『カササギ殺人事件 上』感想1 テレビ的な面白さ

『刑事フォイル』で知ったアンソニー・ホロヴィッツ氏。
調べるとコナン・ドイル財団が認めるライターで、あのシャーロック・ホームズシリーズの続編を書くほど。
本業はテレビの脚本家なのかしら。それにしてもすごい。

ダレ場がなく、ずっとジェットコースターする物語の展開はまさにテレビ的。面白かったです。

1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、あるいは……。その死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な死。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は――。現代ミステリのトップ・ランナーによる、巨匠クリスティへの愛に満ちた完璧なるオマージュ・ミステリ!

浅学なあたくしには、どこのあたりがクリスティへのオマージュなのか、分かりきれてない部分が多々あると思われますが、それでも、単純に物語として、楽しかった。

位置: 483
ああしてブレントから屋敷に呼び出される二日前のこと、メアリ・ブラキストンと交わした会話を、エミリアは思い出していた。そのとき、エミリアは医師としてあることに気づいたところだった。これは深刻な事態だと判断し、アーサーを探して相談しようとしたとき、ふいに 悪しき霊にでも招喚されたかのように、メアリが姿を現したのだ。そこで、本来は夫に相談しようと思っていたことを、エミリアはメアリにうちあけた。

平穏な村に急に殺人の香り。
そして次々と暴かれる村民の裏側の顔……。
ワクワクしますね。

位置: 578
ジョニー・ホワイトヘッドのほうは、妻にはそう答えたものの、最後にブラキストン夫人と顔を合わせたときのことは、すべてはっきりと記憶に刻みこまれていた。あの日、たしかに夫人はこの店にやってきて、ジョニーの罪を責めたてた。何よりもまずいのは、夫人が確たる証拠を手にしていたことだ。いったい、どうしてあんなものを見つけたのだろう? そもそも、誰がそんなことを夫人に密告した? もちろん、夫人はそんなことを明かしはしなかったが、こちらに対する要求はきっぱりと告げていったものだ。くそっ、あの女。

村人の人間関係に次々と亀裂が入っていく感じ、嫌いじゃないぜ。
どんどん壊れていく人間関係。好きだ。

位置: 870
フランシスは受話器をとり、フロントを呼び出した。その声を聞きながら、マグナスは何かを思い出そうとしていた。いまの絵はがきの話、妻の言葉で記憶がよみがえりかけたのだ。さて、何だったかな? きょう行われているはずの、参列できない葬儀に何か関係があったのだが。ああ、そうだ! やれやれ、なんと奇妙な話だろう。けっして忘れまいと、マグナスは心に刻みこんだ。あの件を片づけておかなくてはならない。屋敷に戻ったら、できるだけ早く。

「あの件」……?謎を散りばめます。
こういう伏線をわかりやすく貼っておくことも、好まれますね。

位置: 1,060
そこから自宅までは、タクシーを使う。ピュントは地下鉄を使ったことがない。大勢の人々と狭いところに押しこめられ、さまざまな夢、恐怖、恨みをいっしょくたに揺さぶられながら闇の中を走るのが苦手なのだ。

探偵に分かりやすい弱点を与えておくのも、王道の手ですね。
ピュントは元迫害被害者ですから。そのあたりのインパクトも強烈。

位置: 1,842
心に温めてきた、さまざまな計画。だが、もしもピュントが人生から学んだことがあったとしたら、それは計画を立てることの 虚しさだろう。人生は人生で、あちらの予定というものがあるのだ。

死期迫るピュントの独白。短いけれども諦観が感じられて心地よい。

位置: 1,901
「もっとも明白な結論とやらに達するのは、わたしはできるだけ避けるようにしていますがね」
「まあ、あなたにはあなたの方法論があるんでしょうな、ヘル・ピュント。これまで、その方法論に助けてもらったこともあるのは認めますよ。

この辺はポワロっぽいなぁ、とは思いますね。

位置: 2,680
死など……そう、しょせん通過点にすぎないのだから。それに、ピュントは神を信じていなかった。同じように強制収容所を生きのびて、なおかつ揺るぎない信仰を持ちつづけている人間も存在するし、そういう人々には尊敬の念を抱いてさえいる。だが、ピュントは自らの経験により、何も信じないという道を選んだ。人間は複雑な生きものであり、すばらしく善なる行いも、おそろしく邪悪な行いもやってのける――だが、その行動はすべて、自らの自由な意志で選びとったものだ。とはいえ、もしもこの信念がまちがっていたと知らされる日が来るのなら、それはそれで怖ろしくはない。論理を重んじる一生を終えた後、たとえ神の審判の場に呼ばれることがあったとしても、神はきっと自分をお許しくださるだろう。ピュントの理解しているかぎり、神とは寛大なものなのだから。

強制収容所あがりの人間の価値観に、二の句は告げませんよ、簡単には。
もちろん、物語なんですけどね。

位置: 2,750
訪れた患者がガラスをはめた扉を開くと、そこはすぐ待合室になっていて、合皮張りのソファがいくつか並び、コーヒー・テーブルには《パンチ》や《カントリー・ライフ》といった古雑誌が雑多に積まれている。いくつか備えつけてある子どもの 玩具 は、レディ・パイが寄付したものだが、それももうかなり昔のことで、いまはくたびれて見る影もない。ジョイが坐っているのは隣接した事務室――調剤室も兼ねている――で、カウンターの窓を開けると、患者とじかに話をすることができる。目の前には診察予約帳、かたわらに電話機とタイプライター。背後には医療器具や薬品の入った戸棚、患者のカルテを納めた書類棚、冷蔵の薬剤や病院に送らなくてはならない試料などを保管しておく小さな冷蔵庫が並んでいた。

特に凝った風景描写ではないけれど、しかし確実に伝わってきます。
小物で雰囲気を伝えるというのは簡単な手法かもしれませんね。

位置: 3,149
生気のない目を見ひらき、パイ屋敷の階段の下に倒れたまま、すでに冷たくなっていたメアリ・ブラキストンを、チャブ警部補はよく憶えている。あのときは、心から気の毒に思うばかりだった。しかし、いまとなってみると、この女性はいったい何に駆りたてられて、つねに疑り深い目を周囲に向けながら村じゅうを歩きまわり、自ら面倒ごとを追いもとめていたのだろうといぶかしまずにはいられない。何でもいい、他人の美点を見つけたことは、生涯にただの一度もなかったのだろうか? 筆跡には癖があり、のたくるような筆づかいではあるが、おそろしく 几帳面 に書きつらねてある――まるで、邪悪な存在に仕える会計士か何かのように。

温厚にみえた人の、ちょっと意地悪な側面が見えただけでその人すべてが邪悪な存在に思える。
そして最後まで読むと、それもまた曲解だと分かります。このへん、憎いね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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