偏執的で、虚無。
そして、どことなくエロい。
欠けて困るものなど、何一つありはしない。
砂穴の底に埋もれていく一軒家に故なく閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男を描き、世界二十数カ国語に翻訳紹介された名作。
砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。20数ヶ国語に翻訳されている。読売文学賞受賞作。
いつの間にか人生を絡み取られる感覚。
明らかに砂=社会なんですよね。それがヒリつくような描写で描かれている。高校生のときに初読しましたが、今読むとやっぱり解像度上がっています。経験値が増えたなぁ。
満州育ちの安部公房だからこそ描けた無機質な世界。ヒリつく厳しさ。
p39
「砂掻きだね?」
「いつまでやっても、きりなしでしょう……」
「こんどは、すれちがいざま、あいているほうの指先を、くすぐるように、彼の脇腹 におしこんできた。おどろいて、とびのきながら、あぶなくランプをとり落しそうになる。このまま、ランプを持ちつづけていようか、それとも地面において、くすぐり返してやるべきか、いきなり思いがけない選択をせまられて、ためらった。けっきょく、現状維持が勝をしめ、ランプを手にしたまま、しかし自分でも意味のわからぬ薄笑いに顔をこわばらせ、またスコップを使いはじめた女のほうに、ぎこちない足どり で近づいていく。近づくにつれて、女の影が、砂の壁面いっぱいにひろがった。「だめよ」と、背をむけたまま、息切れのした声で、「モッコが来るまでに、あと六杯は、搬んでしまわなけりゃ……」
最後まで読んでも、この女のもつ扇情的な感じが、何なのか全然わからなかった。妙にエロい。いわゆる試合巧者というやつか。駆け引き上手なのか。
そして駆け引きでやっている感じが全然しないのが、ミソなのか。
p46
「しかし、これじゃまるで、砂かきするためにだけ生きているようなものじゃないか」
「だって夜逃げするわけにも行きませんしねえ……」
逃げられないと思っているのは女だけなんだ。全然逃げられる。
しかし、女にはそもそも逃げるという選択肢がない。ブラック企業とも言えるね、この集落。
p47
寝苦しかった。女の気配に、耳をそばだてながら、あんなふうに大見得をきってみせたりしたのも、けっきょくは女をしばりつけているものへの嫉妬であり、女が仕事 をほうりだして、寝床へしのんで来てくれることへの、催促ではなかったかと、多少疚しい気持がしないでもない。事実、彼の感情のたかぶりは、単に女の愚さに対する腹立ちというような単純なものではなかったようだ。なにかもっと底知れないものがあった。
この男の嫉妬具合とか、最高ね。
またこの女の自分がない感じで、そしてエロい感じなの、具合が最高だよ。男心刺激しまくりですね。
p51
女は、素裸だったのだ。
涙で濁った視界の中に、女は影のように浮かんで見えた。畳の上にじかに仰向けになり、顔以外の全身をむき出しにして、くびれた張りのある下腹のあたりに、軽く左手を乗せている。普段人が隠している部分は、そんな風にむき出しにしているのに、逆に、誰もが露出をはばからない、顔の部分だけを、手拭で隠しているのだ。むろん、眼と呼吸器を砂から守るためだろうが、そのコントラストが、裸体の意味を、いっそう際立たせているようだった。
前半、やっぱエロいよね。いっそう際立つ。たしかに。
p109
「いや、僕がその砂の例を持ち出したのは……結局世界は砂みたいなもんじゃないか……砂ってやつは、静止している状態じゃ、なかなかその本質を掴めない……砂が流動しているのではなく実は流動そのものが砂なのだという……どうもうまくいきませんが……」
「わかりますとも。実用教育にはどうしたって、相対主義的な要素が入り込んできちゃいますからね」
実に言い得て妙。そしてこのすれ違いぷり。
流動そのものが砂なのだという。人間はその流動に組み込まれると、なかなか己のことがみえない。
p151
人類が平等だと言えるのは、死と性病にたいしてだけかもしれない……性病は、人類の連帯責任なのだ….だのに、おまえは、絶対にに認めようとしない……
自分が淋病にかかったのが悪いのに、パートナーが相手してくれないのを恨んでやまない。この小物感が最高ね。
p160
そのきらめきも、ふいに尾をひいて消えてしまい……男の尻を叩いて、はげまして くれる女の手も、もう役には立たない。女の股をめがけて這い出していった、神経も、 霜にうたれたひげ根のように、ちりちりに枯れ、指は、貝の肉のあいだで、萎えつきる。しばらくは、みれんがましく腰を突き出したりしていた女も、やがて、息切れの した放心のなかに、ぐったりと身を沈めてしまった。
(中略)欲望を満たしたものは、 彼ではなくて、まるで彼の肉体を借りた別のもののようでさえある。性はもともと、 砂 個々の肉体にではなく、種の管轄に属しているのかもしれない……役目を終えた個体 は、さっさとまた元の席へと戻って行かなければならないのだ。
男は性の奴隷であるということを、男が描くことの暴力性ね。
どこまでも女は受け身でしかいられないのかしら。
しかし暴力的だ。いつまでも被害者面するしね、男は。
p223
何という暗さだろう……世界中が、目を閉じ、耳を塞いでいる……俺が死にかけているというのに、誰も、振り向いてくれることさえしないのだ! 唾の奥で、ひくついていた恐怖が、いきなり炸裂した。男は、だらりと口を開けて、獣のような叫び声をあげていた。
「助けてくれえ!」
決まり文句! ……そう、決まり文句で結構……死に際に、個性なんぞが、何んの役に立つ。型で抜いた駄菓子の生き方でいいから、とにかく生きたいんだ! ……いまに、胸まで埋まり、顎まで埋まり、鼻の下すれすれまでやってきて……やめてくれ! もうたくさんだ!!
「死に際に個性なんぞが何の役に立つ」いいセリフだなぁ。
人間ってそうだよね。追い詰められた、教養のある、知的好奇心のある、先生が吐くセリフとして最高だよ。
まとめ
現代社会でも通じる、なんて言いがち。
だけど、現代社会と関係なくヒリつく感じは、とても素敵だと思いました。
参考
最近は読書感想YouTubeなんてあるんですね。面白い。
最新記事 by 写楽斎ジョニー (全て見る)
- スチュアート・ハグマン監督映画『いちご白書』感想 - 2024年10月10日
- トム・シャドヤック監督映画『パッチ・アダムス』感想 ロビン・ウィリアムスのお涙頂戴! - 2024年10月8日
- ガルシア・マルケス著『百年の孤独』感想 10年ぶり2度目。しかし不思議な話だ - 2024年10月6日