『忠臣蔵』森村誠一著 感想 筆に力があるなぁ

ドラマチックに描くのも筆の力ね。

許せ。それは内匠頭が告げた訣別の呟きであった。殿中松の廊下、内匠頭は愛しい者や愛する古里すべてを備前長船一尺七寸の業物にかけて捨て去った。「上野介、待て!」構想十余年、著者の忠臣蔵は絢爛たる人間蔵ドラマとして描かれた!

森村誠一さん。著作を読んだことはなかったのですが、読めばどうにも面白い。TBSのドラマや松田優作のイメージしかなかったけど、ガチガチの時代小説もバッチリかけてる。すごい。読ませる。

漢字が多くて格調高く、それでいて人情をロマンたらたらに書く。蜜たっぷりのみたらし団子みたい。

位置: 34
元禄期の象徴は、言うまでもなく五代将軍綱吉である。世界最大の悪法と言われる 生類 憐愍 令 を発布したこの将軍は、一方では孝養心 篤く、好学の人柄で、学問を振興させ、元禄文化の花を開かせた原動力となった。徳川歴代の将軍の中で彼ほど 毀誉褒貶 相半ばする将軍はいない。
だが彼の下に稀代の権臣、柳沢吉保が権勢を伸ばし、よくも悪くも元禄という一時代を画した。吉保の周辺には貨幣 改鋳 を断行した勘定奉行荻原重秀、一代の豪商紀国屋文左衛門、学者 荻生徂徠、また綱吉の生母桂昌院、寵僧 隆光 などの強烈なキャラクターが 犇 いている。これらの一大派閥の末に吉良上野介 が連なることになる。武断政治から文治主義に移行した元禄期に権勢を拡大した柳沢は武辺の大名浅野 内匠頭 よりは、公式の典礼のオーソリティである 高家 筆頭吉良上野介に終始好意的であった。

この短い文の中の情報量たるや。えげつない程。しかも内容たっぷり。荻生徂徠というと講談「徂徠豆腐」のちょっと抜けた感じのイメージがあるんですが、物語に登場するとそんな感じじゃないのかしら。先入観は怖い。

位置: 1,171
瓦版はたいてい二人連れで売り歩く。笠をかむり、柄行、色、生地を十分に吟味した流行の着物を小粋に着こなし、渋い三尺帯をピシリと締めて街の辻々に立って世間の出来事を歯切れのよい言葉で読み上げながら売り歩く瓦版屋は、当時の時代の最先端を行く職業であった。
彼らは「字突き」という細い棒を右手にもち、左手にもった瓦版をポンと叩いては記事に節をつけて読み上げる。浄瑠璃や説経の節であったり、元禄期には小唄風の節がつけられたりした。

位置: 1,192
「べらぼうめ、一本箸は伊達じゃねえ。憚りながら将軍様に突きつけた箸だあな」
気骨のある読み売りたちは幕府の厳しい干渉にせめてあてこすりの落首や戯文を載せて抵抗した。時には幕府が政道に対する瓦版の 辛辣 な皮肉や批判に気がつかないことがある。独裁者に対する庶民の痛烈な復讐に気づかず、権力が民衆から 虚仮 にされる。そういう芸当は瓦版のお家芸であった。

景色が浮かぶようだね。通じていないとこうは書けない。すごい。

位置: 1,362
ている。それが田舎大名の浅野に愚弄されたとおもった。  賄賂が当然の慣習としてまかり通っている世相に、本当にまんじゅう一折を携えて勅使饗応役の指南を頼みに来る者があろうとはおもわれない。しかも相手は分限をもって聞こえた浅野家である。

森村さんも、吉良の怒りは「もらえるはずの賄賂がなかった」ことに拠る、としてますな。だから意地悪をした、と。浅野の財力はそこまで見込まれていたんですな。

位置: 2,004
時代錯誤の尚武主義者が平和から戦争へ歴史の流れを変えようとするとき、いつも用いる 詐術 は平和による弊害を強調し、戦いの非人間性や自由の欠落や生命の危険を糊塗しての、戦時下の強圧による人心統一の美化である。

反戦主義者の森村さんらしい、平和を希求した言い方ですな。どうも吉良の方が時代を先どっていたような気すら、してしまいます。

読み応えがたっぷりの文章に加えて、上下巻のボリューム。圧倒的なエンタメでした。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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