武田綾乃著『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編』 真由とはなんだったのか

真由に悪役を押し付けなかったのが武田先生の矜持なんだと思います。
しかし滝先生の真意はなんだったのか。

位置: 742
「私は、リズって欲張りだなって思ったよ」
風が吹き、緑の芝生が波打った。目にかかる前髪を軽くかき上げ、真由は普段となんら変わらない声音で言った。
「一緒に過ごしていた動物はほかにもたくさんいたのに、青い鳥だけに固執した。最初から欲張らなきゃ、お別れも寂しくなかったんじゃないかなぁ」
「なんか意外。真由ちゃんって、結構ドライなところもあるんだ

この感じ、真由ちゃんトラブルメーカー感あるじゃないですか。期待していたんですが、なかなか爆発しない。「ひっぱるなー」とは思っていましたよ、正直。どんな悪女なんだろう、ってね。わくわくしてました。

位置: 1,114
真由の言葉が、久美子の触れられたいところを的確になでていく。共感し、言葉を重ね、相手の本心を探る。このやり方には覚えがある。

悪・あすか登場か!ってね。全米が期待しました。しかし、そこで単純な配役に陥らないのが武田先生。「絶対悪はつくらない!」という強いポリシーのようなものを感じます、勝手にね。

位置: 1,718
皆に北宇治を好きになってもらいたい。そう思って行動してきたはずなのに、気づけば久美子自身が北宇治の不和の種になりかけている。「久美子ちゃん」と 微笑みかけてくる真由の表情を思い出し、久美子はついでとばかりにもう一度、秀一の背中を叩いておいた。

きたきたきた!大悪女・真由か!ってね。ならない。
高校の部活を束ねる気遣いというのは社会人や大学生のリーダーとはまた別の素質が必要ですからね。

位置: 1,881
「だいたい、あの子はあの子で遠慮しすぎやねん。なぁ、久美子もそう思わん?」
「それを私に聞いちゃうんだ?」
思わず苦笑が漏れる。「聞いたらあかんの?」と葉月は事もなげに言った。彼女は楽天的だが馬鹿ではない。前から踏み込むタイミングをうかがっていたに違いない。
「確かに、前々から真由ちゃんの遠慮ぐせには困ってるよ。オーディション辞退しようかって平気で言ってくるし」
「でも、それを久美子はちゃんと断ってるワケや」
「当たり前じゃん」
「じゃ、久美子も久美子で胸を張ってええわな」
伸ばされた腕が、強引に久美子の肩を抱き込む。五本の指が、久美子の二の腕辺りを強く握った。
「誰も悪くないのに問題が大きくなるんやから、三年生って難儀やなぁ」
しみじみとつぶやかれた言葉に、不意に涙腺が刺激された。そうなんだ、誰も悪くないんだ。そう、いますぐに声を張り上げたい気持ちになる。

葉月の「あえて」空気を読まない発言。信頼感がなせる技ですよね。
真由の「天然風」空気読めない発言に比べるとだいぶ好ましい。

位置: 1,940
それに、私は今回の件に関して、滝先生を全面的に信じることはできない」
「本気?」
「本気だよ」
麗奈は口を閉じ、ただ一度だけ自身の前髪をかき上げた。細い指と指の隙間から、長い黒髪がこぼれ落ちる。ひどく冷静な声で、彼女は言った。
「だったら、部長失格やな」

麗奈は単純なイエスマンを求めていたのか。
そうではない。ただ、まっすぐすぎて言葉の選び方を知らなかっただけだとあたくしは考えます。知的な彼女において「知らない」と言い捨てるのは難しいですが、久美子への感情が強すぎてつい強い言葉で言ってしまったんでしょう。

ただし、「ソロを真由にする」の真意は最後まで明かされません。ここがあたくしは残念。何かしらで語って欲しかった。なぜなのか。

位置: 2,027
「それは……」
「確かに、私は一般的な吹奏楽部顧問よりも結果を出すのが得意かもしれません。それをコンクールに迎合している、と言われたらそれまでですが。私にはそうした方向に音楽の照準を合わせる能力がありますし、皆さんにも私が求める基準を満たすだけの力がある。皆さんの音楽が上達していくのを聞くのは好きですし、それに結果がついてくればもっと喜ばしい。違いますか」
一つひとつの言葉を、滝は丁寧に積み上げた。そこには彼なりの 矜持 があり、信念があった。

言葉を丁寧に積み上げ、その先に信念を感じさせる。
大切なスキルです。滝先生は立派だ。

位置: 2,037
黄前さんは音楽の本質に向き合おうとしている。私が求める音楽がどのようなものかを探ろうと試み、いい音楽とは何かを自分の頭で考えている。それは本当に素晴らしいことだと思います」
頬に熱が走る。燃えるように顔が熱いのは褒められたからではなく、この場にいることに対して猛烈な恥ずかしさを覚えたからだった。音楽の本質だなんてとんでもない買いかぶりだ。久美子はただ、自分の未熟さの原因を滝に押しつけようとした。自分のソリに対して何かを言われると怖いから、奏たちを言い訳にした。
「私は、滝先生が言ってくれるような立派な人間じゃないです」
鍵を握り締める。強く、強く。

自分の愚かさに気付けるのも一つの美徳ってね。

位置: 2,946
「優しいですよ。あんなふうに『辞退しようか』なんて何度も言われて、それに笑顔で対応して。久美子先輩は怒るべきなんです」
何かを振り払うように、奏が大きく腕を振るう。地団太を踏む足音が、人けのない体育館裏に響き渡った。
「黒江先輩の態度は……あんなのは、久美子先輩への侮辱です。あの人は、北宇治を愚弄してるんです!」
その両目が涙できらめいたのを見た瞬間、久美子は言葉を失った。

奏ちゃんのキャラクター、シニカルな仮面がすぐ剥がれるところが高校生っぽくて可愛いですね。久美子の前では特にすぐ剥がれる。感情のコントロールがしにくいのが高校生ですからね。

位置: 3,184
「わはー、かわいそうになぁ。能力あるのに他人に委ねたがるタイプって、扱うの面倒やねんなぁ。わかるわかる。」

いざというときのあすか先輩。香織先輩との同棲の様子も分かって嬉しい。みんな待ち望んでいたんじゃないかしら、この二人の同棲の様子をみるの。

そしてあすか先輩の真由評。
もはや神の視点を手に入れたあすか先輩。無双ですな。

位置: 3,232
「さっきさ、久美子ちゃん言うたやん。今年の滝サンは優柔不断やって」
「あ、はい。言いました」
「でもさ、それってぶっちゃけ当たり前の話ではあんのよ。だって、滝サンは神様じゃなくて人間なんやもん。そりゃあ悩むし、迷うことだってある。北宇治にいたとき、人間関係の管理に関しては正直未熟やなって感じることも結構あった。まだ若い先生やし、しゃあないかって」
「先輩、そんなこと思ってたんですか」
「だからその分、うちが欠けてた分を補完してた。でも、滝サンはそれでええねん。この世界には完璧な顧問なんておらんし、完璧な人間もおらんのよ」
あすかの声は、ひどく冷静だった。黒曜石を思わせるつるりとした瞳は、高校生のころとなんら変化していない。

「まだ若いししゃあない」って高校生が新米教師に向かっていうセリフとは思えない。いかに武田先生があすか先輩を無双にさせたがっているか。そして「うちが欠けていた分を補完してた」と言い切る。すごいよね。こんな超人的なキャラクター、出すとそれだけで現実味がなくなってそれこそ扱い方難しいと思います。

しかし読んでいる方としてはあすか先輩の無双はすんなり受け入れちゃう。なんだろうね。

位置: 3,428
──諦めないでくださいよ!  二年前にあすかに向かって叫んだ台詞をもっとも必要としているのは、久美子自身だ。
「みんなに頑張ってほしいと思うのは、私の勝手な希望かもしれない。自分が身を引いたら北宇治はよくなるって、そう信じてる子だっているかもしれない。だけど、私は、そんなのは嫌なんです。五年後、十年後にいまという時間を振り返ったときに、やっぱりああしておけばよかったって思いたくない。部活のためを思ってとか、誰かのためを思ってとか、そんなのは知らない。私は、いま、百パーセントの力を出しきりたい。メンバーになれなかった、ソロを吹けなかった。そうやって、悔しい思いをする子が出てくるかもしれない。でも、その悔しさはその子のもので、誰かにそれを奪う権利なんてない」
後悔も、失敗も、自分でつかみ取ったものならば、きっと悪いだけのものじゃないはずだ。悲しいだけの思い出には、決してならない。
「努力は、周りを納得させるためにするんじゃない。自分が納得するためにするものだって、私は思ってます。

いい考え方。そしてブーメランになる「諦めるな」セリフ。そういうもんだ。人には言える。自分で行動するのは難しい。

位置: 3,869
部員たちがもっとも盛り上がったのは、先ほどの発表後の集会だった。話している最中に、滝が感極まった様子で泣き始めたのだ。麗奈が興奮したのは言うまでもないが、初めて見る顧問の涙を、部員たちが泣き腫らした目で温かく見つめるという不思議な構図となっていた。

滝が真由を選んだ理由はなんだったのか、最後まで明かされませんでした。
そして真由に邪心はかけらもなかった、という書かれ方でした。

悪役をかぶりきれなかった真由、あえて与え過ぎなかった武田先生。どうなんでしょう。この判断。大人気シリーズの締めくくりとして仕方がないという気持ちと、どうせならもっと壮大に内輪もめしてほしかったという気持ちと。
しかし高校時代なんてこんなふうに色々あったけど中途半端なうちに終わるよな、という気持ちと。

いいシリーズでしたね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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