『水没ピアノ』感想 叙述トリックは叙述トリックだけどねぇ

面白かったけど、叙述トリックのレベルとしては少し残念。

工場で働く単調な日々に鬱々とするヒキコモリ気味の青年。少女を見えない悪意から護り続ける少年。密室状況の屋敷内で繰り広げられる惨殺劇。別々に進行する3つの物語を貫くものは、世界を反転させる衝撃の一文と、どこまでも深い“愛”である。なぜピアノは沈んだのか?著者渾身の戦慄純愛ミステリー!

面白かったのは嘘ではないんですが、記憶操作はトリックとしてやっちゃだめでしょう。姑獲鳥の夏を思い出しました。いくら小説でも、いや推理小説だからこそ、マナーはある。ノックスの十戒を説くわけじゃないけどね。
記憶操作はそれの一つでしょう。「忘れてました」が出てきたんじゃ騙され甲斐がない。

p68
しかし性欲。
これだけはどこにもならなかった。
弁明ではないが、僕は前代未聞の色魔ではない。性に対する興味と認識は年相応なものにすぎなかった。僕の苦悩は、性という感情をプランクトンの皮で防げなかったおどろきから発生したものだ。

性欲はね、どうにもならない。
これは実感としてある。強い弱いの問題じゃないんだ。なんとか上手くマネジメントしないと、大変なことになる。

p133
「注視しているね。カメラやるの?」
「やらない」と答えると、どうりで描写に対する情熱が足りなさそうな顔をしていると思ったよと返された。本当に腹の立つ奴だ。

良い返答だなぁ。
人の自尊心をなぶるよね。

p147
「ついに自分の宣伝をはじめたようだね。看板を買えずチラシも刷れないから、呼びかけだけの宣伝。でもそれって、あまり効果的とは思えないなあ」
僕は返答をしなかった。 鏡も黙った。

煽りが酷い。筆者は意地の悪さを全面に出してるんだろうなぁ。

p188
「あなたたちにこんなことを云うのもどうかと思うんだけど……先生ね、お腹の中に いる赤ちゃんに、嫌な思いをさせたくないの。だからずっとお腹の中に入れておきた いんだ」真千子先生は顔を下げてしまったので、その表情は読めなくなった。「変で しょう? こんな話は」
「ええと」どんな相槌を打てばいいのか僕には解らなかった。「あの、えっと」
「だってさ、嫌な奴ばっかりなんだもん、この世の中って」真千子先生は教室では絶 対に会わないようなことを口にした。

これはただ不穏にするためだけにつけられたセリフだったのか。真千子先生はこの話じゃそれほど深く掘られないから、ここまで何だけど、妙に引っかかりましたね。

p266
こんばんは~。
あの、ご報告です。 実は、例の大学生の一人と、つき合うことになりました

読んでいて、思わず「まじか……」と声に出してしまった。

p333
で……そんな風に順調に見えた二人の関係に予想外の事態が発生、と」鏡の解説を辞めさせたかったが、体はまだ動かない。これは何の拷問だろう。「なんと『紘子』に大学生の彼氏ができてしまった。これには俺も笑わせてもらったよ。だっていきなりなんだもの」

これは読者のあたくしもショックでしたね。

あたくしもメル友がおりました。異性のね。
そこそこ上手くやってまして、それはそれで良かったし、今は交友がなくなりましたが、いい思い出です。

しかし、急に彼氏ができて疎遠になるなんてぇのは、ちょっと、ねぇ。

p373
「どうしたの?」
「もう嫌なんだ」
「それはお気の毒」
「姉さん。僕の頭を、壊して」
「どんなふうに?」
「嫌なことを、全部忘れたいんだ。なかったことにしたいんだ」
「なるほどね」姉さんは笑顔でうなずくと、僕の濡れた頭を優しくなでた。「お安いご用だよ、広明ちゃん」

ここでピンと来るんだ。
一人目の主人公=二人目の主人公の末の弟=三人目の主人公 なわけです。複雑な構成。広明が名前と名字と、両方だったというトリック。騙されたけど、あんまり気持ち良い騙され方ではなかったです。

p395
あの馬鹿の名前はね、伽那子って言うんだ

p396
「かやこ?」 「ふうん…..」鏡は興味深そうな視線で僕を見下ろした。「伽耶子の名前に反応するってことは、やはり細工をほどこした部位は記憶ではなく連結回路のようだね、星野広明君」そして僕の名前を呼んだ。

p398
僕の姉である星野梢が、初瀬川賀庸と広明知久という連中の策略にはまり、脳髄を処置されたこと。その結果、脳に修復不可能なほどの損傷を受け、一時は廃人寸前に までおちいったこと。入院中の梢を頼彦が病院から連れ出して、家に戻したこと。そ の後、星野一家は家から出てこなくなったこと。どうやらずっと家の中にこもっていたらしい。

伽那子の名前をここで出す、いい趣味してはります。
広明が名前だったり名字だったり。これは、まぁ、分かりませんな。あんまり騙された側に気持ちよさはない。

p409
「ち、ちょっと待て」精二君のことはどうでもいい。「伽那子と精二君が、こ、恋人?」「は? まさか気づいてなかったのかい? うわあ……なるほど。こいつは予想以上に重病だな」

こいつも露悪的。
ただ人を気分悪くさせるためだけの描写。これがたまらない、という気持ちもわからないでもないけど、ちょっと、ねぇ。品は良くないかな。

騙されるなら、もっと気持ちよく騙されたいと思った作品でしたね。

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