「レイ・ブラッドベリって人が『華氏451度』って本を書いててね……」ってか。

読んでいるとドヤ顔できる本かしら。薄いけどね。

『1984』なんかと並んでディストピアものの古典。この手の本は読んでいると飲み会とかで話のネタになりやすいという非常にどうでもいい利点があるのですが、個人的には「昇火士」という職業の発想のみが斬新で、『1984』と比べると物語としては弱かったように思います。

位置: 856
モンターグはベッドにすわったまま動かない。
「そして大衆の心をつかめばつかむほど、中身は単純化された」とベイティー。
「むかし本を気に入った人びとは、数は少ないながら、ここ、そこ、どこにでもいた。みんなが違っていてもよかった。世の中は広々としていた。ところが、やがて世の中は、詮索する目、ぶつかりあう肘、ののしりあう口で込み合ってきた。人口は二倍、三倍、四倍に増えた。映画や、ラジオ、雑誌、本は、練り粉で作ったプディングみたいな 大味 なレベルにまで落ちた。わかるか?」
「わかると思います」

とにかく本を読まなければ馬鹿になり扇動される、という恐怖心の押し付けにも似た価値観がしつこいくらい押し付けられます。テレビ等に洗脳される人間の愚かさを執拗に描きます。

位置: 947
「理解しておかなくてはならないのは、われわれの文明社会は巨大なものであるからこそ、少数派に不安を抱かせたり、心をかき乱したりしてはならんということだ。自分の胸にきいてみろ。この国で、おれたちがなによりも求めているものはなんだ? 人はみんなしあわせになりたがるものだ、そうだろ? 昔からみんな、そういってただろう? しあわせになりたい、とみんないう。じゃあ、しあわせじゃないのか? おれたちは人を感動させつづけているんじゃないのか、人に愉しみを提供しているんじゃないのか? それがおれたちの生きがいだ、そうだろ? 愉しみと快い刺激を求めて、おれたちは生きているんだろ? おれたちの文化がそういうものを大量に提供してくれていることは、お前も認めなくちゃならんぞ」

「人はしあわせになりたがるものだ」という意見、一見正しいような気もするんですがそうでもないような気もする。少なくとも人が押し付けようとする意見はたいがい間違い。

位置: 956
「黒人は『ちびくろサンボ』を好まない。燃やしてしまえ。白人は『アンクル・トムの小屋』をよく思わない。燃やしてしまえ。誰かが煙草と肺がんの本を書いた? 煙草好きが泣いてるって? そんな本は燃やしてしまえ。平穏無事だ、モンターグ。平和だ、モンターグ。争いごとはそとでやれ。焼却炉で燃やしてしまえば、もっといい。葬式は悲しみをもたらすし、異教の匂いがする。ならばそれも燃やしてしまえ。

なんでも燃せばいいという。間違いないよ。

位置: 983
モンターグ。国民には記憶力コンテストでもあてがっておけばいい。ポップスの歌詞だの、州都の名前だの、アイオワの去年のトウモロコシ収穫量だのをどれだけ憶えているか、競わせておけばいいんだ。不燃性のデータをめいっぱい詰めこんでやれ、もう満腹だと感じるまで〝事実〟をぎっしり詰めこんでやれ。ただし国民が、自分はなんと 輝かしい 情報収集能力を持っていることか、と感じるような事実を詰めこむんだ。そうしておけば、みんな、自分の頭で考えているような気になる。動かなくても動いているような 感覚 が得られる。それでみんなしあわせになれる。なぜかというと、そういうたぐいの事実は変化しないからだ。哲学だの社会学だの、物事を関連づけて考えるような、つかみどころのないものは与えてはならない。そんなものを 齧ったら、待っているのは憂鬱だ。

まさにディストピア。ディストピアって新聞の社説とかですぐ引用されるイメージありますね。

位置: 1,015
本は なにも いってないぞ! 人に教えられるようなことなんかひとつもない。信じられることなんかひとつもない。小説なんざ、しょせんこの世に存在しない人間の話だ、想像のなかだけの絵空事だ。ノンフィクションはもっとひどいぞ。どこぞの教授が別の教授をばか呼ばわりしたり、どこぞの哲学者が別の哲学者に向かってわめきちらしたり。どれもこれも、駆けずりまわって星の光を消し、太陽の輝きを失わせるものばかりだ。お前は迷子になるだけだぞ

でも、だからといって、それを読むのをやめる理由にはならないんです。
ちょっと訳がくどいですかね。風景描写が入ってこないときがある。

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