鈴木智彦著『ヤクザときどきピアノ』感想 おじさんの手習い

読みやすく、かつ、ためになる、おじさん手習いエッセイ。

「『ダンシング・クイーン』が弾きたいんです」――『サカナとヤクザ』『ヤクザと原発』などの潜入ルポで知られる52歳のベストセラー・ライターが、今度はピアノ教室に?! 校了明けに観た1本の映画が人生を変えた。憧れていたピアノをいまこそ弾きたい。譜面も読めない「俺」が、舞台でABBAを演奏するまでの1年と少しの軌跡。

鈴木智彦さん。異色のライターさんで、結構色々読ませていただいています。

面白いよね。Twitterなんかも読んでます。そこから。ちょうどあたくしもピアノの手習いを独学で始めたところだったので。そして、ちょうど映画『マンマ・ミーア』をみたところだったので。

まえがき

位置: 35
心身が柔軟な子供たちのように、コンクールに出場する腕前にはなれないだろう。それでも大人の優位は必ずある。 たとえばそれぞれの仕事で学習のコツを 摑 んでいるし、単純な反復作業がブレイクスルーに 繫 がる意外性も経験している。困難を克服する方法も見つけられるし、自分がよく間違う自覚も持っている。なにより言語というツールで現象を深掘りし、ナイーブな子供が泣くような経験ですら客観的に楽しめる。

あるある。反復作業がブレイクスルーに繋がることとか、昔より知ってる。だから、ある意味無心でやれるところ「も」あるよね。

位置: 43
生涯学習は素晴らしいと 嘯きたいのではない。何かをはじめるのに年齢は無関係と自己啓発をしたいのでもない。現実は残酷で不公平だ。どうせみんなくたばるのだ。では鬱々と人生を送ればいいのか。嫌だ。じゃあどうする。明るく笑い飛ばすしかない。
レッスンは冒険であり、レジスタンスだ。
ピアノは人生に 抗うための武器になる。
俺は反逆する。
残酷で理不尽な世の中を、楽しんで死ぬ。

ちょっとエモすぎですが、そういうことよ。どうせ死ぬから。生涯学習という言葉が嫌いでね。リスキリングとか。浅慮が透けてみえるようだ。

OP.1 グランド・ピアノと九ミリ弾 ーレイコ先生との出会い

位置: 199
「ピアノに触ったことはありません。正確にいえば小学校の音楽室で触れたことはありますがまったく弾けません」
「いちからピアノを習いたい…ということですよね?」
「そういうことですが、 基礎を習いたいのではないです。この曲だけ弾ければいいんです」
「……えーっと……うちは男性の生徒さんを受け付けてないんです。ごめんなさい」
時々、俺の中のフェミが発動しそうになる。必死に押しとどめた。現実的にピアノ・レッスンの主役は子供と女性だ。難航するのは仕方がない。

笑っちゃう。俺の中のフェミ。しかし、すごい聞き方と願望。「この曲だけ弾ければいい」ってね。「ホームランが逆方向に打ちたいんです、ヒットやプルヒッティングはいらない」って言うようなもんだ。すごい生徒。あたくしでも持て余してお断りだな。

位置: 213
教室の防音スタジオにはヤマハ製のグランド・ピアノが鎮座していた。 久しぶりに見る憧れの楽器は艶々と黒光りしていて、子供の頃に感じた荘厳さが確かにあった。 ドアを閉める際、ついクセでわずかだけ開けてしまった。警察が急に踏み込んできても取材相手が監禁罪に問われないようにという配慮なのだが、ピアノ教室では音漏れの原因になるので本末転倒というか、 俺の自然体はどうしても世間からずれる。

ここも面白いよね。ヤクザライターあるあるなのかな。自覚して笑いを取りに行ってる。

位置: 223
挨拶を交わし、さっそく、一の 太刀 を振り下ろす。
「『ダンシング・クイーン』を弾けますか?」
「練習すれば、弾けない曲などありません」
レイコ先生は『エースをねらえ!』のお蝶夫人のように威風堂々と、完璧にレシーブした。

位置: 228
「俺でも弾けるんですよね?」
「練習すればどんな曲でも必ず弾けます」
「難しい曲でもですか?」
「ピアノ講師に二言はないわ」
ぴしゃりとした返答が心地よい。

最高だよ、レイコ先生。

位置: 247
一年間、毎日三時間練習をするとしましょう。練習時間と上達の速度が比例するなら、朝から晩までぶっ続けで九時間鍵盤を叩けば四ヶ月で終わる。でもこの二つは決して同じ結果にならない。一年間毎日続けた人の方が上達するの。  身体に動作を叩き込もうとする時、点滴の針を太くしても意味がないのよ。 だからこれだけは言える。あまりせっかちにならないで。なにがあっても、短い時間でも、毎日欠かさず練習するのがいい

素晴らしい例え。継続を意識させます。座右の銘にしたいくらい。

位置: 255
レイコ先生も、自分探しとか自己表現とかいうふんわりした理由を受け付けない、硬質な専門教育を受けてきた雰囲気をまとっている。人を殺したことのあるヤクザが特別なオーラを放っているのに似ている。
実際、普段の取材相手のように、「殺されたオヤジの葬式に出席し、焼き場で骨を 囓 って報復を誓った」とは言わないまでも、「音大生時代、コンクールで勝ちたかったけど、ワンルームで狭いのでグランド・ピアノの上にベッドを組んで寝ていた」といったセリフがどんどん飛び出し圧倒される。 言葉の背後には血と汗と涙と、ぶっちぎりの叩き上げ感が 滲んでいる。 ちなみにベッドの下に寝たらいいのでは? と思って訊いてみたところ「地震でピアノの脚が壊れたら確実に圧死する」ため、ピアノの上に寝るらしい。

笑っちゃいけないけど、本気度が違う。硬質な専門教育っていい言葉だな。

OP.2 ロール・オーバー・ベートーヴェン ー初めて曲を弾く

位置: 494
日本の音楽教育のあり方は、ヤクザとも重なる。ヤクザ組織は部屋住みというシステムを使って駆け出しの若い衆を教育している。親分の自宅に住み込み、二十四時間三百六十五日、身の回りの世話をさせながらヤクザの掟と上下関係の絶対性を教え込むのだ。暴力を生業とするヤクザだけに、暴言や体罰は付き物である。いくつかの組織で部屋住みを取材してわかったのは、教える側の 肚 ひとつで教育が虐待に変わるという二面性だった。 学びの楽しみは、教師の悪意により一瞬で耐えがたい苦痛へとひっくり返るのだ。

音楽教育も徒弟制度と切り離せない面がある、ということでしょう。落語もそうだ。個人事業主同士だから労働基準法適応外。もちろん、建前としては暴力などのハラスメントは駄目なんだろうけど、ね。

位置: 509
「よっし、最高! ベートーヴェンをぶっ飛ばしてやったわね!」
レイコ先生のシャウトで、初めてのレッスンが終了した。 初心者なりに持っている力の全部を使う感覚が心地よかった。俺はおそらく、このレッスンを死ぬまで忘れないだろう。 ガキの頃の感動だけが宝物になるわけでもあるまい。

いいシーンだ。ガキの頃の感動だけが宝ものになるわけじゃない、ってのはいい言葉だな。

OP.3 憎しみと? 愛のテーマーマイ・ピアノを買う

位置: 643
教室は空き時間のスタジオを三十分五百円で生徒に貸し出してくれるので、まずはレッスンの前後三十分ずつを予習・復習にあてた。

これは良策。復習と予習の大切さを知る、大人ならではの好判断だな。あたくしも子育てが一段落したら……。

OP.5 よい集中!!ー予習、復習、ひたすら練習

位置: 879
レイコ先生への質問で、 上下のそれぞれ五線が、繫がった音階の十線を表しており、ト音記号の下に書き加えた第一下線と、ヘ音記号の上に書き加えた第一上線が同じ〝真ん中のド〟とわかった日、世界は一気に天然色になり、音楽の国の入国審査をパスしたような気分だった。

わかる。これ、知らないよね。授業の「音学」が嫌いでね。音楽は好きなんだけどね。あれは先生の教え方とかが悪かったと思うんだよな。あたくしの素行不良以上に。

POSTILUDE トイ、トイ、トイー舞台ソデの魔法

位置: 1,259
自分のメンタルがこんなにも弱いことを知って 愕然 とした。
二十年以上、暴力団に脅され続けた経験は無意味だったということか。

ある。これは落語の舞台にも通じる。その筋の緊張感はその筋でしか鍛えられない。

位置: 1,262
レッスン中、レイコ先生が突然「影が差している!」と言うので訊いてみたら、「音を大事に弾かず、苦手部分を勢いで押し通そうとしている」とのことだった。その後も何度か同じ注意を受けた。

まったく落語にも通じる話だ。一つ一つの音を大切に。ほんと、一緒だな。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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