青木冨貴子著『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く―』感想 よく知らんかったが凄いことだね

恥ずかしながら、あんまり知らなかったんですよね。旧日本軍の細菌戦って。

新資料発見。直筆ノートに隠されていた驚きの戦後史!
初めて明らかになる「細菌部隊731・石井四郎」戦犯免責の真相

731部隊の闇は戦後も続いていた。
太平洋戦争中に生体解剖やペスト菌による非人道的な実験を行った細菌戦部隊。残虐な行為に手を染めながら、なぜ彼らは戦犯とならずに済んだのか。そこには隊長・石井四郎とGHQの驚くべき駆け引きがあった。戦後50余年を経て発見された石井の直筆ノート2冊から隠された真実を読み解く。
国内外の圧倒的な取材から浮上した新しい戦後史。

そういうのってナチスの専売特許ではない、とは思っていましたが、日本にそういう部隊がいたことは意外と知られていないんじゃないかしら。自分の無知を正当化するわけじゃないけどね。知らないことは罪よ。

プロローグ 深い闇

位置: 57
ソ連軍が満州へ 雪 崩れ込んだ終戦の夏、命からがら内地に帰り着いた村人は、以来、貝のように口をつぐんで「闇の帝国」の秘密を守り通した。平房の破壊を命じ、「七三一部隊の秘密は墓場までもっていけ」と厳命した石井の言葉にしたがい、隠れるように暮らし、なかには恩給も受けられず生活に窮乏するものもあったという。
大地主だった石井家と「加茂」の村人は 蔦 のように 絡み合いながら 繫 がり、その特別の連鎖が奥深い闇を生み落としたのである。

戦争について何も語らない人、ってのは何も傷ついているからだけじゃない。厳命されたからという人もいる。当たり前のことかもしれませんが、想像しなかったな。想像力が足りぬ。

第一章 加茂

位置: 271
「『悪魔の飽食』がベストセラーになった八〇年代はじめですね」

森村誠一氏の著作。ベストセラーになったんだね。あたくしが生まれた頃だ。しんぶん赤旗連載だっていうけど、今よりずっと赤旗が市民に身近だったのかな。

第二章 東郷部隊

位置: 495
一九四四(昭和 19)年五月、ハルビンの陸軍特殊部隊に血清課をつくるという理由で勧誘されて入隊、一年三ヵ月を七三一部隊で過ごした秋元 寿 恵 夫 もそのひとりだった。晩年になって記した著書『医の倫理を問う』のなかで秋元はこう述べている。
「『これが果たして研究といえるのか』という疑問を投げかけずにはおられないような『実験研究』があの部隊ではまだまだいくらでもあった」

アイヒマンじゃないけど、職務となると相手を人間扱いしなくなるの、ある意味じゃ道理なんだよね。戦争だからね。

位置: 589
小泉教官は翌年、欧米視察旅行に出て、世界大戦における各国の軍事衛生状態を視察した。そればかりでなく、日本をはるかに 凌駕 する欧米各国の最新軍事情報を摑み、新兵器の情報も持ち帰った。

危機感があったろうな。当時の欧米視察の方々というのはどれだけ貪欲であったろうか。自分にそれが出来るかと言われるととても難しく思いますね。

位置: 679
第一次大戦で新兵器として登場した毒ガスによる死傷者は、途方もない数に上った。負傷者一〇〇万人、死者七万三〇〇〇人というその苦い経験から、欧米諸国は毒ガスを含む化学兵器の使用禁止を取り決めることにした。同時に、将来、兵器として使われる可能性のある細菌兵器も禁止しようとポーランド代表が提案、それが取り入れられたのは微生物の研究が進んだドイツの開発をヨーロッパ諸国が恐れたからである。
このジュネーブ会議には一三五ヵ国が参加した。日本も代表を送ったが、日本と米国は調印したものの、実は、 批准 していない。 「ジュネーブ議定書」のことを聞くと、石井は、条約で禁止するほど細菌兵器が脅威であり、つまり有効というのなら、ひとつこれを開発しない手はない、と考えたといわれる。

背水の人間の考えそうなことである。しかし、余裕がない人間の行動を簡単に非難もできない。難しいよね。今だってクラスター爆弾だの、戦術核だの、言うもんね。

調印したものの批准してない、ってなんだか頓知みたいだけど。

位置: 773
事変勃発とともに軍医学校では緊急に戦時体制を整えた。戦地で伝染病に 斃 れる者の数は、戦死者よりずっと多い。日清戦争でも、多くの将兵がコレラとマラリアで斃れた。その数は戦死者の一〇倍だったという。

戦死者って実はずっと少ないらしいね。餓死者とかね。
戦争行ってそれで死ぬとか、考えただけで嫌になりますな。

位置: 778
日露戦争でも事情は同じようなものだった。あれだけ多くの日本兵が白兵戦で斃れたとはいえ、戦場の死者は戦死傷者のたった二二・八パーセントだったと報告されている。多くがチフス、赤痢、流行性感冒などの伝染病で斃れていった。

やりきれねぇよ。

第五章 「1945終戦当時メモ」

位置: 2,077
ここにある〈搬出積込〉も研究データの搬出と積み込みである。さらに、石井は研究データばかりでなく 濾水 機 やワクチンまで持ち帰っている。  その持ち帰った研究データが、後年、マッカーサー率いる米占領軍との取引で石井たちを救うことになるのだから、これも石井四郎の強運だろうか。

政治の取引材料になるわけだ。価値を知っていて十分活用したわけだ。

第九章 「終戦メモ1946」

位置: 4,325
ソ連は七三一部隊が人体実験で多くの人間を殺害していたという、米国がそれまでの調査ではっきり 摑 めなかった事実を探り出し、その材料を根拠に、石井らの身柄引渡しを要求してきた。三人の補充的尋問で証拠固めをしてから、日本軍の細菌戦を「東京裁判」へもち込む意図を明確にしてきたのである。

冷戦の材料にもなる。世界情勢だなぁ。

位置: 4,451
柄澤と川島の供述によって多くの情報を入手したソ連が、七三一部隊のペストノミについて異常な興味を示し、そのノウハウを知りたがったことは当然である。七三一部隊ではノミを大量生産し、その体内にペスト菌を入れたペストノミという兵器を開発していたことは、既に記した。ペスト菌をただばら 撒いても病気を引き起こすことはむずかしい。しかし、ペストに感染したノミを撒布すれば、はるかに有効であることは実証済みだった。ペストノミは七三一部隊が発明した当時の最新秘密兵器だったのである。

あぁ、恐ろしや。感染の恐ろしさを、人類は最近、皮肉にも知ることになったからね。このときの取り扱いが間違ってたらと思うと、ゾッとする。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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