『ヴェニスの商人』感想2 今読んでも全然面白いじゃん

翻訳もいいんだろうな。全然違和感ない。

位置: 1,029
大枚の 儲けを邪魔しやがって、わしが損をしたといっては 嘲笑い、得したといっては 嘲り、われらユダヤの民を 嘲弄 し、わしの商売を 妨げ、わしの友情には水を差し、 仇 の憎しみは 煽り立て──何のためだ? ただ、わしがユダヤ人だからという、ただそれだけのため。 ユダヤ人には、目がないのか。ユダヤ人には、手がないのか。胃も腸も、肝臓も腎臓もないというのか。四肢五体も、感覚も、感情も、激情もないというのか。同じ物を食い、同じ刃物で傷つき、同じ 病 いで苦しみ、同じ手当てで治り、夏は暑いと感じず、冬も寒さを覚えないとでもいうのか。何もかにも、キリスト教徒とそっくり同じではないか。

ここの部分は人権教育とかでも持ち出された気がします。確かにグッと来る場面。強欲というのはそんなにも深い罪なのか、ってね。落語でいうと『五貫裁き』だな。

位置: 1,295
だが、本当なのか、サレリオ。本当に、彼の持ち船がことごとく、海の 藻屑 と消えたのか? たった一隻も、助かってはいないのか? レバノンのトリポリからも、メキシコからも、イングランド、リスボン、それに、北アフリカや西インド諸島からも、ただ一隻の船さえ帰ってはこず、貿易商を破産させる、あの恐ろしい岩礁の牙を逃れることはできなかったというのか?

本当にギャンブル感覚なんですね、当時の貿易商って。ギャンブルと堅実な強欲、どっちが罪か、現代人のあたくしにはよくわかりません。

位置: 1,546
ただ、昔からアントニオにたいして、積もり積もった憎しみを抱き、動かしがたい嫌悪の念を抱きつづけてきたというだけ。だからこそ、この男にたいして、こんな、得にもならぬ訴えを起こしているというだけのこと。これで、お答えになりましたわな。
バサーニオ  そんなものが答えになるか、この情なしめ。そんなことで、貴様のこの残忍なやり口の言い訳になんぞなるものか。
シャイロック  あんたの気に入る答えなど、する義務はない。
バサーニオ  人間、憎けりゃ誰でも殺していいのか。
シャイロック  人間、憎けりゃ誰でも殺したくなる。違うか?
バサーニオ  一度でもいやな目を見りゃ、二度と怨みは忘れないというのか。
シャイロック  一度でもマムシに嚙まれて、二度まで嚙ませる馬鹿がどこにいる。
アントニオ  頼む、バサーニオ、もうやめてくれ。相手はユダヤ人、議論などして何になる。それくらいなら渚に立ち、満ちてくる潮にむかって、引いてくれと頼むほうがまだ まし だろう。

この問答のリズミカルな感じといい、なんともいえずうっとりしますね。
シャイロックはいちいち、間違ってない。そこが強欲でいい。間違ったことしてないのよ。大工調べの大家と一緒。やり方があまりにアコギなだけ。しかしそれは大いに反感を買うという。庶民感情ほど怖いものはないね。

位置: 1,569
シャイロック  私が、お裁きを恐れねばならんわけでもございましょうか? 私、何の悪事も働いてはおりませんぞ。あなたがた、金で買い取った奴隷を、大勢使っていらっしゃる。ロバか、犬かなんぞのように、つらい、卑しい仕事に、こき使っていらっしゃる。なぜといって、金で買ったものでございますからな。が、それならば、申しましょうか? 「やつらを、自由の身にしておやんなさいまし。御自身のお子様たちと結婚させて、財産も何も譲っておやんなさいましよ。何でやつらに重荷を背負わせ、汗水たらす目にお会わせになるのか。やつらの寝床も、あなたがたの寝床と同様、柔らかくしておやんなさいませな。食う物にしたって、御主人様がたとおんなじ御馳走を味わわせてやって、なぜいけません?」皆様がた、お答えになりましょうな。「奴隷はおれたちの物、金を出して買った物だ」。それなら手前も、同じお答えを致しましょう。手前の要求しております、この男の肉一ポンドも、大金はたいて買った物だ、こりゃ、おれの物だ、だからほしいといっておるんだ。もしそれがならんというなら、あんたらの法律なんぞくそ食らえ。ヴェニスの法律なんぞ、何の力もありゃしねえんだ。さあ、判決を! お答えは? 答えはいただけるんでしょうな。

奴隷を使ってギャンブルして儲けている商人と、強欲な金貸し。ほんと、どっちもどっちだ。しかしシェイクスピアには商人に対する批判的な意図はあったのかしら。ないのかな。

位置: 1,665
バサーニオ  いいえ、ございます。ほれ、ここに、彼に代って、私が返済を申し出ております、元金を二倍にしてでも。それでも足りぬというのなら、十倍にしてでも支払いましょう、その抵当には、私のこの両の手を、この首を、いえ、私の心臓を差し出してもいい。

大げさなんだけど、それが嫌味じゃない。舞台だからかな。

位置: 1,714
奥さんに、くれぐれも、よろしくな。話してあげてくれ、アントニオがどのようにして死を遂げたか、いかにバサーニオを愛していたか、ありのままに伝えてくれ。そして、話し終えたら、 訊ねてみてくれ、バサーニオには、はたして真実の友がいたかどうか。君が友を失ったことを、いささかでも悲しんでくれさえすれば、その友は、こうして君の債務を支払うことを、いささかも悲しみはせぬ。

今際の際の格好良さね。落語『しじみ売り』の親分みたいだ。
やはり去り際の美学というのが、東西問わずありますな。

位置: 1,788
アントニオ  もし許されますなら、大公、それに法廷の皆様、国庫に没収されるべき彼の財産の半分は、どうか、免除してやってくださるならば、幸せに存じます。私にとの仰せの残る半分については、しばらく私の手許に預かり、つい先ごろ、この男の娘と駆け落ちしたある青年に、この男の死後、与えることをお許し願いとう存じます。ただ、それに加えて、条件を二つばかり。第一は、こうして財産没収を許される代りに、この者が、ただちにキリスト教徒に改宗すること。第二に、ただいまこの法廷において、財産譲渡の証書を作成し、この男の死後、遺産はすべて娘のジェシカ、並びにその夫ロレンゾに譲ることを誓うこと、この二つでございます。

そして改宗まで迫る。そんなことあっていいのか?
しかし横暴だよ。いくら強欲だからって。詐欺をしたわけでもないのにね。

しかしそれだけ、シャイロックには感情をもっていかれる。強いキャラクターだよ。バサーニオやアントニオの名前は残らなくても、シャイロックといえばピンとくるもんね。

位置: 1,872
ロレンゾ  月の光が美しい。こんな夜、かぐわしい 微風 が木々の梢にやさしくキスし、木の葉もざわめきひとつ立てぬ、こんな夜。そう、きっと、こんな夜だったに違いない。トロイラスがただ一人、トロイの城壁に立ちつくし、はるかに望むギリシャ軍の陣営の、天幕のひとつに眠るクレシダのことを恋い焦がれて、その切ない胸の思いを、溜息に託して送った夜は。
ジェシカ  そう、そして、きっとこんな夜だったのね。あのシスビーが、怖さに胸を震わせながら夜露を踏みしめ、愛するピラマスを求めてさまよったのは。けれどライオンの影におびえて、シスビーは、マントを落として逃げ帰った。
ロレンゾ  そう、そして、きっとこんな夜のことだったんだ。あのカルタゴの女王ダイドーが、手には柳の枝をかざし、荒海の岸辺に立って、去って行った恋人のアイネイアスに、どうか帰って来てくれと、涙ながらにさし招きつづけていたのも。
ジェシカ  そう、そして、こんな夜、メディアは魔法の草を 摘み集め、年老いたアイソンに今一度、若々しい命を取り戻させたのよね。

教養合戦、引用合戦。鼻につくところも少しはあれど、まぁ、それも「シェイクスピアだし」と流せる。これが古典の怖いところだ。

位置: 2,009
ポーシャ  それはあなたがよくないわ、はっきりいって。奥さんが初めてくれた贈り物を、そんなに手軽に手放してしまうなんて。それも、さんざ誓いを立てて指にはめた物なんでしょ? 愛の真心で、いわばあなたの体の一部になってしまった物じゃありませんか。実はね、この私も、主人に指環をあげたんです。そして、けっして指から外しはしないと、しっかり誓ってもらったんです。そう、ここにいるこの人に。私、信じて疑いません。この人、あの指環、まさか誰かにあげるなんて、そんなこと、絶対にするわけがない。

この内心ニヤニヤする感じね。ほんと、性格悪い。しかし、面白い。
人の性格が悪いところを見るの、大好きです。

位置: 2,334
つまりシェイクスピアは、家族に劣らず──というより、むしろ家族以上に親密な関係にあった劇団員の一人一人に、それぞれ演じ 甲斐 のある面白い役、観客の共感を得るに足る魅力的な人物を、できるだけ多く、多様に用意することが、座付の作者として当然の務めだと感じていたのではないのだろうか。

座長・シェイクスピアの苦悩ね。だから余計なまでにキャラクターが立っているんだ。ロレンゾとかそこまでキャラ立たせなくてもいいもんね。

位置: 2,344
1592年から94年にかけて、当時としても異例の長期間ペストが流行し、ロンドンの劇場がすべて上演禁止となり、劇団の大規模な離合集散が行なわれて、結局、フィリップ・ヘンズロウという興行主の経営する「海軍大臣一座」と、シェイクスピアの所属した「宮内大臣一座」とが、演劇界をリードする二大劇団として成立し、以後、おたがいライバルとなって永く競合してゆくことになったのだが、実はこの二つの劇団は、その特質というか、カルチャーを、大いに異にしていた。

今と似たような状況だな。しかし座の名前が秀逸。The King’s menの訳ね。宮内大臣一座、ってどっかで使えるな。面白い名前。

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