『わたしを離さないで』感想_1 独特の雰囲気だね

ノーベル文学賞受賞者・カズオ・イシグロ氏の作品を読もうと思いまして。

いや、たしかにこれは面白い。雰囲気があるね。独特。
よくこんなん書けるな。

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく

作り込みがすごいね。多分めちゃめちゃ背景考えてんだろうな。物語の奥行きがあって、「あえて」書いていないことが多そう。その我慢、すごい。

位置: 1,042
ごっこ遊びなどすぐに飽きて当然なのに、なぜあれだけつづいたのか──ルースが熱心だったから、と言って片づけるのは簡単です。確かに、ルースにとって親衛隊は重要でした。ルースこそ誰よりも早くから誘拐計画の存在に気づいていた人物で、それを権威の 拠り所にしていましたから。わたしたち新参者が入隊するはるか以前に本物の証拠を手に入れていた、あるいは隊員にさえまだ明かしていない事実がある……そうほのめかすだけで、グループ全体の意思を思いどおりに引っ張っていくことができました。たとえば、誰かの除名が望ましいと提案し、反対されそうな気配を感じたときは、顔を曇らせて、親衛隊結成「以前のこと」を何か一言ぽつんと言えばすみます。そんな親衛隊ですから、ルースが隊長でいつづけたがったことは確かですが、たぶん、それだけではありません。ルースの近くにいたわたしたちも、架空の陰謀説をできるだけ支え、長つづきさせようと、それぞれの役割を積極的に果たしていたのだと思います。

巷で流行る陰謀説も、結局、メンバーがそれぞれの役割を果たして成り立っているんだよね。
ルースのガキ大将ぷり。ちょっと知的。

位置: 1,213
わたしは雨に向かってそう言ったあと、ちらりとルースを見てショックを受けました。わたしは何を期待していたのでしょうか。それまでの一カ月間、ありとあらゆる空想や妄想を描きながら、実際にいま起こりつつあるような状況になったらどうするか、一度も考えたことがありませんでした。目の前に取り乱したルースがいます。今度ばかりは一言も発せず、涙をこぼしそうにして、そっぽを向いています。わたしは、なんということをしたのでしょうか。あれだけの努力をして、計画を立てて、それは何のため? 最も 近しい友人を苦しめるため? 確かに、ルースは筆入れのことで嘘をつきました。でも、だからどうだというのでしょう。あの保護官やこの保護官がわたしのためだけに規則を曲げ、何か特別のことをしてくれる──それは誰もがときおり夢見ていたことではありませんか。

思っていなかった結論に現実が至ったときの反応。
その時の自省のプロセス。リズムが独特。

位置: 1,480
もちろん、その二年間で、わたしたちは以前知らなかったことをいろいろと知るようになっていました。たとえば、誰も赤ちゃんを産めない体だ、とか。ですから、可能性としては、わたしがまだ幼い頃にどこかでそのことを小耳にはさみ、意味がよくわからないまま頭の隅にしまいこんでいたということも考えられます。

さらっと大事なこと言うのよね、この本。当たり前のように。
そこがまた面白い。

位置: 1,639
そういう現状をよしとしておられる方々も一部にいるようですが、わたしはいやです。あなた方には見苦しい人生を送ってほしくありません。そのためにも、正しく知っておいてほしい。いいですか、あなた方は誰もアメリカには行きません。映画スターにもなりません。先日、誰かがスーパーで働きたいと言っていましたが、スーパーで働くこともありません。あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。いえ、中年もあるかどうか……。いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。

こんな序盤で己の存在意義が明かされます。こっからがこの本の本番なんだ。
しかし、全然持っていつけることなく、さらりと大事なことをいう。

位置: 2,045
ハナは何を言いたかったのでしょうか。ルースと別れてからトミーが落ち込んでいる──その事実を言いたかっただけなのでしょうか。ハナの性格をよく知っているわたしには、とてもそうは思えませんでした。肘で突ついた感じと、あのささやくような声──やはり、当時ヘールシャム中で言われていたらしい「当然の後釜」説に沿った何かを言いたかったのだと思います。
その噂にわたしが動揺しなかったと言ったら嘘になります。あのときのわたしは、ハリーとの初体験計画にまっしぐらでした。準備 怠りなく、着々と計画を進めていました。

生々しい、あるある話が、キャシーたちが普通の人間であることを強調します。
ちょっと稚拙なやりとりや、ぎこちない思春期あるあるが、彼女らの存在をリアルにする。凄い作用だね。

位置: 2,206
だから、『大丈夫ですよ、先生。心身異常なし。自分の面倒も見られます。提供するときになったら、上手にできますよ』そう言ったら、先生はまた首を振りはじめた。すごく激しく、これじゃ目が回るって心配になるほど振って、そのあと、『トミー、よく聞いて。絵は重要です。証拠だからというだけではなくて、あなた自身のために重要です。絵がうまければいいことがあるかもしれません。

こういう大人の無責任な言葉が、子どもたちを意外にしばったりするんだよね。
「いいことがあるかも」なんですよ。「いいことある」じゃない。

大人たちが子どもに勝手に変な期待をして、苦しめている自覚を、あたくしらはもっと持ってもいいかもしれない。

位置: 2,695
でも、あの日は、興奮することが目的ではありませんでした。ページから漂ってくる 淫靡 さに惑わされないよう、さっさとページをめくっていきました。くねった体にはほとんど目もくれず、ひたすら顔だけを見て進みました。ページの片隅にビデオの広告が埋め込まれていれば、そこに出ているモデルの顔も忘れずに見ておきました。

これ、あとで理由がわかるんだよなぁ。
ははーと感動しました。

位置: 2,764
ポシブルの理屈自体は簡単で、とくに問題となるような要素もありません。わたしたちはそれぞれに、あるとき普通の人間から複製された存在です。ですから、外の世界のどこかに、わたしたちの複製元と言いますか、「親」がいて、それぞれの人生を生きているはずです。とすれば、その「親」と偶然出会うことも理論的にはありうるでしょう。

さらっとSFが入ってくるよね。いい感じだ。

位置: 2,888
もしかしたら、そのオフィスのイメージをどこから得たか、ルース自身が忘れてしまっていたのかもしれません。そのオフィスで働く人々は「活動的で、前向きなの」とも言いました。あの広告にも、一番上に大きな活字で同じ言葉が並んでいました。たしか、「活動的で、前向きな人にふさわしい」だったでしょうか。

ルースは受け売りを自分ごとにしちゃいがち。こういうキャラクター設定って、説明せずに繰り返されると面白いね。

位置: 3,317
「ポシブルかどうかなんて関係ない」トミーがぽつりと言いました。「ちょっとした探偵ごっこだったってことでいいじゃないか」
「あなたにはね、トミー」ルースの声は冷たく、目は真っ直ぐ前を見つめたままでした。「でも、探してたのがあなたのポシブルだったら、そうは思わないんじゃない?」
「いや、そう思ったさ。大した問題じゃない。ポシブルどころか『親』が見つかったって、それで何が変わるっていうんだ。おれにはわからんよ」
「深遠なるご意見、心から感謝するわよ

そして言い争い。
この小説全体に横たわるペーソスというか、悲しいもの、なんなんでしょうね。いい感じだ。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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