江戸時代の奥ゆかしいというファンタジーを『火喰鳥』にみる

落語で語られる江戸時代もファンタジーだし、この『火喰鳥』もファンタジー。

位置: 2,447
「連れ立つのは深雪殿の御名に傷が付きます……お送りできぬご無礼をお許し下され」
「はい。武家というものは不便でございますね」
「違いない」
二人の視線が交わり、どちらからともなく笑い合った。深雪が去った後、一人酒を呑んだ。降りしきる雪はまだ止みそうにない。天を見上げると己が空に吸い込まれていきそうな錯覚を覚える。常と異なり、やはりどこか心が浮ついているのかもしれない。

手も握らず、ただ視線が交わってどちらからともなく笑い合う。
そこに同志の認識がすでに育まれている。綺麗ごと・理想のようでいて、端正に描かれてしまうとウットリともします。礼節と奥ゆかしさという幻想ですよ。

位置: 2,607
「花火師とは、あのような美しい火を生み出せるものなのだな」
不意に涙が零れた。己でもそれが意外で慌てて袖で頰を拭いた。
「空の絵師のようなものですね」
「上手い 譬えだ。同じ火を扱う者でも、こうも火消と違うものか」
感情に抑えが利かず、涙が止めどなく流れた。深雪は気を紛らわせるために花火を見せようとしたのであろうが、狙いとは裏腹に源吾が涙するものだから困り果てている。
「火消も立派ではございませぬか」
「火消の 業 の先にあるのは大なり小なり泣き顔だ。花火師の業の先には笑顔がある」
今までも火事場で人の死に直面してきた。しかし今回ばかりは心を自責の念が捉えて離さないでいた。そうなると、今まで救えなかった人々が大挙して夢にまで押し寄せてくる。

自分の仕事の先にあるものが泣き顔だ、というのは結構労働者にとって辛いことです。実際のところ、泣き顔しか先にない仕事ってそんなに多くないと思いますがね。火消しだってそんな場面ばかりじゃないだろうに。

でも後ろ向きなときというのは得てしてそういう考えに取りつかれちゃうのよね。わかる気がする。

位置: 2,925
「鍵屋は稲荷明神の 眷属 様が 咥 えておられる鍵に由来する。清吉が独立した折には対の眷属様が咥えられている玉から名を頂き、玉屋としてはどうだ」  鍵と玉は稲荷神の霊徳の象徴である。鍵屋の対をなす屋号を 捻り出すなど、弥兵衛の可愛がり方がわかるというものだ。

落語『たがや』のマクラにも出てくる「鍵屋」と「玉屋」のエピソード。膨らまされるとへーってなる。真実味があって面白い。稲荷明神の眷属様の咥えたものから来てるって、それっぽいですよね。

位置: 3,846
次第に源吾の指示を受けずとも、火消たちは組織の枠を超えて協力し始めた。不謹慎ではあるが笑いが込み上げてくる。明暦の大火以後、今の火消体制が出来た。つまり火消にとっては古今 未 曾 有 の火災なのだ。その苦難に立ち向かうという一点で、普段はいざこざばかり起こしている火消たちが一つになっている。源吾の胸は熱くなった。

熱くなりますよ、そりゃ。普段バラバラなやつらが目標を一つにまとまる。これエモいやつ。七人の侍理論とでも言うべきか。個性派集団であればあるほどエモい。

位置: 4,410
「淡い緑。あの日と同じだな」
それが消え去っても二人は天を見上げ続けていた。夜空には花火なぞに負けてはならぬと星々が瞬いている。
「真っ当な武士が星なら、火消はさしずめ花火と同じ。 一時 輝きを放ち消えていく」
源吾が空から視線を外さぬままにそう言うと、深雪も同じ恰好のままに答えた。
「それでも人の心に残るのは案外その花火であったりするものです」
「忘れてくれればいいさ。嫌な想いもひとくくりに溶かし込んで消えればいい」

いい腹のくくり方なんですよね。何とも言えず味がある。控えめだが強い。

こう感想をまとめてみると、「こうあるべき」というような理想が時代というフィルターを通して純度高く結晶となっているのがこの小説であるような気がします。続き読みたい。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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