『武士道シックスティーン』 素晴らしいスポーツ青春小説。こういうのが読みたい時は確実に、ある。

青春っていいですよね……。いや、ホント。
恋にもスポーツにも捧げなかった、もしくは捧げることが出来なかった、自分の素養を恨むしかありません。

3歳から鍛えてきた剣道エリートの香織。しかし中学最後の大会で、無名選手にまさかの敗退。その選手を追って、香織は同じ高校に入学するが、再会した因縁の敵・早苗は日舞からの転身という変りだねで、剣道は初心者。なぜあたしは勝てなかった? と悔しさに震える武蔵オタクの香織に対し、早苗はその試合すらすっかり忘れている“お気楽不動心”の持ち主。まったく正反対の2人が竹刀を手に吠える! 打つ! 斬る! 映画化原作の傑作青春エンターテインメント。

いい意味でのライトな小説。
サクサク読めてスルスル頭に入ってきます。

宮本武蔵を崇め奉る女子高生が振り回されまくる、という”逆”巌流島的な流れも面白いですな。
自分で作った「五輪書」から出られなくなったオタクの話だとも読めます。

「いまさら、こんなことはいわれなくても分かっているとは思うが、剣道は、勝敗を競うだけのスポーツとは、根本的に違うんだぞ。剣道は……」 「精神の修養、人格の修養……心身の鍛錬こそがその第一義、ですか」  小柴は、黙った。あたしの心を透かし見ようとでもするように、その目を細める。  だが、その必要はない。知りたければ教えてやる。 「……あたしの剣道が邪道だとお思いなら、それでもいいです。とにかくあたしは、ただ相手を斬ることしか、今は考えていません。勝ち負け、でもなく、ただ斬るか、斬られるか……それが剣の道だと思っています。兵法の本質だと思っています」  さらに眉間の皺を深め、小柴は顎を、横にひと振りした。 「斬るか斬られるかは、その内側にある問題だ。剣道という世界観は、もっと大きな広がりを持っている」 「問題は内か外か、ですか。あたしは、この道を進んでこそ、その先にある『空の境地』に至れるものだと思っていましたが」
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「相手を斬ること」にしか興味を持てない人間が

私はやっぱり、自分の成長が確認できるような試合内容が好きだし、そういう試合をさせてくれる相手が好きだ。そんな選手との試合だったら、別に負けてもいいと思っている。重要なのは、自分の成長。上達。その確認と、実感。
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「自分の成長」に重きをおく剣道者の価値観に触れ、おびえ、妬み、そして変えられてしまう。同時に、この剣道者も変わっていくんだけども。

この辺の筋の建て方は王道だし最高に面白い。
衒いなく王道を、シンプルかつ的確に描いていて、これぞスポーツ青春モノという気持ちよさ。

ちなみに、ここは読んでて笑ってしまいました。

「要するに……私はあれ、ダンカイの世代の自分史と、なんら変わらんものだと、思っているんだけど」
「ダンカイの世代? なにそれ」
あ、消臭スプレーのビニール、破けちゃった。いいや。あたしが買おう。 「……そうか。ダンカイの世代っていっても、香織ちゃんなんかには分からないか。団地のダンに、塊りって書くんだけどね。要は第二次大戦直後の、第一次ベビーブームに生まれた連中のことさ。私やヨシアキより、ちょっと下の世代でね。……奴らは高度経済成長を見ながら育ち、学生運動を起こし、バブル経済を膨らませ、弾けさせた……まあ、戦後の激動をすべて目撃してきたんだな。そんな世代がここ数年、定年を迎えるようになってきたわけだが、その人生の節目に立って、彼らが何をしようとするかというと……」
これもらう、といい、千円札を差し出す。
「ああ、毎度……でその、何をするのかというと、自分史を書いて自費出版する奴が、やたらと多いっていうんだな。武蔵があれを書き始めたのが、ちょうど六十歳のとき……同じなんだよ。人間なんてのはね、自分の人生を振り返る余裕ができると、それを誰かに伝えたくて仕方なくなるもんなんだ。昔はすごかった、俺はこんなすごいことをした、ってね」
ちょっと異議あり。
「そんな、『五輪書』を年寄りの自慢話みたいにいうのやめてよ。だいたい、あたしにあれを薦めたの、たつじいじゃんか」
at location 3711

『五輪書』を「団塊世代の自分史」といい切ってしまうたつじい。
この見立ては言い得て妙かもしれなくて笑うしかなかった。すごい事言いますな。江戸っ子の啖呵みたいな気持ちよさ。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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