柞刈湯葉著『横浜駅SF』感想 程よくソフトSF

短編集に続いて、柞刈湯葉先生。この人のSFは評判がいい。

絶え間ない改築の続く横浜駅がついに自己増殖の能力を獲得し、膨張を開始して数百年後の日本。本州の99%は横浜駅で覆われ、SUICA を所有する人間が住み自動改札による徹底した監視下にあるエキナカの社会と、それ以外の僅かな土地に追いやられた人間の社会に分けられていた。青函トンネルでは、増殖を続ける横浜駅とJR北海道との終わりの見えない防衛戦が続いていた。非 SUICA 住民達の住む岬で暮らしていた三島ヒロトは、古代地層から発掘された「18きっぷ」を手に、五日間限定での横浜駅への侵入を果たすが…

随所にSFへの愛が散りばめられていて、青々しい。増殖し続ける横浜駅が日本列島を覆う、というB級ぽい設定を真面目にSFしているのが面白い。

4.あるいは駅でいっぱいの海

位置: 1,362
「ルイス船長の心肺停止が確認されたため、規定に基づき 貴方 が繰り上がりで船長となります。テイラー船長、よろしくお願いします」

元ネタが分からない。映画『オデッセイ』のルイス船長?そしてテイラー船長は『猿の惑星』?

ちなみにこの章題も面白いよね。まだ『牡蠣でいっぱいの海』読めていないんだよなー。Kindle版がまだ出版されていないので。kindle版はよ。

位置: 1,379
実際の滅亡は想像よりも 遥かにしつこく、嫌らしく、粘っこい。数百年にわたる冬戦争でじっくり文明を焦がし尽くした後に現れたのは、人間の手を離れ増殖する建築物と、それを海峡で何十年にも渡って食い止める人間たちだった。

ヒリヒリする世界観。確かに「粘っこい」という表現が適切かもしれない。そんな気にさせてくれる。

位置: 1,850
スイカネットというものは、戦時中の領土みたいに獲得とか掌握とかいった概念があると聞いている。横浜駅の東日本側で最も多くのノードを掌握しているのがJR北日本だ。そして西側で支配を拡大していたのが、キセル同盟と呼ばれる謎の組織だ。だがそれも四年ほど前に消滅して、それ以来 音沙汰 がない。関西に本拠地があったらしいが、詳しいことは分からない。

この栄枯盛衰感。

ちなみに脱出のときにリニア使うの、すごく予想外で良かった。かつては開通していたんだろうな。実際にはどうだろうね。まだずいぶん揉めているけど。

6.改札器官

位置: 3,295
太陽光も雨も届かず、気温変動の少ない横浜駅層状構造の下でも、気圧だけは律儀に自然界の法則に合わせて動いているのだ。

この手の「この状況でも確かに自然界の法則は動いている」系の設定、好きなんだよなー。

エピローグ

位置: 3,479
冬戦争末期にはほとんど人の住めない場所となった東ユーラシア沿岸部だが、その後の数世紀で土壌がどこまで回復したのかは、信頼に足るデータが無い。既に内陸からの民族大移動が始まっているという 噂 もあった。日本列島からの移住が行われるとなれば、早い段階でのイニシアチブ確立が必要なはずだった。だがJR福岡は、大陸への興味を持つことを「住民を横浜駅の侵食から保護する使命」からの逃避とみなして嫌悪していた。
制度疲労。上層部のこの態度に対する大隈の感想はその一言だった。我々は長い間横浜駅と戦っている間に、その単一目的に最適化された組織へと変質し、それ以外の視点を失っているように感じられた。いずれ横浜駅が完全に崩壊すれば、この組織はその存在理由を見失って共に滅びるのではないか。

また、この手の「世界が変革されても、人間はどこまでいってもマウントの取り合いをしていた」的なアポカリプス味も好きだなぁ。

あとがき

位置: 3,501
横浜駅は大正四年にこの惑星に誕生して以来、百年以上に渡り一度たりとも工事が終わったことが無い。このため世間では「横浜駅は永遠に完成しない日本のサグラダ・ファミリアだ」と 揶揄 的に言われている。

この指摘がまず面白すぎるよね。

位置: 3,515
イリヤ・プリゴジン(1917~2003)はこのように物質やエネルギーが絶えず流入・流出を続けることで全体の秩序が保たれる状態を「散逸構造」と呼び、その理論によって1977年のノーベル賞を受賞している。この考え方は科学思想にきわめて大きな影響を与えた。本作はそのような思想の潮流の上に存在するSF小説である。

素晴らしいあとがき。そうなんだー。

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