『わたしを離さないで』感想_2 独特の雰囲気だね

提供、とか、ポシブル、とか。
単語に妙な説得力がある気がしませんか。

位置: 3,395
わたしはトミーを見ました。胸のむしゃくしゃがたちまち晴れていくような気がしました。「知らなかった。ありがとう、トミー」
「役に立てなかった。ほんとに見つけてやりたかったんだけどな。で、これはもう出てきそうにないなって思ったとき、自分に約束した。いつかノーフォークに行って、キャスのために見つけるぞ」
「イギリスのロストコーナーか」わたしはそう言って、辺りを見回しました。「そして、いまここにいる」

ちょっと感動的なんですよね、ここ。
小さな伝聞を頼りに、意気投合する男女。人間って脆い。

位置: 3,427
いま、あのときのことを思い出すと、胸に暖かさと懐かしさが込み上げてきます。小さな裏通りにトミーと一緒に立ち、これからテープ探しを始めようとしたあの瞬間、突然、世界の手触りが優しくなりました。一時間もの待ち時間に、あれ以上の過ごし方があったでしょうか。

ほんと、人生って儚い。
人生のハイライトがテープ探し、じゃねぇ。

しかし、どうにも感情を揺さぶられる。

位置: 3,446
そして、もちろん見つけました。ほかのことを考えながらカセットケースを一つ一つ手に取っていったとき、突然、指の下にそれがありました。タバコを手に、バーテンにちょっと媚を売っているジュディ、背景には焦点のぼやけた椰子の木……ヘールシャムで持っていたカセットと寸分違いませんでした。
それまで、珍しいものがあるたびに歓声をあげていたわたしが、なぜかそのときだけは声が出ませんでした。嬉しいのかどうかもわからず、プラスチックケースを見つめたまま立ちすくみました。何かの間違いであってほしい、とさえ思いました。テープ探しという口実があったからこそ、この楽しい時間があります。見つけてしまっては、それももう終わりではありませんか。

キャスもかわいいね。

位置: 3,466
「トミー、あまり喜んでくれてないみたいね」と、冗談めかした口調で言ってみました。
「いや、嬉しい。君のために嬉しいよ。ただ、おれが見つけたかった」そして、ちょっと笑って、こうつづけました。「昔さ、君がそれをなくした頃な、いろんなことをよく想像した。おれが探し出して、君のところへ持っていくんだ。そのとき君が何て言うだろうとか、どんな顔をするだろうとか、いろいろとな」

そしてトミーもかわいい。

位置: 3,503
「たとえば、展示館さ」トミーの声が低くなり、わたしは寄り添うように近づきました。ヘールシャムのお昼の行列や池の端での立ち話を思い出しました。「あれはとうとうわからずじまいだった。展示館の理由も、なぜマダムが出来のいい作品だけを持っていくのかも。けど、いまはわかる気がする。キャス、交換切符のことで揉めたのを覚えてるだろ? マダムに作品を持っていかれた連中が、交換切符での埋め合わせを要求して、ロイ・Jが代表でエミリ先生に会いにいった。あのとき、エミリ先生があることを言った。たぶん、うっかり漏らしたんだと思う。それがずっと心に引っかかってた」

与えられたごく限られた情報から、世界を読み解こうとする。
天才が出てくるドラマじゃそれでも当たっちゃうけど、ここでは見当違いの推理が野放しになります。そのへん、妙にリアルで悲しくなる。

位置: 3,514
「先生がロイに言ったこと、うっかり口を滑らせたこと、おそらく言うつもりじゃなくて言ってしまったこと。覚えてるか、キャス? 先生はロイにこう言った。絵も、詩も、そういうものはすべて、作った人の内部をさらけ出す……そう言った。作った人の魂を見せる、って」

間違ってるよ!って言いたい。
けど、どうにも出来ない。ただ儚いなぁ。

位置: 3,642
「キャス、わかってると思うけど、あのボイラー小屋でのことな、おれは誰にも言ってない。ルースにも、誰にもだ。ただ、わからん。なんでポルノ雑誌なのかがわからん」
「いいわ。じゃ、話してあげる。聞いたからって、わかる保証はないけど、でも、聞きたければ聞いておいて。ときどきね……ときどき、とってもセックスがしたくなるときがあるの。突然、強烈にしたくなって、一、二時間は自分でも怖いくらい。誰もいなかったら、あのケファーズさんとだってしかねない。それほどひどいの。

そういうことだったのか!衝撃ですよね、ここ。

淫乱なら、ポルノグラフティに出るかもしれない!ってか。
悲しく間抜けだけど、妙に揺さぶられる。

親を探す気持ちってのはそれほど深いものなんだな。

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