお菓子でございます。このお菓子も極上等なものを選りすぐって入れまして、これをちりめんの風呂敷でしっかりくくって、座布団の間、間へとおいておきましてな。その上に封筒をおいて、上に車代と書きまして」
「おいおいおい、ちょっと待ちなさいよ、お土産までは我慢して聞いていましたがね、なんだいその車代というのは」
「せっかくおとっつぁんの見送りに来ていただいたんですから、それくらいのものを出さないと。どうせのことですから盛大にやりたいんでございます。後で何か言われたら本当に悔しゅうございますから」
「誰も後でどうとも言いやしないよ。どうでもいいけど大層なかかりになりそうだが、どれくらい見積もっているんだ」
「そうですねぇ、親戚・知人・お得意様・お付き合いのある方々、ざっと見積もって2000人くらいはお見えになるんではないかと思っておりますが。それから香典返しでございますが、これはお茶だとか海苔だとかだとありきたりでつまりませんから、舶来の金時計か何かに」
「あっちへ行けっーーー!!!なんだと思ってやがるんだ、まったく、人の金だと思って。……ああ、とんだやつだ。食うものも食わずに貯めた金が、葬式のためにパーになっちまう。あァー、目が回ってきた。こっちが息をひきとりそうになった、ほんとうに。……これ、銀次郎、ここへ来な、おまえはどういう考えだ? わたしの葬式をどういうふうに出してくれる?」
「お父っつぁん、オレはねぇ、アニキとは違うんでぇ!」
「おまえぇ、ちょっとここに来て座りなさい。お前は商人の倅ですよ。どうしてそんな言葉遣いをするんだ。どうもお前は口の利き方がいけぞんざいでいけない。」
「あっしはねぇ、アニキの話は好きませんよ。冗談じゃあねぇや、通夜を二晩やるって!?何を言ってるでぇ、あんなもんは一晩でじゅうぶんだ。」
「そうだ、なぁ、物入りのあとまた物入りだ。一晩で結構だ。」
「それにね、仮葬儀のあと、本葬儀だって?冗談じゃあねぇや。おとっつぁんだってあれだろ?死んだあとにこれをやれ、あれをやれ、じゃせわしなくって仕方ないでしょ?まったく、人の気持ちがわからねぇんだから、アニキは。あんなもんは、一遍やりゃあ十分だろ?」
「あぁ、そうだ。お前はだいぶ、見込みがあるな。続けてごらん」
「そこだよ、おとっつぁん、ただそんじょそこらにある弔いじゃあ、つまらねぇだろうってぇのは同意だね。あっしはね、やるからにはねぇ、古今未曾有な、破天荒な、歴史に残る弔いをやろうと、こう思いますよ」
「なんだか不安になってきたな。」
「ずばりね、色っぽい弔いだぁね。まずね、軒ンところに紅白の幕をずーっと引いてもらってね。」
「おい、弔いだよ?紅白というのは可笑しくはないかい」
「まぁまぁ黙って聞いてくんねぇ、でね。あっしはね、威勢がいいのが好きなんでね。まず第一に、紋付き袴なんてぇのは好きませんよ。あっしはね、各区の棟梁に出てもらって、一番手は”木遣り”と行きたいね」
「なんだいその、きやり、というのは」
「そう!ね、赤筋に半纏をきた頭集が出てきて、そのあとに芸者衆に手古舞が続くんだよ。」
「芸者?芸者衆まで出てくるのかい?」
「そりゃそうだよおとっつぁん、色っぽいと言えば女っ気、女っ気といえば芸者は欠かせない。新橋・柳橋・芳町、このあたりのそっぽのいいのを5,60人集めてさ、おとっつぁんの前だがね、手古舞の姿というのは随分と乙なもんですよ。男髷でもってね、それから金糸銀糸でもって刺繍をした着物を肩ぬぎして、繻子のたっつけ袴に草鞋履き、いちりん牡丹をさして菅笠をはすっかいに、
「しゃーんこーん、しゃーんこーん、しゃーしゃーこーんこーん」
なんてぇね。このあとにおとっつぁん、山車が出るんだよ!!」
「おいおい、いいかげんにしなさい、なんだい、山車てえのは。」
「これだよ、おとっつぁん。並の山車じゃあつまらない。ね、加藤清正とかね、福島正則なんてぇのはありきたりだ。あっしはね、おとっつぁん、職人に頼んで、おとっつぁんの人形をこしらえてもらおうと思うよ。ここんところのホクロからね、眉間にしわを寄せた表情まで、みんなに「なるほど、これはあの家の主に違いない」と思わせるような、そんな人形をこしらえてもらうんだ。そんでね、前掛け姿で左手にそろばん。動いてくうちに、「あれ、勘定が合わないな」というのを、ぜんまいじかけで首をこう、傾けてもらう」
「おいおい、もういいよ、なんだいそりゃ、つまらないことをして」
「それからね、おとっつぁんの前だがね、山車なんてぇのは囃子がよくなきゃいけねぇよ。だからね、神田囃子の腕っこきを7人ばかし、揃いの半纏、腹掛け、股引でね。うちを出るときから屋台の打ち込みってぇやつでね、これがまた乙なもんだ。
「てけてん、てん、てん、てん、てん、すけてんてん、すけてんてん、ちひーり、ちひーり、ぴり、てん、てん、てん、どど、てけてん、どど、ちひひゃいとろおひゃりやり、おひゅひゃっちりひゃいとろろ、ひゃいとろひゃいとろおひゃりやり、ちかちゃんちゃん、ちかちゃんちゃん……」
ってね。これが通りに出てくるとまたガラッと囃子が変わるんだ。
「おひゅーぅ、ひゃらりー、ちひり、ひゃらりー、ちひり、ひゃいといひゅー」
ってんでね。そんで、あとからお神輿が出ます」
「おいおいおい、お祭りじゃあないんだ、お神輿まで出るのかい?」
「ええ、その中にお父っつぁんのお骨を納めて担ぐってやつさ。隣町の若え連中に奪られちゃァ大変だからってんで」
「誰が取るんだ、そんなもの」
「それを町内の若い衆が揃いの浴衣で尻っぱしょりして、、向こう鉢巻で威勢よく、
「そーれ、わっしょいわっしょい、わっしょい……、わっしょい……」
ここで囃子も変わるんだ。「投げやり」ってやつね。
「テンスクスクスクテンスクテン、テンスクスクスクスケテンテン、テンテンスクスクテンスケテン!!!」
「おいおいおい、いつまでやってるんだ。どういうつもりだ。」
「ここまでです。四つ角まで来ますと、ぴたーっと止まって、周りには全員集合だ、ね。赤筋の半纏の頭連中、芸者衆の手古舞、山車、神輿。まことにおとっつぁんの前だが壮観なもんですよ。ここでチョーンと拍子木が入って、羽織袴の親戚総代が出て来て、弔文を読み上げます。『弔辞、それ、つらつらおもんみるに、生者必滅、会者定離とは言いながら、たれか天寿の長からんことを、願わざるものあらんや。ここに本町二丁目、赤螺屋吝兵衛君、春秋七十歳になりしが、平素粗食に甘んじ、勤倹を旨とし、ただ預金額の増加を唯一の娯楽となしおられしが、栄養失調の結果、不幸、病魔の冒すところとなり、遂にあの世のお客となり、いままた山車の人形となる。ああ、人生面白きかな、また愉快なり……』」
「向こう行けー!!こんちきしょう。呆れけえったやつだ。葬式だか祭りだかわかりゃァしねえ。上の二人があれじゃァ……これ鉄三郎、こっちへおいで、こんどはおまえの番だ。おまえも聞いていた通り、兄貴二人はとんでもない心得ちがいなやつらだが、おまえはふだんから見所があると思っている。まさかあたしの葬式をそんなふうにはしないだろうね」
「へえ、おっしゃる通り、兄さんがたは正気でおっしゃってるとは思われません。じつに嘆かわしいことでございます」
「そうだとも、おまえはどういう考えだな?」
「それにつきまして、なんでございます……お父っつぁんのお亡くなりになった後のことなどは、子として申し上げるべきことではございませんが、思いめぐらしてみますれば、だれしも人間、一遍は死ぬものでございます。ただ、仏の教えでは、死というものはあくまで元に帰ることのようです。ですから葬式というものは、はなはだ形式的なものにすぎません。したがって、なにもそんなに立派にする必要はないと存じます」
「そうだ、それでよい」
「いっそ、お茶、お酒、せんべい、その他諸々の経費のかかるものは、みーんな仏の遺言ということにして、省略するつもりです。」
「そうだ、そのほうがいい。いや、一番おまえが見込みがあるな、」
「それから、お通夜はひと晩にいたします」
「そうだ、ひと晩でも余計にやればそれだけ入費がかかる」
「あくる朝、すぐに葬式を出してしまいます」
「うんうん、仮葬だ、本葬だと、二重の手間がはぶけていいや」
「出棺は、午前十一時ということで発表いたします」
「お昼にかかりゃァしないかい?」
「ですから、十一時と言っておいて、八時に出してしまうんです」
「そんなことをしたら、昼にはかからねえが、みんな無駄足をするだろう?」
「ええ、みんな間に合いません。たとえ何人でも会葬者が来れば、菓子などを出さなければなりませんから、そんな出費は省く。それでいて来て頂いたからには香典を素早く回収して、と思っております。」
「なるほど、えらいな、おまえは。おまえを生んどいてよかった」
「寺のほうは、十円五十銭くらいで引き取って貰います」
「寺でぐずぐず言うだろう」
「ぐずぐず言ったら、外の寺へ持って行きます」
「葬式の競争入札は驚いたが、まァそれもいいだろう。」
「それから棺桶でございますが、ああいうものは葬儀社へ頼みますと、大変にお金がかかりますし、第一新しい木を焼いてしまうのもまことにもったいない話です。で、わたくしは物置きにある菜漬の樽で間に合わせようと思います。少々窮屈でございますが、どうかそれでご勘弁を願いたいものでございます」
「菜漬の樽?……いいとも、身代のためだ。我慢するよ、なあ。死んだあとだから臭いだってわかりゃァしねえや。どうせ使うなら、なるべく古い樽にしとくれよ。もったいないから……」
「それで中へ抹香などを入れますと、買わなければなりませんから、鉋屑で我慢をしていただきたいもんで……」
「へーえ、瀬戸物の荷造りだね、まるで……ああ、いいとも、なにごとも家のためだから我慢しよう。それから?」
「蓋をして、荒縄を十文字にかけまして、天秤棒を通して差し荷い(さしにない)にします」
「うんうん、なるほど安くあがる。それを人足に担がせるのか?」
「いいえ、人足を頼みますと、日当を払わなければなりませんから、片方はわたしが棒を担ぎます。問題はもう片方なんです。」
「なあに心配するな、片棒はおれが担ぐ」

銀次郎が難しい。あのノリというのはどうやって出すのでしょう。
文字起こしをしながら、頭を抱えます。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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