筆力あるなーという小学生並みの感想しか出てこない。圧倒的です。
p378
冷たい刃に触れると火傷の痛みが薄れた。小さい頃乳児院でシスターに読んで貰った童話に舌を切られる雀の話があった。おばあさんが雀の舌を切 るのだ。確か雀は後で復讐するのだが、どんな方法だったのか、短い間それを思い出そうとしたがだめだった。顎の震えを止めようとする。なかなか止まらない。刃の上で舌の先端がピクピク動いている。舌が静止した一瞬ハシは鋏を思い切り閉じた。刃 の上をヌルヌルした柔い肉が滑りすぐに血が噴き出した。ハシはガーゼを口に突っ込 んだ。痛みよりも血の量が多くてそれが恐かった。体中が震えだした。次から次にガ ーゼを口に押し込む。詰め込み過ぎて息ができなくなった。よろよろと立ち上がり真赤になったガーゼを吐きだす。アロエを噛み砕いて舌先に当てるが血は止まらない。 床に鋏が転がっている。舌の切れ端が刃の上にある。ハシは舌を切られた雀がどうやって復讐したか思い出した。 化物を詰めた箱をおばあさんにプレゼントするのだ。ハシは血が止まるまで口をガーゼで押さえてその場に立っていた。その間ずっと考えていた。化物を詰めた箱を誰にプレゼントしてやろうか、そのことをずっと考えていた。
ハシが舌をきって声の変質および己のメタモルフォーゼを期する場面。
こわいよ、迫りすぎてて。行動の恐ろしさと自覚の幼稚さがいいコントラストになっていて素敵。
あなたを待てば雨が降る、濡れて来ぬかと気にかかる、ああビルのほとりのティー ルーム、雨も愛しや歌ってる甘いブルース、挑発的な尻の隙間から熱い汁を垂らした 女が日当りのいい部屋でタイプライターを打ってるのを、縛られたまま眺めている気 分になる、戦時下のロンドンでVロケットの猛爆に会いながら盲人のピアニストが弾く甘ったるい夜想曲みたいなものかって? その通りだ、爆撃に似たリズム隊の彼方 からハシのノクターンが耳に届くとかすかな恐怖が芽生える、恐怖だ、爆撃が地下の 退避壕に及ぶかも知れないという恐怖ではない、その逆、Vロケットの閃光を見たく て叫びをあげ外に飛び出してしまうのではないかという恐怖だ、自分は何かとんでもないことをこれからやろうとするのではないか、例えば隣に坐っている少女を殺して 犯すのではないか、座席に火をつけやしないか、そんなザワザワとした恐怖が頭 で騒ぎ始める、ハシはそんな時を逃さず最初のアクションを起こす、ギターのフィードバックより鋭い叫び声をあげる、
こういうのを格好いいと思う人もいるでしょう。あたくしはその手のタイプではないというだけ。ただ力があるのはわかる。ジョニー・ウィンターが上手いのはわかるけど好きじゃないというのと同じ。
有楽町で逢いましょうからはじまって、『戦時下のロンドンでVロケットの猛爆に会いながら盲人のピアニストが弾く甘ったるい夜想曲みたいなものかって? その通りだ、』とくる。なんのことやねん。さっぱりだ。しかし、圧倒的だ。
p488
答えてよ、ねえ、大事なことなんだよ、答えてくれよ、僕はみんなの役に立ってるだろうか、みんな僕の せいで幸福になってくれているだろうか、僕が願ってるのは、それだけなんだ、あと は何も要らない、D、本当に僕が欲しいのはそれだけだよ、みんなが楽しそうに笑う ことだけなんだ
翻訳された歌詞みたいだ。
村上ドラゴンにとって「自分は人の役に立っているか」という疑問がいかに切実なものかがわかります。
確か『5分後の世界』にもあったんじゃなかったかな、己の有用性を確認するシーン。よっぽど根底にある疑問なんでしょうね。
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