カート・ヴォネガット・ジュニア著『スローターハウス5』感想 評価難しい

古典的SFだけど、なんともいえない。「断片的人生を発作的に繰り返す」ことに気持ちよさがあるのかもしれない。

主人公ビリーが経験する、けいれん的時間旅行! ドレスデン1945年、トラルファマドール星動物園、ニューヨーク1955年、ニュー・シカゴ1976年……断片的人生を発作的に繰り返しつつ明らかにされる歴史のアイロニー。鬼才がSFの持つ特色をあますところなく使って、活写する不条理な世界の鳥瞰図!

大して面白いとも思わなかったけど、なんだか読んじゃうんだよね。変なの。ただ、確かな皮肉がそこにある。アメリカっぽさはあんまり感じない。むしろイギリスぽいよね。

位置: 483
いまの自分の仕事は、地球人の魂にあった正しい矯正レンズを処方することだ、と彼は考えていた。地球人の視力は、トラルファマドール星の小さな緑色の友人たちには及ぶべくもない、だからこの世に迷える不幸な魂が多いのだ、彼はそう信じていた。

キチガイの発想なんですが、なんだか妙に親近感が湧くんだよね。なんでだろう。

位置: 505
云々。ビリーの話によれば、彼が最初に時間のなかに解き放たれたのは、トラルファマドール星へ旅行するはるか以前、一九四四年のことであるという。

キチガイと史実の間でフラフラするからかな。なんだかどれが史実でフィクションなのか、わからなくなる面白い体験。

位置: 1,396
彼らの眼には、人間は長大なヤスデ──「一端に赤んぼうの足があり、他端に老人の足がある」ヤスデのように見える、とビリー・ピルグリムはいう。

テッド・チャンの小説にもそんなことが書かれていた気がする。

位置: 1,409
ビリーには、もちろんトラルファマドール語は読めない。だが、トラルファマドール星の本がどのような仕組みになっているかは、およそ見当がついた──記号のかたまりが点点とならび、そのあいだは星のマークで隔てられている。まるで電報のようだ、とビリーは感想を述べた。 「そのとおり」と、声がいった。

異星人のコミュニケーションツールを、地球しか知らない人類に説明する難しさと滑稽さ。で、声って誰よ?

位置: 1,761
宇宙人の説によれば、新約聖書の物語の欠陥は、キリストがそのみすぼらしい外見とはうらはらに、事実〈この宇宙におけるもっとも強大な存在の息子〉だったことであるという。だから新約聖書の読者は、はりつけの場面まで来ると、必然的につぎのような考えに傾いてしまうのだ。ローズウォーターは読みあげた──
「なんということだ──連中はとんでもない男をリンチにかけようとしている!」

ジョークの匂いがするけど、どういうことなのか分からない一文。

位置: 1,843
トラルファマドール星人には五つの性があり、それぞれが新しい個体の創造に不可欠の役割を果たしていた。ビリーには彼らはどれもこれも同じように見えた──なぜなら彼らの性別は四次元空間にあったからである。

次元の違いで説明してしまう。当時は新鮮だったのかもね。今やると「省略だな」と思ってしまうけど。

位置: 1,846
地球を訪問した空飛ぶ円盤乗員の調査によると、地球人にはすくなくとも 七つ の性があり、それらがすべて生殖に必須のものであるという。しかしビリーには、七つの性のうち五つが、赤んぼうの生産にどう関わりあっているのか想像もつかなかった。これもまた四次元空間に属する事柄だったからである。
トラルファマドール星人は、その不可視の次元における性のあり方を想像する手がかりをビリーに与えようとした。彼らはこう説明した。男性の同性愛者の介在がなくては、地球人の赤んぼうは生まれない。女性の同性愛者の介在がなくても、赤んぼうは 生まれる。六十五歳以上の女性の介在がなくては、赤んぼうは生まれない。六十五歳以上の男性の介在がなくても、赤んぼうは 生まれる。生後一時間ないしそれ以下の他の赤んぼうの介在がなくては、赤んぼうは生まれない。云々。
ビリーには、ちんぷんかんぷんだった。

このちんぷんかんぷんを楽しむのがSFなんじゃないかしら。「そういうこともあるかもね」って半笑いでワクワク出来る人が、SF読むのに向いてる気がする。

位置: 1,893
「いったい──いったい宇宙はどんなふうに滅びるのですか?」
「われわれが吹きとばしてしまうんだ──空飛ぶ円盤の新しい燃料の実験をしているときに。トラルファマドール星人のテスト・パイロットが始動ボタンを押したとたん、全宇宙が消えてしまうんだ」そういうものだ。

「それを知っていて」と、ビリーはいった。「くいとめる方法は何もないのですか? パイロットにボタンを 押させない ようにすることはできないのですか?」
「彼は常にそれを押してきた、そして押しつづけるのだ。われわれは常に押させてきたし、押させつづけるのだ。時間はそのような 構造 になっているんだよ」

「すると──」ビリーは途方にくれていった、「地球上の戦争をくいとめる考えも、バカだということになる」
「もちろん」
「しかし、あなたたちの星は平和ではありませんか」
「今日は平和だ。ほかの日には、きみが見たり読んだりした戦争に負けないくらいおそろしい戦争がある。それをどうこうすることは、われわれにはできない。ただ見ないようにするだけだ。無視するのだ。楽しい瞬間をながめながら、われわれは永遠をついやす──ちょうど今日のこの動物園のように。これをすてきな瞬間だと思わないかね?」
「思います」
「それだけは、努力すれば地球人にもできるようになるかもしれない。いやな時は無視し、楽しい時に心を集中するのだ」
「ウム」と、ビリー・ピルグリムはいった。

ビリー、物分りが良い。未来は変えられない、だから絶望するのではなく、今を楽しむ。
よくあるSF的帰結だけど、これはいつぐらいから始まったものなんだろうね。

位置: 1,920
ビリーは、錆びた小さな蝶つがいのきしるようなうめきをあげた。ヴァレンシアの体内に精液を放出しおえたのである。こうして彼は、グリーン・ベレーの一員の株を分けあうことになった。もちろんトラルファマドール星人にいわせれば、このグリーン・ベレー隊員は全部で七人の親を持つわけであるが。

何だか複雑だけど、これもSFの醍醐味。今、起きているかもしれない常識外に耳を傾ける。

位置: 1,946
「あなたのために痩せるわ」と、彼女はいった。
「え?」
「減食するわ。あなたのために美しくなるわ」
「ぼくはいまのとおりのきみが好きなんだよ」
「ほんと?」
「ほんとさ」と、ビリー・ピルグリムはいった。時間旅行のおかげで二人の結婚生活の情景をすでにたくさん見ていた彼は、それがすくなくとも耐えがたいほどではないことを知っていた。

皮肉ー!素晴らしい。

この現世との距離感。たまらないね。

位置: 2,074
“貧乏だからってべつに恥じゃないんだが、やっぱり恥なんだな”。貧民の国でありながら、現実には貧乏することはアメリカ人にとって犯罪にも等しいのだ。賢く、徳が高く、したがって権力や富を持つもの以上に尊敬される貧民の物語は、世界各国の民間伝承に見うけられる。しかしアメリカの貧民のあいだに、そのような物語は存在しない。彼らはみずからを嘲り、成功者たちを称揚する。貧しい男が経営するうすぎたない飲食店の壁に、”おまえがそんなに利口なら、どうして金持じゃないんだ?”と残酷に問いかける紙が貼ってあるという話も、大いにありうることである。

移民の国だからこそ、金で評価される。アメリカってやっぱりそういう価値観なのかしらね。分かりやすい、けど、なんか住みづらそう。あたくしのような価値観の人間にとっては特にね。

位置: 2,439
建物のドアには、大きな数字がある。数字は5であった。はいる許可を与えるまえに、英語を話すたったひとりの警備兵が、街なかで道に迷った場合の簡単な住所を教えた。住所は「シュラハトホーフフュンフ」。シュラハトホーフは 食肉処理場、フュンフは古き良き 5 である。

だからスローターハウス5、と。

「あれはやむをえなかったのだ」ラムファードはドレスデン爆撃のことを話題にした。
「わかっています」と、ビリーはいった。
「それが戦争なんだ」

それが戦争なんだ、やむをえなかったんだ、で済ますことのない世界にしなければならないね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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