黄前ちゃんの成長譚の敵役であるのは間違いないのですがね。
真由とは一体何だったのか。誰だったのか。真相は藪の中です。
位置: 2,037
黄前さんは音楽の本質に向き合おうとしている。私が求める音楽がどのようなものかを探ろうと試み、いい音楽とは何かを自分の頭で考えている。それは本当に素晴らしいことだと思います」
頬に熱が走る。燃えるように顔が熱いのは褒められたからではなく、この場にいることに対して猛烈な恥ずかしさを覚えたからだった。音楽の本質だなんてとんでもない買いかぶりだ。久美子はただ、自分の未熟さの原因を滝に押しつけようとした。自分のソリに対して何かを言われると怖いから、奏たちを言い訳にした。
「私は、滝先生が言ってくれるような立派な人間じゃないです」
鍵を握り締める。強く、強く。
自分の愚かさに気付けるのも一つの美徳ってね。
位置: 2,946
「優しいですよ。あんなふうに『辞退しようか』なんて何度も言われて、それに笑顔で対応して。久美子先輩は怒るべきなんです」
何かを振り払うように、奏が大きく腕を振るう。地団太を踏む足音が、人けのない体育館裏に響き渡った。
「黒江先輩の態度は……あんなのは、久美子先輩への侮辱です。あの人は、北宇治を愚弄してるんです!」
その両目が涙できらめいたのを見た瞬間、久美子は言葉を失った。
奏ちゃんのキャラクター、シニカルな仮面がすぐ剥がれるところが高校生っぽくて可愛いですね。久美子の前では特にすぐ剥がれる。感情のコントロールがしにくいのが高校生ですからね。
位置: 3,184
「わはー、かわいそうになぁ。能力あるのに他人に委ねたがるタイプって、扱うの面倒やねんなぁ。わかるわかる。」
いざというときのあすか先輩。香織先輩との同棲の様子も分かって嬉しい。みんな待ち望んでいたんじゃないかしら、この二人の同棲の様子をみるの。
そしてあすか先輩の真由評。
もはや神の視点を手に入れたあすか先輩。無双ですな。
位置: 3,232
「さっきさ、久美子ちゃん言うたやん。今年の滝サンは優柔不断やって」
「あ、はい。言いました」
「でもさ、それってぶっちゃけ当たり前の話ではあんのよ。だって、滝サンは神様じゃなくて人間なんやもん。そりゃあ悩むし、迷うことだってある。北宇治にいたとき、人間関係の管理に関しては正直未熟やなって感じることも結構あった。まだ若い先生やし、しゃあないかって」
「先輩、そんなこと思ってたんですか」
「だからその分、うちが欠けてた分を補完してた。でも、滝サンはそれでええねん。この世界には完璧な顧問なんておらんし、完璧な人間もおらんのよ」
あすかの声は、ひどく冷静だった。黒曜石を思わせるつるりとした瞳は、高校生のころとなんら変化していない。
「まだ若いししゃあない」って高校生が新米教師に向かっていうセリフとは思えない。いかに武田先生があすか先輩を無双にさせたがっているか。そして「うちが欠けていた分を補完してた」と言い切る。すごいよね。こんな超人的なキャラクター、出すとそれだけで現実味がなくなってそれこそ扱い方難しいと思います。
しかし読んでいる方としてはあすか先輩の無双はすんなり受け入れちゃう。なんだろうね。
位置: 3,428
──諦めないでくださいよ! 二年前にあすかに向かって叫んだ台詞をもっとも必要としているのは、久美子自身だ。
「みんなに頑張ってほしいと思うのは、私の勝手な希望かもしれない。自分が身を引いたら北宇治はよくなるって、そう信じてる子だっているかもしれない。だけど、私は、そんなのは嫌なんです。五年後、十年後にいまという時間を振り返ったときに、やっぱりああしておけばよかったって思いたくない。部活のためを思ってとか、誰かのためを思ってとか、そんなのは知らない。私は、いま、百パーセントの力を出しきりたい。メンバーになれなかった、ソロを吹けなかった。そうやって、悔しい思いをする子が出てくるかもしれない。でも、その悔しさはその子のもので、誰かにそれを奪う権利なんてない」
後悔も、失敗も、自分でつかみ取ったものならば、きっと悪いだけのものじゃないはずだ。悲しいだけの思い出には、決してならない。
「努力は、周りを納得させるためにするんじゃない。自分が納得するためにするものだって、私は思ってます。
いい考え方。そしてブーメランになる「諦めるな」セリフ。そういうもんだ。人には言える。自分で行動するのは難しい。
位置: 3,869
部員たちがもっとも盛り上がったのは、先ほどの発表後の集会だった。話している最中に、滝が感極まった様子で泣き始めたのだ。麗奈が興奮したのは言うまでもないが、初めて見る顧問の涙を、部員たちが泣き腫らした目で温かく見つめるという不思議な構図となっていた。
滝が真由を選んだ理由はなんだったのか、最後まで明かされませんでした。
そして真由に邪心はかけらもなかった、という書かれ方でした。
悪役をかぶりきれなかった真由、あえて与え過ぎなかった武田先生。どうなんでしょう。この判断。大人気シリーズの締めくくりとして仕方がないという気持ちと、どうせならもっと壮大に内輪もめしてほしかったという気持ちと。
しかし高校時代なんてこんなふうに色々あったけど中途半端なうちに終わるよな、という気持ちと。
いいシリーズでしたね。
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