『有頂天家族 二代目の帰朝』 待ってました大毛玉!!

久々の森見登美彦氏・新刊

もう楽しみで楽しみで。
わくわくしながら新刊を待ちわびたのです。

『毛玉三部作』の二作目。
一作目の出来があまりに良くて、二作目を心配しておりましたが、二作目もきっちり面白かったです。まだ一度しか読んでいませんが、とりあえずの感想を。

毛玉に通底する『我輩は猫』の要素。というか漱石の要素。
その漱石のコンプレックスの部分が色濃くでた作品のような気がします。

英国でノイローゼになった漱石とは対照的に、逃げるように英国に行った赤玉先生の子息・二代目。
今回の矢三朗は、彼と弁天の二輪の間で右往左往しながら暗躍するのですが、これがまた気持よくもあり、悪くももあり。

前作に比べると、痛快さは減ります。
どうしても夷川たちとの因縁は深まるし、コンプレックスのようなものが前面に出ますので。
快哉!という要素は減ります。

それでも、一人ひとりを愛し始めている愛読者にとっては、それもまた良し。
むしろ一人ひとりの悩みや苦しみが、夷川たちのすらも、愛おしいのです。
矢二郎はなんて健気。矢一郎、頑張れ!

また、天下無敵の弁天にも、二代目という強大なライバルが出てきて、その不完全さにスポットがあたります。このあたりは森見さんよく考えてありますな。無敵の弁天をか弱い少女に演出する。粋です。

面白い記載

好きな文章を選り抜いておきます。

彼はその美貌と天狗的威厳をもってホテルの従業員を悩殺し、長年の馴染み客のように扱われていた。……午後五時に一時間ほどの散歩に出かけるのが日課であったが、歩く道は決まっていて、雨が降ろうが決して変えない。新京極の雑踏にあっては二代目の姿かたちはきわめて目立ち、道行く誰もが振り返ったものだ。ホテルへ戻ってくると彼は玄関先で必ず時刻を確認するのだが、懐中時計を開ける仕草から文字盤を見下ろして頷く顎の角度まで、判を押したように変わらなかった。

この辺りは英国紳士のステレオタイプを演出して描いてますが、リズムがいいですよね。

たしかに我らが恩師は、天空を自在に飛行する力を喪失して早幾年、天狗らしいことは何一つできないくせにワガママで助平で狸をいじめる威張りん坊、天狗のタチの悪いところだけを念入りに掃き集めたようなロクでもないジジイではあるものの、天狗たることの矜持だけは鼻から垂れるほど持ち合わせている。狸ごときに「二代目が怖くて逃げた」と後ろ指をさされるぐらいならば、高野豆腐に激突して死んだほうがマシという人物である。

天狗にとっての「鼻」、豆腐を「高野豆腐」、この辺りのアイテムの使い方は森見さんならでは。好きだなぁ。

「ありがとうございます、弁天様」  しかし弁天は物足りなそうであった。ジロリと冷ややかな目で私を見た。 「あなた、もっと他に言うことがあるでしょう? 本当に駄目な狸ね」 「なんです?」 「……淋しかったと仰い、矢三郎」 「淋しゅうございました。お帰りなさい、弁天様」  弁天は満足そうに頷いた。 「ただいま帰りましたよ。面白くなるわね、矢三郎」

可愛いですねぇ、弁天。

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