『ガリバー旅行記』感想1 針小棒大な表現が好きなら

この新訳版は本当に読みやすい。

小人たちの国、巨人たちの国、空飛ぶ島の国、馬たちの国…イギリスに妻子を残し、懲りずに旅を続けたガリバー。彼が出会ったおとぎの国々を、誰もが一度は夢見たことがあるだろう。子供の心と想像力で、スウィフトが描いたこの奇想天外、ユーモアあふれる冒険譚は、けれどとびきり鋭く辛辣に、人間と現実社会をみつめている。読むたび発見を新たにする、冒険旅行小説の歴史的名著。抜群に読みやすい新訳版。

山田蘭さん、とおっしゃる翻訳の方。ぜひレイ・ブラッドベリも訳していただきたい。針小棒大な表現でピタリと正鵠を射てます。

位置: 656
この世に比類なきリリパット皇帝ゴルバスト・モマレン・エヴレイム・ガーディロー・シェフィン・ムリー・ウリー・グウェ、世界に歓喜と恐怖をもたらし、その支配は地の果て五千ブラストラグ(周囲二十キロほど)にもおよぶ帝王の中の帝王、人の子らより抜きんでて長身、その御足は地核を踏みしめ、その玉顔は太陽にも届き、ひとたびうなずけば世の君主どもみな怖れおののかん。春のごとく 麗らかで、夏のごとく活力に満ち、秋のごとく 豊饒 にして、冬のごとく 峻烈 なり。その至高なる皇帝、過日わが神聖なる領土に現れし巨人山に対し、下記の条項を申しわたす。

おおげさ。このおおげささが、なんとも面白い。森見作品とかってこの影響を受けているのかしら。

位置: 759
そもそも、わが国の六千月におよぶ歴史をひもといてみても、リリパットとブレフスキュというふたつの強大な帝国以外に、別の国など一度も登場していないのだ。さて、話を戻すが、このふたつの強大な帝国は、この三十六ヵ月間にわたって交戦状態にあり、その理由はきわめて根が深い。きっかけはというと、誰もが知ってのとおり、卵を食べるときは丸いほうの端から割るのが昔ながらの習慣だ。だが、いまの皇帝陛下の祖父にあたるかたが幼いころ、そのやりかたで卵を食べようとして指を切ってしまった。そこで、さらにその父上である当時の皇帝陛下が、卵はとがった端のほうから割ること、違反したものは重い刑に処すと、全臣民にお触れを出したのだ。

今でも小さいものに「リリパット」ってつけますからね。この本の影響力はでかい。

位置: 949
われわれはよく、政治の 要は信賞必罰だと口にするが、この原則を実際に運用している国を、わたしはリリパット以外に見たことがない。この国では、七十三ヵ月間にわたって法律を遵守したと証明できれば、誰でもそれなりの特典を受けられることになっている。当人の社会的地位と生活程度に応じた金額が、そのために設立された基金から支給されるうえ、スニルポール、つまり遵法者という意味の一代限りの称号も与えられて、名前につけくわえることができるのだ。わたしの故国では、法律を守ることは刑罰によって強制されているが、守ったからといって褒美が与えられることはないと話すと、それは政治のとてつもない欠陥ではないかと言われたものだ。

皮肉だ。とてもおもしろい皮肉だ。
先日も「自粛と給付はセットだろ」なんて抗議がありましたけど、遵法に褒美を与えるというのは目からウロコ。おそらく歴史上多くの人間が目からウロコを流したんでしょうね、この部分に。

位置: 959
どんな地位にせよ、誰かを任命するときには、能力の高さよりも品行の正しさを重視する。人間にとって政治が必要なものである以上、平均的な理解力さえあれば、どんな仕事でもこなせるはずだ。

位置: 967
徳義の備わった人間が無知により犯す過ちはさほど怖ろしくはないが、ともすれば堕落しがちな性向の人間が、その優秀な知能により悪行に手を染め、罪を重ね、弁舌巧みに自分を正当化する、そのほうが公共の福祉によっぽど致命的な害をおよぼすというわけだ。

現代にも通じる、なんて軽々しく書くのはどうかと思いますが、しかしまぁ、そういうことだな。普遍性の在るテーマ。

位置: 984
悲嘆に満ちた人間の一生を思えば、この世に生まれてくることには何のありがたみもないし、両親のほうとしても、そのときは色恋にうつつを抜かしていただけなのだ。だからこそ、子どもの教育は、ほかの誰にもまして、けっして両親などに委ねておいてはならない。この国にはどんな町にも必ず公営保育所があり、小作農や季節労働者をのぞいて、教育を始めることが可能とされる生後二十ヵ月に達したら、子どもの性別を問わず、そこに預けて扶養と教育を任せなくてはならないと定められているのだ。

うひー。強烈。こういうのは読んでて膝を打つけど、同時に心に結構くるものがあってしんどい。国にも親にも容赦なし。

位置: 1,022
身分の低い家庭がこうした施設に子どもを預ける場合は、ごく低く抑えられた教育費用の負担分を年に一度支払うほか、毎月の収入からも幾分かの割り当てを、子どもの相続分として保育所の会計官に納めなくてはならない。この法律により、すべての親は財産の消費を制限されることになる。自らの欲望につき動かされて親となったにすぎないのに、その子どもの養育を社会に 委ねて自分たちは金を出さないのはあまりに不当だと、この国では考えられているからだ。

すげー不正の起きそうな制度だな、というのが率直な意見ですが、なるほど、すごい設計ですね。

位置: 1,578
高さは二メートル近く、周囲は五メートルはありそうな物体が、目の前に突き出されている。乳首はわたしの頭ほどもあり、乳首も乳房全体も、 湿疹 やらにきびやらそばかすやらが入り交じって、いまにも吐き気をもよおしそうな色合いだ。乳母は赤んぼうに乳を飲ませやすいよう腰をおろしていたので、テーブルに立っていたわたしは、そのしろものを間近に眺めるはめになってしまった。こうしてみると、われらが英国のご婦人がたも、われわれの目には美しい色白の肌をしているように見えるが、それは、きっと身体の大きさが同じだからにすぎないのだろう。

何がいいたいんだろうな。我々があんなに好きな乳房について。何が不満なんだろうか。

位置: 1,633
こうしたこまごまとした出来事をいちいち書きつらねておくことを、寛大な読者にはどうか許してもらいたい。低俗なことにしか興味のない、卑しい連中にはくだらなく思えるかもしれないが、哲学者ならこうした 些末 な記述から思索を深め、想像力をはばたかせ、そこから得た果実を自らの人生のみならず、社会全体の利益にも寄与させることができるものなのだ。

このあたりは森見感ありますね。なるほど、源流はこのあたりなのか。

位置: 2,353
古代ギリシアの政治家デモステネスの、あるいは共和政ローマの思想家キケロの雄弁さがわたしにあったなら、わが愛する祖国の美点と繁栄ぶりにふさわしい賛辞を、さぞかし胸を打つ言葉でとうとうと述べたてることができただろうに。

でた、デモステネス。最近読んだなと思ったら『エンダーのゲーム』ですね。
好きなんだな、みんな。共通知識、教養なんでしょうね、やはり。あたくしも事あるごとにデモステネスを引用したいと思います。

位置: 2,448
わが小さな友人グリルドリグよ、おまえは自分の祖国をきわめて美しい言葉で褒めたたえた。おまえの話からはっきりとわかったのは、ときとして無知、怠惰、悪徳のみが立法府の議員たる資格となること、そこで作られた法律は、それをねじ曲げ、混乱させ、すり抜けることにのみ 長けている連中によって、説明され、解釈され、適用されるのだということだ。推察するに、おまえの国の制度にも、当初はなかなか悪くない工夫がいくつもあったのだろうが、いまやその半分はすでに消え去り、残った部分も堕落のために汚れ、薄れてしまいつつある。また、聞いた話をまとめてみると、おまえの国ではどんな地位をめざすにせよ、美徳は何ひとつ必要ではないらしい。人徳が厚いものが貴族になる、 敬虔 で学識豊かなものが主教になる、勇猛果敢なものが軍人になる、高潔なものが裁判官になる、国を深く愛しているものが議員になる、賢明なものが顧問官になるというわけではないのだな。

人間の歴史に正論で立ち向かわれると、どうも我々は立つ瀬がない。人間というのは常に堕落と隣合わせでしか生きていけないものなのだ。悲しいけどね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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