ひとつの目指すべき方向性が『帰ってきたヒトラー』には書かれている

こういう視野狭窄な主人公のハナシ、好きなんですよね。

ヒトラーが突如、現代に甦った!周囲の人々が彼をヒトラーそっくりの芸人だと思い込んだことから勘違いが勘違いを呼び、本当のコメディアンにさせられていく。その危険な笑いで本国ドイツに賛否両論を巻き起こした問題作。本国で250万部を売り上げ、映画は240万人動員、世界42言語に翻訳された空前のベストセラー小説。著者による原注付き。

あとがきとかでも言われていますが、この本が売れているということがすでに「戦後から脱せた」証拠だと思うんですよ。深い反省の時期を終え、今は良い距離感が取れているってことだと思うんです。

日本版で「帰ってきた東条英機」みたいなのやってくれないかしら。発想としては誰も考えていると思うんですけどね。

位置: 148
「おい、ちょっと見ろよ!」
「うわあ、なに、この人?」
おそらく私は、助けを必要としているように見えたのだ。三人の少年は、それを正しく理解してくれた。さすがはヒトラーユーゲント。彼らはサッカーの試合を中断し、敬意を払いつつこちらに近づいてきた。当然だ。ドイツ帝国の総統が突然、手を伸ばせば届くほど近くに出現したのだ。ふだんはスポーツや肉体の鍛錬にしか使われない、このうち捨てられた一角で、タンポポやヒナギクの合間から突如、総統本人が姿をあらわしたのだから。まだ大人に成熟していない彼ら少年にとっても、これは 類 まれなる 僥倖 のはずだ。少年らは私を助けようと、グレーハウンド犬のようにこちらに駆け寄ってきた。若者は未来である!

あくまで物語が一人称という。この手の小説が好きです。
どこまでも視野狭窄。読者に突っ込みを任せる。このスタイルに憧れているんだな、と思います。自分はそういう小説が好き。

位置: 179
私は心の中に、こう書きつけた。
「教育文化相のルストを罷免および追放!」
一九三三年から教育文化相の座にあるベルンハルト・ルスト。だが、こんな事態を招いた大馬鹿者に、教育制度を任せておいてよいわけがない。若き兵士が自身の指揮官の顔すらわからないようでは、ソ連赤軍ボリシェビキの心臓であるモスクワへと勝利の道を見出すことがどうしてできようか。

どこまでも自分の都合。
これがいいんだ。

誰だってそうだよ、という風刺であります。

位置: 424
さて、私は死んでいるのだろうか?
人々の知識とは所詮、新聞から得たものにすぎない。だがその新聞とはいわば、目の見えない人間が話したことを、耳の聞こえぬ人間が書きとめ、村一番の間抜けがそれを書き直し、さらにそれを、よその新聞社が丸写しにしているだけのものだ。何も考えていない民衆を丸めこみ、極上と偽って安酒を飲ませるためなら、噓で煮出したスープを真の出来事に注ぎかけるくらい、彼らには日常茶飯事だ。

またその言葉のチョイスが匠ですよね。「嘘で煮出したスープを真の出来事に注ぎかける」なんていいじゃない。

位置: 506
「さあて、次はコーヒーだ。おたくもどう? いやもちろん、飲みたければ、ということだけど。何しろ、コーヒーといってもインスタントしかないからね」
驚くにはあたるまい。つまり、イギリスは海上封鎖を今なお解いていないのだ。

笑うところですよ。落語だな、こりゃ。
粗忽ですよ。

位置: 653
この瞬間、私の頭の中には、まるでファンファーレのように高らかに輝かしく、ある考えが浮かんだ。今はもう、アカデミックな思索に時を費やしている場合ではない。「どうして」や「もしも」について、くよくよと考えている猶予もない。今このときにはるかに重要なのは、「だから」であり「ゆえに」なのだ。

これも流行りの自己啓発のような、強くて都合のいい言葉。そして真実を少しは含んでいる。この配分が絶妙でうなる。

位置: 917
「質問に、答えよと言っている! ドイツ語がわからないのか? 君は! ポーランドの! 歴史について! 何を! 知っている!」
「僕は……」
「ポーランドの歴史について知っていることを言ってみたまえ! ものごとのつながりを、いったい君はわかっているのか? それから、ポーランドの民族構成については? 一九一九年以降のドイツのいわゆるポーランド政策については? それから、先ほど君は『反撃』と口にしたのだから、何に反撃したのかも、むろん知っているのだろうな?」
私はここでしばし言葉を切り、相手に息を継ぐ間を与えた。政敵を打ち負かすには、正しい時を選ばなくてはならない。相手が何も言えずにいる時ではなく、相手が何かを言おうとした時こそが、その瞬間だ。

これもそうだ。真実の含み方が実に巧み。
そして総統の逆鱗の感じが、詳しくないあたくしら大衆でも直感的に感じられる程度にカリカチュアされていていい。

位置: 1,226
「ラジオで、演説するつもりでいるのだ。そのうちに」
「やっぱり、そうきたね」。運転手はそう言うと、にやっと笑った。わが意を得たりという表情に見えるのは、気のせいだろうか。「またでっかい計画があるわけだ、ちがう?」
「計画は、運命が作りあげるものだ」。私はきっぱり言った。「私はそれを実行するだけだ。この国の現在のため、そしてこの国の未来のために、やらなければならないことをする」
「いや、お客さん、すごいね!」
「わかっている」
「ねえ、ちょいと寄り道して、昔を偲んでみる気はないかい?」
「それはまたあとで。時間には正確でいたいのだ」

あくまで真っ直ぐな総統。
半笑いの大衆。これがどんどん世間をノしていくという物語。たまらないな。

あたくしの目指すべき文体、物語が、ここにはあるような気がしました。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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