坂口安吾著『不連続殺人事件』感想 何度もいうけど『ナイルに死す』だよね

ナイルに死すと同じ構造、というのが最初の印象。

詩人・歌川一馬の招待で、山奥の豪邸に集まった様々な男女。邸内に異常な愛と憎しみが交錯するうちに、血が血を呼んで、恐るべき八つの殺人が生まれた――。第二回探偵作家クラブ賞受賞作。

自らの原稿料を賭けた「読者への挑戦状」で有名。映画もありますね。若き日の内田裕也氏が怪演をみせています。

ちなみに、下記画像がめちゃめちゃ参考になった。登場人物多すぎて、よくわからん。それだけでマイナスをつけたくなる。謎に記憶力の要素を持ち込むのはナンセンス。

https://twitter.com/ta2zoko/status/635493643118206976/photo/1 から拝借

位置: 58
去年再会したときに、あやかさんは土居光一という画家と同棲していた。彼の絵は最もユニックだと云われ、鬼才などともてはやされているが、私はそうは思わない。シュルレアリズム式の構図にもっぱら官能的な煽情一方のものをぬたくり燃えあがらせる、ちょっと見ると官能的と同時に何か陰鬱な詩情をたたえている趣きのあるのがミソで、然し実際は孤独とか虚無の厳しさは何一つない、彼はただ実に巧みな商人で、時代の 嗜好 に合わせて色をぬたくり、それらしい物をでっちあげる名人だ。だから絵自体の創作態度も商品的だが、又、売込みの名人で、終戦後は画家の苦境時代だが、彼は雑誌社や文士に渡りをつけて、挿絵の方で荒稼ぎ、相変らず鬼才だのユニックな作風などと巧みにもてはやされている。

通称ピカいち。なんとも冷笑的な比喩。安吾、いいですね。

位置: 297
「それくらい人間が分りながら、君は又、どうしてああも小説がヘタクソなんだろうな」と冷やかしてやると、
「アッハッハ。小説がヘタクソだから、犯罪が分るんでさア」
こいつはシャレや御謙遜ではないだろう。この言葉も 亦 真理を射抜いた卓説で、彼の人間観察は犯罪心理という低い線で停止して、その線から先の無限の迷路へさまようことがないように、組み立てられているらしい。そういうことが天才なのである。
だから奴は文学は書けない。文学には人間観察の一定の限界線はないから、奴は探偵の天才だが、全然文学のオンチなのである。

安吾は自虐で言ってるのか、保身で言ってるのか。両方かな。

位置: 490
附記  この探偵小説には私が懸賞をだします。犯人を推定した最も優秀な答案に、この小説の解決篇の原稿料を呈上します。細目はいずれ、誌上に発表しますが、だいたい、九回か十回連載の予定、大いに皆さんと知慧くらべをやりましょう。当らなければ、原稿料は差上げませんよ。たいがい、差上げずに、すむでしょう。

有名な読者への挑戦です。すごい自信。
複数犯人のものって、たしかに当てづらいよね。

位置: 748
「然し、ともかく、同じ屋根の下で、ほかの男とたわむれる、これは品性の問題じゃないか。歌川と別れて僕と一緒になった、それを僕はひけめに覚えていなかったのに、今になって、それが 羞 しくなった。あれにかかると、我々自身が犬になるんだ。犬の恥辱を感じるのだ。ところが御当人は全然人間のつもりだから、笑わせる。

犬の恥辱。すごい比喩。

位置: 1,112
私はイギリスの女流のアガサ・クリスチイというのが好きです。ヴァン・ダインとかクイーンとか、 無役 に 衒学 で、いやらしくジラシたり、モッタイぶったりするから、気持よく読みつづけられない。

これは安吾のヒントなのかな。しかし、気持ちはわかる。クリスティは好き。

位置: 2,147
あたりまえさ。オレは御婦人のために犬馬の労をつくすことを人生の目的としているのだ。

目的と手段が違う気もするが、清々しい。

位置: 2,325
この事件の性格は不連続殺人事件というべきかも知れません。私がこれを後世に記録して残すときには、不連続殺人事件と名づけるかも知れません。なぜなら、犯人自身がそこを狙っているからですよ。つまり、どの事件が犯人の意図であるか、それをゴマカスことに主点が置かれているからでさ。なぜなら、犯人は真実の動機を見出されることが怖しいのですよ。動機が分ることによって、犯人が分るからです」
「じゃア、すべての事件が同一犯人の仕業なのかい」
巨勢博士はニヤニヤしながら 頷いた。 「それは、むろんのこと、きまってまさア。

つまり、手当り次第やっておけば、目的は分からないだろう、という種類の連続殺人。はた迷惑な話だ。しかしこの時代でこの生活水準の人々だということを考えると、メシウマでもある。

位置: 2,894
さて、皆さん。まことに奇妙な話ですよ。七ツの殺人事件のうち、多門殺し、珠緒殺し、加代子殺し、この三ツは明らかに動機に一貫性があり、他の四ツは各々動機がバラバラであるのに比べて、最も主たる犯行に思われますが、以上四ツの事件の共通の容疑者を調べてみますと、この主たる動機に関係のある人物が容疑者の中に現れてこないのですな」
この説明は人々に深い印象と、多くの興味を与えたようであった。

動機から推察するという、一番地味で確実な捜査。

位置: 3,428
「どうして、それを一馬さんに忠告してあげなかったのですか」
と神山東洋がきいた。巨勢博士は顔をゆがめた。
「私が天下のバカモノだったのです。私は、最愛のあやか夫人を私の忠告によっても多分疑ることのない一馬先生を予想してはいましたが、然し、それ以上に、犯人を買い被っていました。私は犯人が私の帰るまでこの犯行を行うことがないだろうと考えていたのです。

探偵、間に合わない。金田一をはじめ、よくやるやつ。

位置: 3,674
「バカだったよ。死ぬ必要はなかったのだ。待合のオカミや女中ごときが現れたところで、それが何物でもないではないか。そんな証拠を吹きとばすぐらい、それぐらいの智恵をオレに信じてくれてもよかったじゃないか。はやまったことをしてくれたよ。今となっては、もはや、仕方がない。自殺は、これ、犯人の、また、ひとつの告白なり、か。よろしい、愛するものへの 情誼 により、良人ピカ一氏も、つきあって告白致すであろう。アーメン」
ピカ一はあやか夫人の手をおしいただき、長く長く、くちづけした。

ピカ一の散り際。ちょっとかっこいいよね。

位置: 3,720
いわば探偵小説のトリックとは、消却法を相手にして、それによる限り必ず失敗するようにつくられたものである。消却法によると、まッさきに犯人でなくなってしまうような完全なアリバイをもつ人物が、実は犯人であるという、そこにトリックがあり、探偵小説の妙味があるのである。

うん。トリックの妙味はそこだよね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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